第227話 ガラバのウザ旅仲間は巨女と淫女

「え、あたいのメシ代は?」


 受付統括のウプー女史との話が終わり、シンロク執事長(男)に付き添われながら受付に戻ったガラバは、待ち構えていた巨女ジーナから開口一番にそう言われた。


 だが、受付統括から特別にルイードの居場所を教えてもらえたので、彼女に金を払う理由はない。もう用済みだ―――普通の冒険者は限りなく現実主義で利益優先なのでそう言うだろうが、ガラバは違った。


「まぁ、少し世話になっちまったし、メシ代だ」


 ガラバは布袋から大銀貨一枚約千円相当を取り出して渡そうとしたが、巨女はフンスと首を横に振って受け取らなかった。


「あたいの大きな体を見たら、そんな端金で養えないことくらいわかるだろ」


 爆乳や超乳を超えた核撃級の乳を震わせながらジーナが嘆く。これだけ大きいと体とのバランスが悪くなりそうなものだが、元の体も大きいおかげでスケールが大きいだけの問題でスタイルは抜群にいい。ジーナのサイズだけ普通の人間と同じになれば、男好きするその体目当てにいくらでも飯をおごってもらえそうだ。


「俺はあんたを養うつもりはないんだが……まぁ仕方ない」


 渋々と大銀貨を三枚渡したがそれでも「オリハルコンで身を固めた旦那がこんだけ!?」とジーナを呆れさせてしまった。


 オリハルコンの鎧と言っても、ヤチグサ公爵から借り受けているだけでガラバ自身はつい先日までレッドヘルム学院の用務員をしていた男なので大金を持っているわけではない。


 むしろ連合国に来てからというもの、冒険者としての蓄えを切り崩しながらも恋人のシーマに食事やプレゼントを与え続けている日々で困窮しているくらいだ。ちなみに、アルダムやビランからは「女子高生(のフリをしているシーマ)に金を渡して付き合ってもらう気分はどうだ」「円光おじさんMrサークルフラッシュ」と小馬鹿にされていたくらいだ。


「やれやれ。これでお引きいただけますか?」


 赤子の世話をするためにガラバに付き添うことになった若紳士風のシンロク執事長(男バージョン)は、懐から取り出した高そうな革袋から金貨を一枚五千円相当取り出してジーナに差し出した。


「ちょっとまちな。まるであたいが物乞いしているような扱いしないでほしいね」

「はて。違うのですか?」

「バカにするなよ。あたいはこの人と縁を結ぶ話してんだ。邪魔しないでもらおうか」

「縁を結ぶ? ふっ、一介の冒険者風情がガラバ様と縁を結ぶなど、随分と夢見がちのようで」


 シンロク執事長は金貨を三枚約一万五千円相当にした。魔界は金の採掘が盛んなので金貨の価値は王国や連合国より低いが、大金であることには変わりない。そもそもの物価が低いため金貨三枚あれば半月は遊んで暮らせるのだ。


「ハンっ! あたいをバカにすんなって。あんた男の格好してるけど、女だろ。発情したメスの匂いがプンプンするんだよ!」


 そう看破されたシンロク執事長は黒い燕尾服を黒いスケスケレースのドレスに変え、その場にいた冒険者達が嗚咽にも似た声を漏らすほど神々しくエロい女の姿になった。いや、


「随分鼻が利く乳牛ですね。牧場にお帰りください」

「てめぇ淫魔サキュバス系の魔族かよ。断っとくけどあたいは平天大聖牛魔王の一族で――」

「牛魔王系の魔族ですか。ふっ、やっぱり牛じゃないですか。早く牧場に戻ってミルク絞ってもらいなさい。はちきれそうですよ?」


 二人がバチバチにやりあってる間、ガラバは赤子と共にしれっとギルドの外に出て、おとなしく待っていた魔馬スレイプニルの鼻先をなでて馬車クレスト号の御者台に座っていた。


「わりぃが、俺にはシーマっていう恋人がいるんでな。他の女が近くにいると殺されちまう。あばよ!」


 それでなくともシンロク執事長がわざわざ(嫉妬深いシーマを避けるために気を利かせて)男に化けてきたせいで、吸血鬼ハイエルフカミラが要らぬ誤解を起こしてしまい、浮気を嫌うシーマが怒っている。


 シーマの気が静まる頃合いに誤解を解かねばならないが、彼女の気質からして今は何を言っても馬耳東風だろうこともガラバは承知していた。だからこの逃避行にも似た人探しの旅はうってつけだった。


