第244話 ネタバレがウザい

 神にもっとも近い天使と謳われ、全ての天使に愛されたルキフエルがどうして堕天してしまったのか。その事実を知る者は天の国でも少ない。


 性別を超えた超高次元生命体である「天使」や「悪魔」が、自らを創造した「神」や「魔神」に反抗するということは、この世のことわりに反する行為であり、即追放となる。


 そして天使は堕天使になり地獄に封じられる。かつてルイードやアラハ・ウィもそうであったように。


「じゃあ悪魔が魔神を裏切ったら堕悪魔ってことで、天使みたいになるのか?」

「なりませんよ。天使が堕天してもその本質が光であるように、悪魔はあくまで悪魔ですから」


 ルイードに問われたアラハ・ウィがめんどくさそうに答える目の前で、怒り狂ったルキフエルは光り輝く黒い翼を幾重にも羽ばたかせ、猛烈な神威を辺りに振りまいている。


 その圧の中で人間たちは尽く気絶しているのだが―――


 赤子のアリアナを抱いたシルビスは「はいはい、後はおっさんたちがどうにかするから、私達は退いてまちょうねー」と平然とした態度だった。


 その腕に抱かれ、ばいんばいんと揺れる乳を目の当たりにしたアリアナは『なにこれうざ! 自慢?』と乳を強く鷲掴みにするが、所詮は赤子の握力だし手も小さいのでその乳房全てを鷲掴みにはできていない。


「なになに。おっぱいはでまちぇんよ~」と謎の母性本能を出してくるシルビスにアリアナが「ばぶー!」となにか抗議する様を見送ったルイードは、隣に立つ仮面の魔法使いを一瞥する。


「おい変態仮面。どうしてシルビスはこの神気の中で平然としてんだ?」

「それはあなたと一緒にいる時間が長すぎて慣れたんでしょう?」

「いやいや、ただの人間に耐えられるもんじゃねぇだろ。ミカエルたちだって萎縮してるってのに」

「あの赤子が稀人パワーでどうにかしてるんでしょう。神のやることなんて昔から私達の想定の外なのですから考えるだけ無意味ですとも、えぇ」

「それもそうだな。光に属するはずの堕天使が、こんな悪魔たちの反転世界でブイブイ言わせてるくらいだしなぁ」


 ブイブイ言わせている堕天使ルキフエルは、ミカエル・ラファエル・ガブリエル・ウリエルの四人から同時攻撃を受けたが、人間に転生したせいで本来の熾天使ではない彼女たちの攻撃は全く通じていない。


 ウォォォと叫びながら飛びかかる四大天使たちの光速の攻撃を堕天使ルキフエルがいとも容易く打ち返すものだから、シロクロの軌跡がキンキンキンキンという音と共に続いている。


 あまりにも現実的ではない光速の打ち合いはシュールに思えるのか、ルイードはアホを見るような目でそちらを見ていた。


「ありゃ勝てねぇな」

「そうでしょうとも。ミカエルたちは熾天使とは言え、転生してきたので体はただの人間ですからねぇ。あれでは純粋な高次元生命体のルキフエルには勝てません。しかもここはルキフエルのホーム地ですから、体がなくても霧散することもないですしねぇ」

「で、オメェはどうすんだ? ルキフエルの肩を持つのか?」

「御冗談を。アレはこの異空間の外にいる悪魔たちの王になったようなやつですよ? 人間で言えばゴキブリたちの王になったつもりで喜んでいるような変態です。そんなやつと共闘なんてできませんとも、えぇ」


