第243話 うざハーレムで大団円しない? だめ?
「その子がルイード様の子? いえ、違いますね。稀人でしょうか?」
シャクティーは複数枚の黒い翼をピンと逆立てながら、蛇の下半身はとぐろを巻くように固めている。これは赤子だからと油断せずに警戒しているということだ。
彼女は知っている。ウザ絡みのルイードという男がどれほどの存在なのかを。そして彼に育てられた稀人たちが世界を根底から揺るがしかねない存在になっていることも。だから例え赤子でも気を抜けない。
「ばぶー?」
「おう。修行はいつでもできるが、このバカを先にどうにかしたくてな。ちゃっちゃとやってくれ」
「ばぶー」
赤子アリアナは頷いて、ほかほかふわふわのパンみたいな腕を伸ばし、丸くて小さな指先をシャクティーに示した。
「ばぶー!」
その一言はシャクティーの体から黒い翼の天使を生み出した。それは悪魔パズズがシーマの体から離された時とまるで同じだ。
「やれやれ」
黒い翼を広げた美貌の天使がこぼした「やれやれ」の一言は、とてつもない神気を含んでおり、この場にいる人間たちは尽く威圧され、気絶してしまった。
倒れ伏していた王国王妃たちですら畏怖の念に駆られるほどの神気に驚き、食いすぎてぽんぽこりんになった腹を支えながら身を起こす。
「なっ!? 貴様は……ルキフエル!?」
「ミカエル。元気そうで何よりだ」
シャクティーの体から引き剥がされた黒い翼の天使ルキフエル。
ルシフェルやルシファーとも呼ばれるその堕天使は、かつては
「バカな。神に反旗を翻した貴様は地獄に……はっ!? まさか地獄ではなく反転世界に来ていたというのか!? なるほど、神に追放された貴様は天使から反転した存在だからこの反転世界でも生き延び、その力で悪魔たちを率いる悪魔王となったんだな!?」
王国王妃が説明じみた長台詞を凄い早口で言い終わると、ルキフエルは呆れたように拍子が遅い拍手をした。
「神に似たる者ミカエル。君は小さな頃から小賢しかったが、人の身に転生しても変わらないんだな」
堕天使ルキフエル。
その美声は元より、顔つきも体つきも性別を超えて美しい。そのせいで男なのか女なのかはっきりとしないが、これほどまでに美しい存在の前では性別なんて枷に意味はない。
美しさで言えばミカエルたち現役熾天使たちも負けていないのだが、ルキフエルのそれは次元が違う。
「神を裏切った挙げ句、かつての部下であるウリエルに憑依していたとは! 許せぬ!」
王妃が立ち上がろうとしたが、ルキフエルから発せられる神々しい光の前に膝を屈した。
「くっ、腐っても神にもっとも近い天使と謳われたルキフエルかっ!」
あまりの神気のせいで直視することもできない。しかし熾天使ラファエルはその神気を振り払うようにして前に出た。
「ウリエル、ウリエル! 大丈夫!?」
倒れ伏す
「癒しを司る天使ラファエル。君はいつも優しい」
堕天使ルキフエルが微笑む。
「神の言葉を伝える天使ガブリエル。君も相変わらずのようだ」
そう呼ばれたエルフ種のカーリーは、鉄面皮のままだ。
「同輩のアザゼル。君は今もそんな仮面を着けているのか。いい加減中二病は卒業するべきだ」
「中二病じゃないんですがねぇ」
アラハ・ウィは憮然とする。
「そして……我が愛しの君、ウザエル」
ルキフエルは恍惚の表情と共にルイードの名を呼んだ。ウリエルに憑依し、神を煽ってまで会いたった同僚天使の名だ。
「ウザエル。私と一緒に神や魔神のいない稀人たちの世界で、永久に幸せをエンジョイしようじゃない……か?」
歌劇団でもしないような大袈裟な身振り手振りで自己陶酔したように語っていたルキフエルは、ルイードの姿を見て固まった。
「オメェ、役に立つなぁ」
ルイードは赤子のアリアナを抱き寄せながらしみじみと言う。
「なにこれかわいいんですけど」
何故か神気に当てられていても気絶していないシルビスは、ルイードの横から赤子の頬をちょんちょんと突きながら笑っている。
