第241話 ウザれる森の小さな家
ガラバは「んー」と首を傾げていた。
ここは人の世界と魔族の世界の堺にあるギュラリントの森。
この森は魔素が人の土地に流れるのを防いでくれる「守の森」だが、ここに住む動植物はその魔素の影響で魔界の魔物並みに異常発達しており凶暴だ―――と聞いて育ったガラバだが、目の前にいるウサちゃんは蝶を追いかけて飛び跳ねたり、ωの形をした口元をもっちゃもっちゃしながら人参を食べている。実に牧歌的な光景だ。
他に目を向けると熊が座り込んで土瓶に入ったはちみつを舐めているし、その隣で豚とロバが虎の腹を枕にして寝そべって昼寝している。捕食関係はどこいった。
人間たちからは「魔の森」とか「地獄の入口」といった怖い二つ名をつけられているギュラリントの森なのに、季節を無視して色とりどりの花が咲き乱れ、木漏れ日はどんな絵画よりも美しく輝いている。まるで少女が見る夢のような光景だ。
「ホウホウ。こんなところに旅人が来るとは珍しい」
「俺は幻覚攻撃でも食らっているのか」
「ホウホウ、この森でそんな荒事をする者はいないよお客人」
「あんたは」
「ホウホウ、わしは梟じゃ。それともわしがカラスか孔雀に見えるかね? ホウホウ」
「……」
その語り口調に多少イラっとしたガラバだったが、咳払い一つして馬車をノックした。
「なんだなんだ?」
レーザー・レッドゴールドが扉を開けてひょいと馬車を降りると、それに続いて妻のアンドゥが稀人の赤子―――アリアナを抱いて降りてくる。
「……」
覗き窓から馬車の中を見ると、巫女の格好をしたニワトリ神使の少女―――ガガは、口と足をあけっぴろげて爆睡していた。このニワトリの主である天照大神が見たら嘆きそうなだらしなさである。
「おいおいガラバの旦那。こりゃ一体……」
見上げれば雨上がりでもないのに虹が掛かっているし、視線を落とすと足元で邪妖精がアハハウフフと笑いながら草の上でダンスしている。魔族にとっても危険な森なのに、夢の国のような光景を見せられてレーザー・レッドゴールドは唖然となった。
「あらー、かわいいでちゅねー。アリアナちゃんも好きでちゅかー?」
アンドゥは勝手に「アリアナ」と名付けた稀人の赤子に森の様子を見せる。
「ばぶー?」
このファンシーフォレストっぷりに赤子は目をしかめている。転生する前の記憶がある彼女は『これはシー&ランド……いや、ビューロランド?』と、この「いかにも作り物っぽい森」を訝しげに見ているのだ。
「……こんなところにルイードの旦那がいるのかよ」
ガラバはごくりと喉を鳴らし、公爵魔族ヤチグサ(稀人)から借りたオリハルコンの武具を再点検し、連中にも「注意しろ」と発破をかけておいた。
レーザー・レッドゴールドとアンドゥはさすが元冒険者であり、真剣な顔になって武器を点検しつつ馬車に戻った。特にアンドゥは鬼子母神的な気概に満ちている。
「……」
変わらずグゴーと寝ているニワトリ神使のガガは放っとくとして、ガラバは魔馬スレイプニルに「頼むぜ相棒」と語りかけた。
そしてあきらかに人の手が入って馬車が通りやすくなっている森の道をゆっくり進んでいく。
するとしばらく進んだあたりで視界がひらけて、森の中に丸くくり抜いたような丘が現れた。ここにも色とりどりの花が咲き乱れ、丘の上には白くて小さな小屋、いや、家がある。
「まさかあんなところにルイードの旦那がいるんじゃねぇだろうな」
ボサボサ髪で無精ひげのヒュム種とは思えない大柄な男がこんな可愛らしい家にいる姿は想像できない。
そして遂に玄関の扉が開いた。
「やっときやがったな。待ちくたびれたぜ」
ルイードは首をコキコキ鳴らしながらニタァと笑った。
□□□□□
「そんなものですか」
シャクティーは勝ち誇るでもなく冷淡に言い捨てた。
蛇の下半身を立て、シルビスたちより高い位置から見下ろすようにしているので、その言葉にさらなる威圧感が乗っている。
「いや、体格! その尻尾の方まで考えたらシャクティーさんの体長何メートルよ!」
大きな胸以上に丸く大きくなった腹を抱えたシルビスは、吐きそうになるのをこらえながら文句を言う。
その横で
シャクティーが提示した勝負。それは「大食い勝負」だった。
次々に出現する豪華な料理の数々に、最初の方は生徒たちから「羨ましい」という声が上がっていたが、そのレパートリーが脂っこい天ぷら山盛りや胃に重そうな肉とか唐揚げなど、大体茶色い料理が並んでいくと、まず教職員たちが胸焼けをおこした。
次にスパイシーな匂いからして「絶対辛いやつ」とわかるカレーと、見た目からして「絶対ゲロ甘なやつ」とわかるケーキ菓子の山を見て、生徒たちもウップとなった。
「三人いれば私とは対等でしょう?」というシャクティーの挑発に乗って挑んだ三人だったが、序盤に出てきたパ○チョのナポリタンだけで撃沈している。
「てかどうして大食い勝負なんですか……うぷっ」
「あなた達と私の殺し合いならお話にならないからですよ。これなら対等な勝負だったと思いますが?」
口の周りをナプキンで丁寧に拭きながら、すべての料理を完食したシャクティーは、完膚なきままにシルビスたちを打ちのめしたので、ようやく「異世界の門」を開くことに着手した。
「さあ、ここにいるみなさんの魂を使って異世界との扉をこじ開け、稀人たちの世界を覗いてみるとしましょう」
「や、やめなさいよ!」
シルビスが吐きそうになりながらも大声を出すと、シャクティーは不敵な笑みを浮かべた。
「ふふ、神が真に万能なら私の所業を止めるでしょう。もちろん神が降臨されることはありえませんから、きっとあのお方に私を止めるようお命じになるのです。そうです、私を止めることができるのはあのお方……ルイード様だけ。ああ、ルイード様ルイード様ルイード様……」
「いっちゃってるところ悪いんですけど」
シルビスは窓の外を指差した。
そこには光に群がる蛾のように窓に張り付いた無数の悪魔たちの姿があった。
「異世界の門をこじ開けたらこの反転世界は吹き飛んでしまうかも知れませんから、悪魔たちは戦々恐々としていることでしょう。ですが、悪魔たちの神……魔神でもない限りこちらには入ってこれません」
シャクティーが言った矢先、なにもないただの白壁に扉が出現した。
「!?」
扉が開くと、悪魔たちを追い払うようにして四人の男女が入ってきた。
「やれやれですとも。ここを見つけるのに苦労しましたよ、えぇ」
仮面の魔法使いアラハ・ウィが愚痴ると、
生徒たちが呆けてしまったのは、ここに王国王妃や冒険者ギルドの受付統括が現れたことと、彼女たちの背中から美しい光の翼が幾重にも生えていたからだ。
「いいんですかねぇ、こんな大勢の前で光翼を見せて」
アラハ・ウィが唇の端を吊り上げるように「にやり」と笑うと、王国王妃は薄目でカーリーとドゥルガーを見た。
二人の受付統括が無言で光翼を広げると、その光景を見ている人々の瞳から意思の光が失せた。
「ご苦労。これで何も覚えていないだろう」
「無事に戻れたら、でしょうけどねぇ、えぇ」
三大熾天使と元魔王の堕天使は、シャクティーを取り囲んだ。
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