第230話 ガラバと野盗たちのウザ遊戯

「なぁジュウザ。ここいらの野盗ってのはどういう連中なんだ?」


 ガラバが尋ねると、猫系魔族のジュウザは口にくわえてくゆらせていた茎の長い「岩鬼ロックオーガの葉」をペッと吐き捨てた。


「あいつらは巨神だ」

「巨人? 人間の巨人種ティタンとは近親種か?……」

「いやいや、巨じゃない。巨な。『巨大な神』を自称してる魔族だ」

「神!?」

「ははは。自称だから心配すんな。人間はどうなのか知らないが、俺たち魔族の中じゃあ自分で神だの高貴だの特別だの長い歴史があるだのと自称する種族なんて、お里が知れてるって感じだぜ」

「なるほど。確かに小さな村を襲うとか、やってることがだっせぇ神だな」

「だっせぇ?」

「カッコ悪いってことさ」

「なるほど。そう。だっせぇ、だぜ」


 ジュウザは猫の顔でくくくと笑った。人間ガラバ魔族ジュウザの異文化交流は案外上手くいっているようだ。


「なぁジュウザ、そいつらはっていうくらいだからでかいのか?」

「ああ、『やつら』の身長は四メートル以上。特にボスは五十メートルはあるって言われてる。見たやつはいないけどな」

「ははは。そんだけ大きな生き物が地上で生きていけるわけがないな」


 ガラバは五十メートルという数字に「噂話の与太話」だと思って笑い飛ばしたが、ジュウザはキョトンとしている。


「もしかして人間のところにはドラゴンとかベヒーモスはいないのか?」

「へ? ドラゴンはいるけど大きくても十数メートルだぞ?」

「魔界のドラゴンは五十メートルどころか百メートルくらいあるのがザラだぜ」

「……マジかよ、魔界怖ぇ」


 人間の国々で見ることができるドラゴンはガラバが言う通りせいぜい十数メートルだが、ほとんどがダンジョンのような特殊な場所にしかいないし、もしも人里近くに現れたら天災のような被害に見舞われる。魔界ではそれの倍、いや、倍以上の体躯のドラゴンがそこらにいて当たりなのだから、そんな環境で生きている魔族もすごい。


「見えてきた。あの岩山の下だ。こっそり近づいて奇襲しよう」


 そう言いながらジュウザが指差す先には大きな岩山があり大きな洞窟も見えた。その大穴の前には、確かに自分の身長の倍はある人型の魔族が二人ほど座り込んでいた。巨女ジーナでもでかいと感じていたが『やつら』のほうがさらにでかいようだ。


「なんだよあれは……」


 『やつら』とはガラバが見たことがない魔族だった。


 全身は焼けた鉄のように赤く、両肩が上にせり出していて単眼。手足は長いせいで体格が全体的に長細く感じる。


 その二人の赤い巨人は、おそらく村から連れ去ってきたであろう牛(タロウかハナコ)を太い木の幹にくくりつけ、生きたまま丸焼きにしようとしていた。


「ブモォォォォ(鳴)」

「ハナコォォォ!!」


 ジュウザは大声を張り上げながら飛び出していった。これでは奇襲も何もあったもんじゃない。


「ウソだろおい!! 無謀にもほどがある!」


 ガラバも仕方なく赤い巨人たちに大剣を向けながら走った……だが、近くになればなるほど野盗たちのデカさが浮き彫りになり、走る足に力が入らなくなってきた。


『こんなデケェのが三十もいてボスは五十メートル級!? 無理だろ!』


 赤い巨人たちは、走り込んできたジュウザを見て単眼の下部にある口を大きく開いて笑った。こんな小虫一匹が何しに来た、と言わんばかりだ。


「イデ」

「イデイデ」


 赤い巨人は聞き慣れない種族語を交わすと、片手の一振りでジュウザを払い除けた。


「うがっ!」


 自分の身長の倍以上ある赤い巨人に薙ぎ払われて、ジュウザは地面を転がっていく。致命傷はなさそうだが痛そうな音がした。


 ガラバは舌打ちしながら前に出る。


 希望はオリハルコンの大剣と鎧、そしてサンライズ流ツーハンドソードの剣術だけだが、ルイードの戦いを間近で見てきた結果、に比べたら四メートル程度の巨人なんて、どうってことはないと思えてきた。


「ルイード親分みたいに次元を割るとか、時間を止めたり巻き戻したりとか、因果律を書き換えたりしないのなら、俺にも勝機があるってもんだ!」


 普段のルイードがどれほど常識外のことをしているのかよく分かるガラバの叫びだ。ここにルイードの監視者でもある四大天使がいれば「日常的にこの世の法則を乱すな」と憤慨していることだろう。