 相克関係にある天使と悪魔はお互いを忌み嫌っている。だから元とはいえ天使であるルキフエルが悪魔たちの王になったのも、なれたのも、不可思議でしかない。


「ルキフエルがド変態の悪魔大好き天使だったとして、だ。よく悪魔たちが堕天使を王と認めたもんだぜ」

「そこなんですよねぇ。ゴキブリは人間を王と認めますか? 認めるはずがない。悪魔だって天使を王と認めるはずがないんですが……」

「悪魔をゴキブリに例えるのやめといたほうがいいぜぇ? ほれ、外の連中が激おこだ」


 窓の外から中を覗き込んでいる悪魔たちは、眉間にシワを寄せて額に血管をバキバキに浮かべながらアラハ・ウィを睨みつけている。もちろんアラハ・ウィは悪魔たちがここに入ってこれないことを分かっているから、煽って遊んでいるのだろう。


「悪魔どもが堕天使を担ぎ上げて王に据える理由があるとしたら、やはり稀人たちの世界とつなぐ門を作れるかどうかというところでしょうかねぇ。ルキフエルなら人間や悪魔たちの魂を糧にするというやり方なら、そういった神の御業も使えるでしょうし」

「ははぁん? 稀人の世界に行って俺TUEEEEできるってか? 異世界転移の恐ろしさがわかってねぇなぁ。世界線を超えていくんなら、悪魔として転生するんじゃなくてガチであっちの世界のゴキブリとかに転生する可能性もあるってのに」


 外にいる悪魔たちがビクッと体を震えさせた。


「神サマの干渉があるから稀人たちはこっちに来てるけど、それナシで行くってなったら生物ですらない可能性もあるんだが、悪魔たちは分かってんのかね? ルキフエルが知らないはずねぇから、わざと教えなかったってパターンか」


 ルイードはしおしおの葉巻をくわえ、指パッチンで先端に火を付けると「謎はすべて解き明かしてやったぜ」と言わんばかりのドヤ顔で、顔をひきつらせてこちらを見ている堕天使ルキフエルを見た。


「オメェ、あれだろ? 悪魔たちを異世界に送ると見せかけてこの世界から一掃する的な役目を神サマに命じられてたんたな? 悪者のふりをしていながら実は必要悪だった、みたいなパターンで、最後は俺に討たれて真実を語るんだろ?」

「なるほどですねぇ。だからやつは地獄じゃなくて反転世界にいたんですか。なるほどなるほど」


 ルキフエルの顔が真っ赤になっている。全部バレたのをどう包み隠そうかとあわあわしていてる顔だ。


「けど、太陽がなくなると影が生まれないように、悪魔がいなくると天使もいなくなる。相克関係ってのはそういうもんだ。悪魔たちを消すのは賛成できねぇなぁ」

「ウザエル。君は昔からそうだが、神の意図を理解しすぎでネタバレが甚だしい。少しは遠慮してもらおうか!」


 目論見が全てバレてしまったルキフエルは顔を真赤にしてルイードを指差した。


「神にもっとも近い天使は私ではなくウザエル、君だと思っている!」

「それでお互いに堕天してりゃ世話ねぇな」


 葉巻の紫煙をぷはぁと吐きながらルイードは苦笑する。


 その隣で許された顔をしてキセルを咥えたアラハ・ウィだったが、さっきシルビスに「赤ん坊の前でタバコ吸ってんじゃねぇぞこの変態仮面が!」と口の動きだけで怒られたのを気にしているのか、チラチラ後ろを見て距離感を測っている。


「しかし俺にもわかんねぇんだが、相克関係を一番良く理解している神サマがオメェに悪魔排除なんか命じるのかってことだ」


 ルイードは顔を隠しているボサボサの前髪をかきあげた。


 ルキフエルとキンキンキンキンやっていた四大天使が雌顔になって「おおお」と声を漏らし、もじもじしながら動きを止める。


 横にいたアラハ・ウィですら「うお、まぶしっ」と顔を背けるほどのイケメンシブオジフェイスを晒したウザ絡みのルイードは、流し目気味の決め顔でシルビスを見た。


「オメェの仕業だな、外なる神シルビス」

「もう、ほんとネタバレひどすぎるんですけど」


 シルビスは呆れ顔で大きくため息を付いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る