第231話 ガラバはウザ悪魔パズズと戦う

「おい、シーマに取り憑いてるやつ!」


 ガラバはオリハルコンの大剣を構えながら、怒気を含んだ低い声で叫んだ。


「今すぐ彼女を開放しろ!」

「んー? 開放ぉ? そんなことをするメリットがあるのかい?」

「うるせぇ! とにかくシーマから出ていけクソ悪魔!」

「ふふん。だったらキミが僕を出してごらんよ。ああごめんごめん。やり方がわからないんだよね? 特別に教えてあげよう。この女を殺してしまえばいいんだ。まぁ僕はこの体を捨てて別の者に憑依するだけなんだけどね。それと―――」


 空中にいるシーマ、いや悪魔パズズが繊手を一振りしただけで、なんらかの力が働いて地面に亀裂が走った。


「なんにしてもキミが恋人を殺せるのかって話だけどねー。あはははは」


 悪魔パズズに憑依されたシーマをこのままにしておけば、世界にどういう被害を及ぼすのか想像できない。が、自分の愛するシーマを殺すなどという選択肢はない。


「あ、あれがあんたの恋人かい? とんでもないのとつきあってるね……」


 巨女ジーナは血の気が引いたような顔をしている。


「魔族でもあれほど禍々しい気配は―――あれが……悪魔ですか」


 シンロク執事長も身構えている。


 魔族は悪魔と人の混血だと言われているが、魔族であっても悪魔を目にした者などいない。人々が実際は天使を見たことがないのに信仰の対象として敬っているのと同じだ。だが、目の前にいる存在シーマは「世の中には本当に悪魔はいた」と確信させられるだけの恐ろしさがあった。


 いや、これは恐ろしいなんて言う生半可な感情ではない。蟻が自分を踏み潰しそうな人間を見上げているような、そんな気分になる。……つまり、どうあがいても勝てないとわかる存在だ。


「なななな、なんなんだよ、これは」


 野盗討伐のはずが「悪魔」を名乗る存在と出くわしてしまった猫系魔族のジュウザは、しっぽとひげをピンと張って緊張を表した。


『こりゃルイードの親分案件だろ! 俺がどうにか出来る相手じゃないぞ!?』


 胸の内で愚痴るガラバは、ハッと気がついた。


『あの赤ん坊。あいつならどうにかできるんじゃ……あぁ! 村に預けっぱなしだ!』


 ガラバはこんなことになるとは思っていなかったので、ジュウザの妹で未亡人(未亡猫?)のミウザに預けたまま野盗討伐に来たのだ。常識的に考えて、危険な依頼に赤子を連れて回るわけには行かないので、それは当然のことだったが、今となっては連れてくればよかったと後悔する。


「赤ん坊ぅ? なにそれ?」


 悪魔パズズは中空に浮いたままギロリとガラバを睨んだ。


「おおっと、いちいち驚かないでくれよ。キミたちの心を読むなんて僕たち悪魔にとっては当たり前の力なんだから。どれどれ……ふーん? 悪魔を倒せる光の稀人ねぇ。なるほど、それは厄介だね」

「―――という妄想だ!」

「あははは、考えを書き換えようとしてもキミの深層心理まで読み解けるんだから無駄なことさ。ふーん、ルイード? そんなに強い人間がいるのかぁ。僕の次の依代に使えるかなぁ?」

「ぷっ」


 ガラバは思わず笑みがこぼれてしまった。あのルイード親分をどうこうできる存在がいるはずがないと、深層心理の奥底からホンキで思っているので笑いがこみ上げてきたのだ。


「……ふふーん? キミはそのルイードとかいう人間をすごく信頼しているみたいだけど、所詮は人間なんだよねぇ。僕たち悪魔は、キミたち流に言い直せば、謂わば神に近い存在なんだよ? だって僕たちの対極に位置するのが天使どもなんだからねぇ。わかる? キミたちとは次元の違う存在であり強さだってことが」

「そうは見えないがな」


 悪魔パズズは怒りに満ちた顔をした。


「だったらこの世界を地獄に変えて、キミは最後の最後まで生き残ってその光景を見届けてもらおうかな? どう? 誰よりも生き残れるよ? その前に心が壊れてしまうかも知れないけどねぇ?」