「チェスト!」


 サンライズ流ツーハンドソードの気合一閃で、オリハルコンの大剣は巨神の腕を叩いた。分厚すぎる筋肉と手甲のせいで斬れはしなかったが、打撲くらいにはなっただろう。


「イデェェェ!」


 赤い巨人は打たれた腕を抑えながら白目を剥いて気絶した。どうやら図体の割に打たれ弱いらしい。


 もう一人の巨人は驚いたように立ち上がったが、その足首をガラバが薙ぎ払った。


「イデェェェ!」


 足のスネを叩かれた巨人は鼓膜が破れそうなほどの悲鳴を上げながらぶっ倒れ、白目を剥いてしまった。


 普段これほどの痛みを感じることがないせいだろうか。彼らはやたら痛みに弱い様子だ。


「勝ち目が見えてきたぜ」


 ガラバは洞窟の中からぞろぞろと現れる赤い巨人目掛けて斬り込んでいった。


「チェスト!」

「イデ!」

「チェスト!」

「イデ!」


 巨人たちが出てくる度にガラバが作業のように脛を叩き、積み重なるように巨人たちは倒れていく。次から次に現れてはリズミカルに倒されていく赤い巨人たちは知能指数が低いのか、何も疑うことなく出て来ては倒されていき、気がついたら気絶した巨人の山ができていた。


 この勝負、勝ったな……と思ったガラバの体が浮いた。


 岩山の向こうで巨大すぎる巨人が起き上がった振動で、地震のように地面が波打ったのだ。


「ほんとにいるのかよ!」


 五十メートル級と言われていた巨人は、岩山に両手を置くと単眼でギロリとガラバを睨んだ。


「なにが五十メートルだよ。あれは百メートルはあるぞ!?」


 あまりのスケール違いにガラバが諦めたその時、援軍が現れた。


「酒場に行ったらいないし! 聞き込みして村に行ってもいないし! あたいに何度も無駄足踏ませてんじゃないよ!」

「ガラバ様。こっちの巨乳はどうでもいいですが、私を置いてけぼりにするのはご勘弁ください」


 岩山の巨人からすると羽虫のように小さいが、ガラバからすると大きく見える巨女魔族のジーナ。そして体格こそガラバと変わりないが態度と存在感がでかい執事長のシンロクだ。


 ジーナは巨大な戦斧を持ち、シンロク執事長は背中から皮膜の翼を生やして本来の女性の姿に戻っている。


 二人とも戦う気満々のようだが相手は百メートル級の巨人、いや巨神だ。とてもではないが相手にならないとガラバは判断した。


「ふたりとも逃げろ!」


 その時、稲光が天空から落ちて巨大過ぎる巨人は単眼を焼かれて「イデェェェェ!」と叫びながら泡を吹いて倒れた。あの図体でも打たれ弱いらしい。


「な、なんだ!?」


 振り返ったガラバが見たのは、虎柄の下着(?)姿で滞空し、全身に稲妻を纏って悪鬼のような形相をしている恋人のシーマだった。


「見つけた、ダーリン」

「え、なにそれ……シーマ? なんで浮いてるんだ???」


 ぽかんとするガラバを守るようにジーナとシンロクが前に出る。


「やっぱり女をはべらせて……」

「え、ちょ、なに? 違う! 誤解! 違うから!」


 ガラバは巨大過ぎる巨人の前にいるときよりも顔面蒼白になって、思わずその場に土下座した。


「シーマ、違う、マジで浮気じゃないから!」

「浮気ものぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 シーマの体から爆発的に魔素が膨れ上がり、高笑いが辺りを満たす。


「アハハハハハ!! ついに顕現したぞ! 僕は悪魔パズズ! この愚かな女の心の隙間に取り憑いて、その魂を食らいつくし、体を奪い取ってやった!!」


 シーマから発せられたのに、それはシーマとは違う声色だった。


 そしてメキメキと音を立ててシーマの頭の上に角が生え、背中から毒毒しい色をした羽も生える。両手足は猛禽類の鉤爪のように変形し、美しい褐色の肌は色味はそのままにヨロイ騎士のような装甲みたいに硬質化していった。


「ありがとうガラバくん。君の浮気のおかげで僕は最高の血肉を得てこの世界に顕現できたよ! お礼に死ぬほどいたぶって殺してあげるからね♡」


 状況が飲み込めないガラバだったが、自分の恋人が何者かにその体を乗っ取られたことは理解できた。

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