第235話 ガラバ、おっぱい汁の必要性にウザ提案をしてしまう

「いや大した馬車だぜ。クレスト号? 俺もこんな馬車を手に入れてみたいもんだぜ」


 レーザー・レッドゴールドは馬車の外装をなぞりながら羨ましそうに言う。その横には魔封じの手枷をされて紐で引っ張られた罪人の女魔族がいるが、ガラバはそちらの名前を尋ねることもなく見て見ぬ振りをした。


 なんせ冒険者を殺した冒険者だ。人間であろうが魔族であろうが同業殺しはご法度中のご法度として絶対に許さないというのが冒険者達のルールだ。


「で。街に付く前に日が暮れたわけだが。近いんじゃなかったのかよ」

「人間の言う近いってのがどれくらいの基準か知らねぇが、魔界じゃ一週間で着ける所は『近い』って言うんだぜ」

「マジかよ」

「ははは。安心しなって、たとえだよ、例え。明日には街に着くから野宿は今夜だけだ」

「てか、あんたら、野宿する道具持ってるんだろうな?」


 見たところレーザー・レッドゴールドも罪人の女も手ぶらだ。


「馬車で寝泊まりするつもりだったけど、ああなっちまったから、ない」

「そうか」

「心配はいらない。俺はこいつが逃げないように寝ないつもりだからな。あんたはこいつの中でぐっすりどうぞ」

「そうか」


 ガラバは「そうはならねぇんだろうなぁ」と思ったが口には出さなかった。


 そして案の定、日が暮れて携行食を食べた後、レーザー・レッドゴールドは草の褥に横になり「ぐごごごご」といびきをかきはじめた。


「………」


 女の手枷に括り付けられた紐はすっかり手放されているが、女は逃げずに座っている。


『魔族は魔力を封じられると力が出ないと聞いたことがあるが……』


 悪魔を先祖に持つと言われている魔族だが、実は「悪魔の一族」という意味ではなく「魔法の一族」という意味で魔族と呼ばれている。


 人間が酸素を必要とするように魔族は魔素が濃い場所でなければ生きていけないが、それと同じく人間の生命力に等しいのが魔族にとっては魔力だと言える。つまり魔封じの手枷をはめられているということは、生命力を抑え込まれているということでもあるのだ。


 ちなみに彼女の手に嵌められている枷はムラクモミレニアム社製の「ストラグル2000」に間違いない。


 異世界からやってきた稀人が立ち上げた「魔道具商会ムラクモミレニアム社」は、トイレットペーパーからゴーレムまで多種多様な商品を取り扱っているが、この枷は高級品の部類に入る。おそらくガラバの最大年収の三倍くらいの価格だ。


『この金髪真っ赤野郎がそんなに稼いでるようには見えないが……ギルドから貸与されたのかもな』

「あなた」


 ガラバがいろいろ思い巡らせていたら初めて女が口を開いた。


「あなた、お金持ちね」

「うっせぇ。黙って寝てろ」


 下手に会話して感情移入すると、これから死刑になる女に同情してしまうのでガラバは拒絶することにした。


「お金持ちって素敵だわ。私も贅沢して暮らしたい。あぁ、そのオリハルコンの装備も豪華な馬車も、あなたのものではなくてヤチグサ公爵のものだったかしら」

「……」

「あなたの持ち物を売ったら人生三回くらい優雅に暮らせそうよね。それこそ、私を捕まえた懸賞金なんか足元にも及ばないほどの大金が手に入るわ」

「……」

「それにあなたは私達魔族から見たら脆弱な人間。倒すのは簡単よね」


 ガラバは右首筋に冷たく鋭利な何かが触れていることを感じ取って微動だにしなかった。


「わりぃな、旦那」


 寝ていたはずのレーザー・レッドゴールドはガラバの首筋に短刀を突きつけていた。いつの間に起き上がり、自分の背後に回ったのか、ガラバには検討もつかない。つまり、レーザー・レッドゴールドの動きは全く察知できないほどの速さで、まともにやりあっても勝てそうな相手ではないということだ。


