第233話 赤い金髪の魔族がウザそうな予感

『おう赤ん坊ちゃん。悪魔はどうだったよ』

『わ!? と、突然頭の中に話しかけてこないでくださいよ、もう』

『あーあー、うるせぇ。思考が混濁するから落ち着けよ。てか、どうせ自分じゃ何もできなくてヒマだろうが』

『そりゃそうですけど! 突然電話かけてくる前に電話かけていいかどうか聞くのがマナーじゃないですか!』

『アホか……なんのための電話だよ。で、どうだったんだよ、おおん?』

『どうって?』

『初めての悪魔退治だよ』

『ええ。あなたに言われたとおり念じたら、悪魔っぽいのを女の人から追い出すことはできました』

『おぉ、よくやったじゃねぇか。赤ん坊に念じられただけで消滅したその超絶かっこわるい悪魔(笑)には同情するぜぇ』

『いえ、消えたんじゃなくて、逃げたんだと思います』

『なに?』

『なんだかわかんないんですけど、倒した実感が無いと言うか。部屋に出てきたゴキブリとか仕留めたら倒した!って気になるじゃないですか。それがなくてどこかにゴキブリが潜み続けているような気分なんですよね』

『よくわかんねぇが、まぁ赤ん坊にしちゃあ、よくやった。あとは俺様ンとこに来て、みっちり(精神があれな部屋で)修行すりゃ悪魔の一匹や二匹、簡単に消滅させられるぜぇ?』

『なにが大丈夫なのかわかりませんけど、ちょっと聞いていいですかルイードさん』

『おおん?』

『私、元の世界に帰れるんですか? 精神こころは大人なのに体が赤ちゃんっていうこの状況、めちゃくちゃ辛いんですよ』

『戻れねぇんだなぁ、これが』

『ええええ!?』

『本来、魂がもとの記憶を持ったまま転生すること自体が何億分の一くらいの低確率で起きる……かもしれないってくらいの【輪廻転生システムのエラー】なんだよ。それにカミサマが手を加えて、異世界召喚を乱発しちゃってるわけで、イレギュラーにイレギュラーを重ねてるから、もうどうしようもねぇっていうか』

『ちょっと! せめて自立歩行できる年齢まで自我を持たないようにとかできませんか!?』

『なんで?』

『なんで!? あなたは他人に……特に男の人にオシメ代えられたりするのを許容できますか!? 私はたまんなく苦痛なんです! だって恥ずかしいところ全部丸出しですよ! 人間の尊厳はどこいったって話ですよ! 恥ずかしくて死んじゃいます!』

『人間はみんなそうやって育つんだから、別に恥ずかしくねぇだろ。そんなことより……』

『そんなことより!?』

『オメェを連れ歩いてるガラバの様子はどうだ』

『うーん。どうもこうも何も変わらないように見えますけど』

『だったらいいんだが。俺様がもし悪魔だったら、オメェには勝てないにしてもオメェを連れ歩いてるガラバを仕留めるからな。なんせガラバに憑依して操ろうにもオメェが近くにいるからそんなこたぁできねぇし。どうにかして殺すことを考えるぜぇ』

『……怖い話しないでくださいよ』




 □□□□□




「ばぶー」

「ん? なんだ? 話がしたいのか、ん?」

「ば、ばぶー」

「おー、よしよしよし」


 御者台に座るガラバは自分の隣に置いたゆりかごを揺らしながら、もう片方の手でクレイブニルの手綱を器用に操る。


 魔界と呼ばれる魔族たちの領地は魔素が濃い。だから魔物であるスレイプニルが元気に闊歩していられるのだが、それはガラバにいい影響を与えるわけではない。


 人間と呼ばれている種族たちは、魔素を多く取り込めない。


 魔素の濃いダンジョンに長時間滞在し続けると精神や体調に異常を来すこともあるので、冒険者たちは長くても数日でダンジョンから戻るように心がける。


 だがガラバは元より、彼より長い期間魔界に滞在しているはずの「元気なアルダム(女体化)」がそうなっていないのは、ひとえにルイードの加護があるおかげだろう。普通の人間が魔界で数日過ごせば体調不良に陥り、魔素に毒されて精神的にも粗暴になり良心の呵責が失われて魔物のようになっていくものだ。


 逆に魔族は魔素がないと生きていられない体質なので、人間が暮らす土地に長い期間滞在すると体や精神からなにかが枯渇して虚弱状態に陥る。これが人間と魔族の生き物として相容れない性質だとも言える。


「……赤ん坊が魔界で平然としていられるのは、こいつが稀人だからってことでいいのか?」


 ガラバは稀人にどんな加護があるのかよく知らない。


 基礎能力は高いが鍛えなければただの人であること。他には魔力が常人以上にあり、成長率も高く、どんな種族語も理解し会話することが出来ることなどは有名な話だが、他にも知られていないことがありそうだ。


 そもそも稀人は「魔王」を倒すために神様がランダムに呼び寄せているという話だが、救国の勇者たちが魔王を討伐した後も稀人の顕現は止まらない。神のご意思など一介の冒険者にわかるはずもないのですべては謎だ。


「しっかし悪魔だの天使だの、物語の中の話だとばかり思ってたが、実在するもんなんだな……って、なんだありゃ」


 街道の先で馬車が横転して大破している。幌が燃えて煙も上がっているのでただ事ではないだろう。


「ばぶー」

「おー、よしよしよし」


 雑に赤子の頭を撫で回して機嫌を取った(つもりの)ガラバは、オリハルコンの大剣に手をかけた。こういう場合考えられるのは事故ではなく野盗か魔物の襲撃だ。備えるに越したことはない。


