第229話 乳を求めたガラバはウザ兄妹と出会う

 二人の農夫魔族は、宿場町から徒歩三十分ほど西に歩いた先にある小さな集落にガラバと赤子を案内した。


『大した距離じゃないから馬車は置いてきちまったし、あの二人に断りも入れてないが……まぁ、乳もらうだけだし大丈夫だろう』


 そう楽観しているガラバは、農夫たちの依頼は大したものではないと踏んでいる。


 大した依頼なら冒険者ギルドが威信をかけてちゃんと冒険者を斡旋するはずだが、そうなっていないということは「冒険者がやりたがらず、ギルドも捨て置いていいと判断しているしょーもない仕事」だろう、と。


「で? 依頼内容はなんだ?」


 歩きながら尋ねたら、農夫達は顔をこわばらせて無理やり笑顔を作った。


「む、村の畑を荒らすを追い払ってほしいんです」

「やつら?」


 言い方からして何か含みを感じる。


 畑を荒らすと言えば害獣だろう。だがこの農夫たちは直接獣の名前を言わず「やつら」と称した。


 普通なら「ヒトマイマイが大量発生してキャベツをダメにする」とか「ラモチスやゴビルバが大根を根こそぎ食い散らかしていく」とか、魔物や獣の名前を上げるはずだし、その相手によって取るべき対応策も変わってくるのだが、それを言わない辺りが怪しい。


『もしかするとしょーもない依頼じゃなくて、誰も受けたがらない危険で安い依頼ってことか? そもそも依頼内容も聞かずに受けた俺もアホなんだが……。まぁ、対価に見合わない仕事なら断って帰るだけだ。こいつらもちゃんと伝えてこないしな』


「ばぶー」


 抱きかかえていた赤子は、とガラバの顔を叩いてきた。


「んー、なんだー?」

「ばぶぅ」


 意思を感じない赤子の顔でも「腹減った」と言っているように思えてくるから不思議だ。


「もうちょっと待ってくれ。村についたら牛乳を死ぬほど飲ませてやるから」


 水田が広がる畦道を進んでいくと、掘っ立て小屋が点在する集落があった。名もなき村に到着したようだ。


「さっそくで悪いがミルクを頼む」

「はい、うちの村の魔素を含まないピュアミルクは人気が……あれ?」


 存在感のない農夫二人は、柵で覆われた場所に小走りで向かった。そこは牛の放牧エリアのようで、魔素で牛がダメにならないように加護の呪紋が描かれた柱が等間隔で並んでいる。だが、その柱のいくつかが倒れ、柵が壊れているのが遠目でも分かった。


 嫌な予感しかしないガラバも柵の方に行くと、その中には何もいなかった。


「そ、そんな」


 二人はへなへなとその場にしゃがみこんでしまった。


「ハナコとタロウはやつらが連れて行っちまった。今頃解体されて食われちまってるよ……」


 元気なさげな老人が声をかけてきた。


「解体、ねぇ……」


 わざわざ獲物をバラすなんてことを、獣や魔物の類がするはずがない。


「乳がもらえないんじゃ依頼はなしだ。残念だが」


 ガラバが踵を返しても二人の農夫は追いすがってこなかった。引き止める対価がないのだから、どうしようもないのだ。


「まってください!」


 ガラバの前に女魔族が現れた。


「私の旦那はやつらに殺され、村で大事に飼っていたハナコとタロウも連れて行かれ、畑は荒らされ放題。それなのに冒険者は来てくれない……。この村はあなたを頼ることしか出来ないんです! おねがいします!」

「俺は冒険者だ。対価のない仕事はしない。ってか、村を捨てて他の所で暮らせばいいんじゃないか?」

「ここは私達の先祖が開拓した大事な土地です。後からやってきたやつらに奪われたくありません!」

「じゃ頑張ってその『やつら』と戦えよ。俺は正義の使者じゃないんでね。それにこいつの飲む乳を探さないとまずいんだ。悪く思うなよ」

「母乳なら私が」


 女魔族は襟元から服を左右に開いて八つある乳房を大盤振る舞いした。


 村の男達は顔を真っ赤にして顔を背け、女達は彼女の勇気に涙になっている。


 しかしガラバはその女魔族の外見と乳房の多さから、まったく興奮していない。彼女の見た目は二足歩行で直立する猫そのものなのだ。ガラバをここに連れてきた農夫二人は人間に近い種類の魔族だが、彼女は全く別系統らしい。