「ここまで運んでくれたんだ。殺すのは忍びない。身ぐるみ全部置いていってくれないか?」

「お前、今の話でギルドを裏切る腹づもりにしたのか? 口車に乗せられすぎだろ」

「ははは。違うんだな、それが」


 女は手枷を自分で外して立ち上がった。


「最初からグルか。お前、冒険者じゃないな?」

「ははは、御名答だぜ旦那。俺は盗賊ってやつさ。元々は冒険者だったんだけど食っていけなくてな。もちろんさっきの馬車も俺のじゃねぇ。商人の馬車だ」

「襲ったのか? しかし血の匂いはしなかったが」

「い、いや。俺たちを見て一目散に逃げ出しやがって。しかも帰りの馬車だったらしくて荷台はもぬけの殻さ。焼けて倒れてたのはあいつらがランタンを落として勝手に燃えたんで、俺とアンドゥは必死に火消ししてやったんだよ」

「なーるほど。ドジで善良な盗賊か」


 ガラバは溜息をついた。全幅の信用をおいていたわけではないが、最初から盗賊だったとは思ってもいなかったのだ。救われたのはこの二人が根っこから悪人ではないというところか。


「ばぶー!」


 御者台に放置していた赤ん坊がぐずり始めた。


「赤ん坊の声?」


 レーザー・レッドゴールドと女は驚いた顔をする。ガラバが御者台の足元に御包みに包んで隠していたのと、二人を早々に馬車の中に入れたことで赤子の存在に気づかれていなかったようだ。


「旦那、あんた人さらいか? ヒデェやつだな」

「盗賊に言われたくねぇな」


 憮然としていると女が御者台に行き、赤子を抱きかかえた。


「あぁ……人間の赤ちゃんも魔族の赤ちゃんも同じね。かわいいわ」

「おいアンドゥ……」

「それよりちょっと旦那さん。この子のミルクは? ああ、おしめが濡れてるじゃない! 女の子なんだから綺麗にしてあげてよ!」


 アンドゥと呼ばれたスレンダー美女が文句を言いながら馬車を探る。


 ガラバはレーザー・レッドゴールドに短刀を突きつけられているので動けないが「一番うしろの荷台にカバンがある」と指示を出す。


「これ?」

「違う違う。右のそっちに牛の乳。下のカバンに着替えが―――ああ、そっちじゃねぇよ!」


 我慢ならず立ち上がって馬車に向かう。


「これ!」

「知らないわよ。見たことないんだら、もう! ってかこの牛の乳、腐ってないでしょうね」

「三日は持つって言われたし、こいつなら腐ってても大丈夫だろう」

「ば、ばぶ!?」


 稀人の身体能力は高いが、その特異な能力の一つに病気や怪我からの回復力の高さがある。滅多なことで病にかからないし、大抵の怪我は傷跡一つ残さず治癒できる自然回復力もあるのだ。


「バカ言ってんじゃないわよ。赤ちゃんにそんな危ないもの飲ませられますか!」


 アンドゥはポロっと自分の乳を出して赤子の口に乳房を押し付けた。体つきはスレンダーだが乳房はご立派だった。


「あんた知らん男の前でそんな……。って、豪快なことはいいんだが、どうして母乳がでるんだよ」

「そりゃ出るわよ」

「ってことは赤ん坊がいるのか」

「死んだわ、三週間前に。病死よ」

「……」


 ガラバは突っ込んだ話を聞いてしまって空を仰いだ。


「まぁ、わかると思うけど、そこのレーザー・レッドゴールドが父親なんだけどね。それまで私達は普通に冒険者してたけど、子供も出来たからまっとうな仕事につこうとしてたわけ。だけど碌な仕事がなくて生活はかつかつ。仕舞いには子供の治療も満足にできなくって死なせてしまったわ。だから盗賊やってるし、乳は余ってるの」

「ご説明はありがたいが……。おいレーザー・レッドゴールド。あんたの嫁のおっぱい汁、もらってるぞ」

「言い方悪いな、旦那」


 憮然とし、金髪をかきながらレーザー・レッドゴールドは短刀を収めた。襲ってくるつもりはないらしいし、短刀を首筋に当てられたときも殺意は感じなかった。


『悪いやつらじゃねぇんだよなぁ』


 ガラバは少し思案し、「おめぇら、俺の旅に少し付き合って旅してくれたら報酬渡すぜ」と提案していた。


「「はぁ??」」


 レーザー・レッドゴールドとアンドゥは顔を見合わせた。


「その代わり、そのチビに乳を分けてくれ。レーザーは俺のボディーガードだ」


 シーマ、巨女ジーナ、シンロク執事長と別れ、やっと一人旅になったかと思ったガラバだが、また旅の道連れが出来てしまったようだ。

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