その三人の姿はまるで新婚夫婦のように見える。若い奥さんを貰った中年冒険者は、ようやく恵まれた我が子を抱いてご満悦的な図だ。
「……」
ルキフエルからどろどろの黒い神気が煙のように立ち上っていく中、そっちの方など見てもいないルイードたちは、親子ごっこを続けていた。
「アリアナはこっちの生物と同化した悪魔の本体を分離するスキル持ちなんだぜ」
「悪魔……他で使える力なんですか?」
シルビスの質問にルイードはボサボサ髪を掻きながら「いや。他では意味ねぇ力だ」と応じる。悪魔にとりつかれた人間など異例もいいところなので、滅多に起きない事なのだ。
「だけどよ、それは他のやつにはできねぇ。今この場で一番すげぇのはこのチビだ。オメェは救国の勇者どころか救世の勇者だぜぇ」
「ばぶー?(悪魔を消滅させることもできるっぽいけど? パズズとかいうのを消したことあるし)」
「お、マジか。いいぞ、やってくれ」
「ばぶっ」
赤子アリアナが短い手をブンブン振ると、窓の外にいた悪魔たちが「みぎゃあああ」と叫びながら消滅していった。
「よーしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよし」
「ば、ばぶぅぅぅぅぅぅ!(ヒゲが刺さるから頬ずりはやめろ!)」
「なにこれかわいいいいいい!」
「ばぶぅわああああああ!(おっぱぁぁぁぁぁぁぁい!)」
そんな三人の朗らかな団らんを見せられていたルキフエルは遂に瞳を真っ黒に輝かせて吠えた。
「やめろおおぉぉぉぉ! 私のウザエルが私以外の女と家族を作るなんて許されるはずがない!!!」
「そのとおりだこのバカタレが! 貴様は私のものだルイード!」
もし学院の生徒たちが起きていたら大問題になっておかしくない言動だが、構わず
「どこにも逃さん。たとえ人の世に堕天しようと、こうして人の身に転生してでも追うからな」
そう言うとミカエルは天使本来の力をフルに発揮して力強く抱きついた。
ベキッとルイードの腕の骨が折れる音がした。
「ルイード様、愛人枠はいくつまで空いていますか。もちろん本妻でも」
カーリーがルイードの広い背中にぴったりくっついた。
「この身と共にハイエルフの空中宮殿や古代技術のすべてを捧げます」
カーリーが鉄面皮を崩して赤面し、力強く背中から抱きしめると、パンッと何かが弾ける音がしてルイードの内臓のいくつかが破裂した。本人は巷で流行しているラブコメ漫画の主人公風に赤面しているが、ルイードの顔は吹き出した鮮血で真っ赤だ。
「あらあら~。ルイード様はこの豊満ボディーに癒されるべきですから~」
ドゥルガーがルイードの顔を強引に横に向けて自分の胸の谷間に押し込める。一番近くにいたシルビスには「ボキッ」という音が聞こえていたが、女達の過激な行動に恐れをなして何も言えずに硬直している。
「ルイード、すまない。私の失態は君の肉奴隷になることで償おう」
いつの間にか復活していた副学院長のシャクティーは女達の隙間をかいくぐって尻尾の先端をルイードの足に絡ませた。
ビキビキビキッという音がしてルイードの下半身の骨が全て砕けた。
「ばぶー」
「危ないからこっちにおいで」
白目を剥いているルイードから赤子を奪い取ったシルビスは、この化け物みたいな女達から逃れるために距離を取った。
「あいつはなぜか他の天使たちから異常にモテるんですよねぇ」
アラハ・ウィは火の付いていない煙管を口で揺らしながらシルビスの横に並んだが「赤ん坊の前でタバコ吸ってんじゃねぇぞこの変態仮面が!」と声に出さず口の動きだけで怒られたので、しおしおと煙管をマントの下にしまい込んだ。
「離れろ天使どもぉぉぉぉ!!」
突然のハーレム展開に、ルキフエルの怒りが頂点に達した。
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