「このちびっこをルイード親分に届ける頃にはシーマも鎮まってくれてりゃいいけどよ」


 ハイ・ヨーとグレイプニルを歩かせるガラバ。


 この魔界都市カグラザカから当該目的地「ギュラリントの森」までは、馬車移動でも数日はかかる。


 しかもここら一帯は魔族が支配する「魔界」だ。


 出現する魔物も「魔族なら倒せる」というレベルの高い化け物揃いなので、ただの人間であるガラバにとっては決死行だとも言える。


 不安はつきまとうが、オータム男爵から逃げ回っていた日々のことを考えれば屁でもない。命を付け狙われるというのは恐怖と共に魂まで摩耗していくものなのだ。


「あー、街を出る前に食料とか寝具を買わないと、赤ん坊に野宿は辛いかな。ってか赤ん坊って何を食うんだ?」

「赤子には乳を与えないと」


 シンロク執事長が男の姿で幌の中から顔を出してきた。


「あなたの仕事ができたじゃないですかジーナさん」

「妊娠も出産もしてないのに乳が出るわきゃないだろ!」


 ぬっ、と巨女ジーナも顔を出してきた。


「あー、やっぱそうなるよな」


 以前のガラバなら「いつの間に!」と驚愕していたことだろうが、ルイードたちと付き合っているうちにこの程度のことでは動じなくなっていた。


「赤子のことは私におまかせを」


 シンロク執事長は愛しむ眼差しで赤子を抱きかかえる。


「じゃああたいはガラバの旦那を任された」

「あなたは道中の魔物を蹴散らす役目として雇ったのです」

「あんたが雇い主ってのは気に入らないが、まぁよしとするか。出番になったら起こしてくれよ」


 幌の中で剛気に横たわったジーナの胸は横に広がらず、山のように盛り上がっている。とんでもない胸筋が胸の脂肪が横に流れ出ていくのを防いでいるのだ。


「そういえばガラバ様の恋人のシーマ様もなかなかのおっぱいだとか」


 いつの間にか御者台に座り直していたシンロク執事長は、赤子を大事そうに抱きかかえながら言った。


「別におっぱいで選んでるわけじゃない」


 女強盗団と戦ったとき、ガラバとシーマは初見なのに不思議と馬が合った。


「どうしてシーマ様を見初められたので?」

「見た目の好みも勿論だが、一緒にいて幸せな気分になれる」

「参考までにどんな見た目なのでしょう」

「ダークエルフだから褐色の肌で、彼女が運動したあとの汗なんか、その肌の上で宝石のように輝くわけだ」

「虎柄の下着姿で空を飛んだり?」

「は? なんだそりゃ」

「いえ……なんでもありません」


 ガラバは気がついていなかったが、いままさにこの馬車の上を悪鬼羅刹のような邪気を稲妻のように迸らせている虎柄ビキニ姿の褐色美女がすっ飛んでいったのだ。馬車にひさしがあったせいでガラバを見つけられなかったようだ。


 言語能力まで探索に当てて集中していたシーマだったが、さすがに長時間そうしているのは無理だったらしく、今は「ダー殺(ダーリンぶっ殺す)」という単語を口の中て何度も反芻しながら地上を見回っている。


「この分じゃ魔族の街は出ていったみたいだが……、気配が綺麗サッパリ絶たれているのが逆に怪しさ倍増!」


 気を利かせたシンロク執事長が、ヤチグサ公爵家の客室を吹き飛ばしたシーマの追撃を振り切るために気配遮断の魔法を使っているのだが、それがさらに事態の混迷を招いているとガラバは知らない。


 ―――シーマちゃん。浮気男への恨みが足りてないんじゃない? その程度の憎悪じゃ僕との一体化が進まないから困るんだけど~


 シーマに憑依した悪魔パズズが文句を言う。


 ―――悪魔少女の真骨頂は悪魔変身なんだけど、今のシンクロ率じゃとても悪魔少女とは言えないよ?

「私は少女と言われるほど幼くない」

 ―――いいんだよ年齢は! 女の子は何歳になっても少女なんだから!

「歯の浮くようなセリフだが、ガラバも同じことを言っていたな」

 ―――なにニヤけてんのさ! もっと恨んでいこうよ! 怒りだよ怒り!

「わかっている。浮気男を見つけたらボコ死させる」

 ―――いいよいいよー。そうやって悪想念高めちゃおうね! シンクロ率完全一致を目指そ♡


 悪魔パズズが何を求めているのかはわからないが、このよくわからない心の声を聞くとシーマの胸の中に憎悪が高まっていく。


「おのれ、ガラバ」


 ―――くっくっくっ、いいよいいよー。くくくくく!


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