「おーい」


 倒れた馬車の向こうで魔族の若い男が手を振っている。その横には女がいるが、両手は後ろで拘束されているように見える。


 男は真っ赤な革鎧とカーゴパンツに身を包んだ金髪で、一言で例えるなら「ド派手」だ。背はガラバより高く肌色は一部の魔族種特有の薄紫色をしている。


 女の方は太ももまで真っすぐ伸びた赤い髪が特徴的な魔族で、普段シルビスやシーマのような肉感的な女性ばかり目にしているガラバにとっては物珍しいスレンダー美女だ。


 男は女を後ろ手に拘束し、腰に括り付けた荒縄を持っている。一見すると男が罪を犯した女を拘束しているようにも見えるが、状況がまったくわからないのでガラバは警戒を解かなかった。


 倒れた馬車より手前でクレスト号を止め、赤子を御者台に残したまま降りる。念の為御包みをかぶせて赤子は御者台の足元に隠すように置いた。


「ああやっと来てくれた。ここ、誰も通らなくて困ってたんだ。すまないが乗せていってく……。人間?」


 若い魔族はガラバを見て少し驚いた。和平が結ばれたと言っても、魔素の濃い魔界で人間を見る機会はまだ少ないからだろう。


「……何があったんだ」


 ガラバは若い魔族の反応を気にせず、燃え燻っている馬車を指差した。状況的にも女を拘束している時点で怪しさ倍増だ。


「まず名乗らせてくれ。俺はレーザー・レッドゴールド。男爵家の三男で冒険者だ」


 握手するために差し出された手をガラバは無視した。冒険者が見ず知らずの相手に利き手を差し出すのは愚行以外の何物でもないからだ。だから多少文化の違いがあるとしても、この若者が大した経験を積んでいない冒険者なんだろうということも把握できた。


『レッドゴールド……まんまかよ』


 赤い装備に金髪。これほど家名を体現しているものはなかなかいないだろう。


「こいつはギルドが指名手配している罪人で、冒険者殺しの冒険者だ。やっとの思いで捕まえたんだが、移送中に暴れやがってこのザマだ―――馬車一台がどんだけすると思ってんだ、このクソアマが」


 レーザーが吐き捨てるように言うと、女はふいっと顔を背けた。どうやら真実のようだ。


「馬には逃げられるわ、やっと買ったばかりの新車はこのとおりだわ、こいつを捕まえた報酬だけじゃ割に合わないぜ」

「そりゃ難儀だったな。だが、俺も先を急ぐ旅をしてるんだ。後から来る誰かに頼ってくれ」

「そりゃねぇよ。人間ってのはそんなに冷たいのか?」


 ガラバは「うぐっ」と声をつまらせた。


 まだ種族間交流が盛んではないのに、人間に悪印象を持たれるのはよろしくない。だが、犯罪者とそれを連行する冒険者という火種を乗せていきたくはない。


「それにしてもすげぇ立派な馬車だな。馬も……スレイプニルかよ。あんたの装備もそりゃオリハルコンか? まさか人間のご領主かい?」


 ローブを着てごまかしているつもりだが、ちらちら鎧が見えてしまうのでバレたようだ。もちろんそんなド派手な鎧は脱いで馬車に突っ込んでおけば済む話だが、いつどこで何者に襲われるかわからない旅路だし、もし借り物を盗まれたらマズいと思えてずっと着込んだままだ。


「いや。ヤチグサ公爵に雇われている冒険者で、これは全部借り物だ」

「ヤチグサ公爵!? 転生稀人で魔族最強って噂のあの御方かよ! こいつはすげぇ」


 レーザーは歓声に近い声を上げた。あのイケメン公爵魔族は魔族界隈では相当な有名人らしい。


「俺みたいな男爵家の三男坊じゃお目に掛かることも出来ない雲の上の人だ。そんなお偉いさんから依頼される人間なんて、あんたも相当な冒険者ってことか」

「さあな」

「で、乗せてくれないか?」


 この男はかなり強引なタイプらしい。


「もちろん路銀は払う。この先にある街に行くだけでいい。ここを通るなら絶対に寄るところだし、なぁ、頼むよ」


 ガラバは憮然となったが、致し方なく二人を車内に入れることにした。


「うひょー。俺の馬車の比じゃねぇわ。なんだこの革張りの椅子。足元もふかふかだし、さすがヤチグサ公爵の馬車だぜ」

「型落ちらしいけどな」


 もともと借りようとしていた馬車は絢爛豪華すぎて辞退したほどだ。


「その女、暴れたりしないだろうな」

「心配ない。俺の馬車を燃やされたから魔封じの手枷をした。まさか魔法を使えるとは知らなかったぜ」

「……」


 車内に腰掛けた女は黙ってそっぽを向いている。先程から否定しないところからして本当に犯罪者なのだろう。


「ほんの数時間の旅だが、宜しく頼むぜ。ええと、あんたは……」

「ガラバ・ゼットライトだ」

「お? 家名持ちってことはあんた、人間の貴族か」

「まぁ、そんなところだ」


 貴族どころか、帝国の属国になっていなければ今頃ゼットライト国の王太子という身分だ。


 いつもなら家名まで言わないのに、この若い冒険者が家名まで名乗ったので思わず言ってしまった。


 迎え入れたくない客人を車内に入れ、御者台に座る。


「ばぶー?」

「おー、よしよしよしよしよしよし」


 雑に頭を擦って赤子をなだめたガラバはスレイプニルの手綱を握った。

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