『ヒュム種の俺がドラゴニュートの女見て興奮しないのと同じで、見た目が違いすぎると全然だな……』


 巨女ジーナや執事長シンロクの本来の姿なら頑張れないことはない。むしろシーマより高度なプレイが楽しめそうな感じさえある。だが、猫は無理だ。


「ばぶー」


 赤子はしてくる。どうやらこの子は猫の乳でもいいらしい。


「わかった。あんたの乳をにわけてくれるなら『やつら』ってのを追い払ってやる」


 その場にいた村人たちが感嘆の声を漏らすと、その声を聞きつけて続々と魔族が集まってくる。


「相手は……獣や魔物の類じゃないな? 野盗か?」

「は、はい。すいません」


 ガラバを連れてきた二人が頭を下げる。


「依頼料は?」

「う、うちらの村はそんなに金を持っていない自給自足なもんで。一人倒すか捕まえるかしてくださったら、中金貨一枚約一万円相当で……」

「ほんとに安いな! 俺の他に雇っているヤツはいないのか!?」

「いません……」


 こんな悪条件で依頼を受ける冒険者はいない。ましてガラバはただの冒険者であって、傭兵や戦闘士の類ではない。集団対人戦を得意にしているわけではないのだ。


 これがルイードやその弟子たちなら相手が魔物だろうが軍隊だろうが一人でヒャッハーできるのだろうが、ガラバは鍛錬してもらったわけでもないただの冒険者だ。


 イケメン三人衆のビランは『オーラシューター』という無属性魔法攻撃の免許皆伝だし、アルダムも『サ・ウザー鳳凰拳』の一子相伝継承者だが、ガラバは単なる剣術使いだ。いくら『サンライズ流ツーハンドソード』の使い手で魔族イチの鍛冶屋『三つ目のロン』に打ってもらったオリハルコンの大剣を借りていると言っても、一対多数でどうにかできる自信はない。


「頼みの綱はこの鎧か」


 大剣と同じくヤチグサ公爵魔族から貸与されているオリハルコンの鎧。これの強度は世界最高だと言われているので野盗の攻撃など跳ね返してくれるだろう。


「しかし俺は鎧に恵まれてるんだかなんだか……」


 レッドヘルム学院ではエルフの生体装甲を着けて「教職装甲ガラバァー!」などとやっていたが、また鎧に救われることになろうとは。


「よし。俺一人じゃ無理だ。あんたらにも闘ってもらうが、いいな?」

「無理です」


 村人たちは一斉に首を横に振った。


「今迄何人も『やつら』と戦い、負けて死にました」

「これ以上働き手がいなくなったら、もう……」


 完全に負け犬根性が植え付けられているらしい。


「わかった。相手は何人だ」

「三十ほど、かと」

「多いなチクショウ! 武装は?」

「剣と槍と弓です。鎧を着込んでるやつもいました」

「武装も十分かよ。やつらがどこにいるのかわかるか?」

「ここから三キロ南の洞窟を根城にしているみたいです」

「奇襲するしかねぇな……」


 ガラバはたくさんある胸を惜しげもなく露出した猫系女魔族に赤子を渡す。


「まぁ、毛が生えてない。人間の赤ん坊は初めて見るわ」

「大事に扱ってくれよ。こいつをある人の所に届けるのが俺の仕事なんだ」

「わかりました。命に変えても守ります!」

「頼んだ。俺がもし戻らなかったら宿場町でジーナとシンロクってやつにこの子を届けてくれ。まぁ、絶対戻ってくるけどな」


 ガラバはオリハルコンの鎧を軽く叩いてみせた。


「おい人間。俺も同伴させてもらおうか」


 村人たちを割って前に出てきたのは、逞しい体つきの猫タイプの魔族だった。


「ジュウザ兄様!?」

「ミウザ。お前の旦那の仇は俺が取るぜ」

「けど兄様がいなくなったらこの村は……」

「心配ない。こんなにすごい装備の冒険者なら、人間でもきっとやれるさ。な、旦那」


 どうやら赤子に乳を与えてくれる女の兄らしいが、過度な期待を持たれているようでガラバは辟易してしまった。

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