「そんな未来はこねぇよ」


 ガラバは、ルイードなら相手が悪魔だろうが天使だろうが構わずぶっ飛ばしてくれると信じている。いや信じるというより「重いものは上から下に落ちる」「立ちションするときに風が吹くとズボンが汚れる」「目を突かれると痛い」「猫は可愛い」「見積りの金額計算を間違えてくるやつには死を」と同じくらい常識的な確信でしかないのだ。


「んー。どうやらキミは悪魔の力をナメてるようだね」


 悪魔パズズはゆっくり地上に降りると、鉤爪のような変形した手でクイクイと招いた。


「さあ、かかっておいでよ。遊んであげるからさ」

「ふん。俺と戦いたいならシーマから出てこいよ」

「それは出来ないなぁ。僕たち悪魔は依代になる肉体がないとこの世界に長く存在できないんだ」

「長くってことは少しは存在できるんだろ、ほれ、出てこいよ」

「その手は食わないよ。かかってこないなら僕から行くよ~」


 悪魔パズズは一瞬でガラバの前に現れた。移動したのなら空気が動いて圧を感じるだろうが、それが一切なかったことからすると瞬間移動か短距離転移の類だろう。無論その速さにガラバは対抗できない。


「っんなろ!!」


 愕然とするガラバをよそにジーナが両刃の戦斧で殴りかかるが、悪魔パズズはいとも簡単にそれを手で止めて鋼鉄の戦斧を薄板のように握り壊した。


「喰らいなさい! 闇よりもなお昏き……」

「あはは。僕を目の前にして詠唱なんて時間は与えないからね?」


 なにかの魔法を使おうとしたシンロクは、悪魔パズズの背中から生える翼の羽ばたきで吹っ飛ばされた。


「……え、もしかして次は俺の番?」


 ジュウザが口元のひげを下げたが、少し戦えるくらいの村人にそんな期待はしていないガラバは、大剣を振り下ろした。


 本当なら脳天から叩き割るべきだろうが、肩を狙ったのは相手が恋人のシーマだからだ。だが、そんな心配をよそに悪魔パズズは簡単に剣を受け止めた。その反応速度は尋常ではない。


「僕がキミたちより強いって、わかってくれたかな?」


 愉悦の表情を浮かべる悪魔パズズ。取り憑かれていなかったら彼女がこんな表情を浮かべることはない。


 そして、取り憑かれていなかったらその勝ち誇った顔がこわばり、頭から生えたツノが溶解するほど苦悶することもなかっただろう。


「な……なんだ、これ……」


 両手で頭を抑えて跪いた悪魔パズズの体は、悪魔化した部分だけが溶けて元のシーマに戻りつつある。


 何が起きているのか。どうして悪魔パズズは苦しんでいるのか。


 振り返ったガラバが見たのは、赤子を抱えて呆然としているミウザだった。


「こ、この子がすごくグズるから来たんだけど……何が起きてるの?」




 □□□□□




 そのちょっと前。


 ギュラリントの森で野営しているルイード、そして仮面の魔法使いアラハ・ウィは、王妃(熾天使ミカエル)が「公務で忙しい」と立ち去ったのをいいことに、それぞれが自由な時間を満喫していた。


 仮面の魔法使いはベルベットの重いマントを外して小川に釣り糸を垂らし、魔法を使わず自分の実力だけで魚を釣り上げようとしている。だが、もうかれこれ四時間は微動だにしていない。


 ルイードは木で作った即席のコットに寝そべり、茫洋と流れ行く雲を見ているがその視線の先は「ここではない別の場所」を見ていた。


『聞こえるか、異世界人』

『異世界人て……。聞こえますけど、もしかしてあなたが私を生まれ変わらせた人? これって異世界転生ってやつでしょ? 最初に説明とかスキル授与とかなんかあるもんじゃないんですか? 随分待ちましたけど!?』

『あー、うっせぇ。俺が呼んだんじゃねぇよ。文句はあんたをこちらの世界に呼び寄せたカミサマに言ってくれ』

『じゃあ、あなたはどこのナニサマですか』

『テメェのように何も知らずに異世界からこちらの世界にやって来る奴らを教育する係って言えば理解できるか、おおん?』

『てめぇって……。口が悪い人ですね。はあ……この世界ではそんな係がいるくらい転生って当たり前なんですか?』

『まぁ、そんなとこだぜ。で、あんた、今は赤ん坊だからなんもできないだろうけど、ちょっと頼まれてやってくんねぇか?』

『なんです? 私には使命があるんですか?』


 空を見上げながらルイードはニマァと笑った。


『あるぜぇ』

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