第226話 魔界魔族のウザ受付統括

「強っ」


 ガラバは倒れ伏した魔族の冒険者達を見て、ジーナの強さに感嘆した。


 素手のやり取りで相手を昏倒させるのは難しい。だが彼女は自分の大きな体躯を載せたパンチを相手の顎先に放ち、ひとりひとり確実に気絶させ、あっという間に男たち全員を伸してしまったのだ。


「どうだい? あたいの実力がわかっただろ」

「まぁな。それに自分で出した依頼を自分で受けるバカはいないってのもその通りだ。俺はあんたを指名依頼するぜ。受付のネーチャンからルイードの旦那がどこにいるか聞いてもらったら、それで話は終わりだ」

「ありがたいね。そんな簡単なモンで依頼料もらってさ。このだから飯代嵩むんだよ」


 巨女が笑う。そうしていると受付嬢が戻ってきた。


「大変失礼しました。結論から申し上げますと、冒険者ギルドの禁則事項に抵触するため当ギルドはルイードという冒険者について一切情報を出しません」

「はぁ!? ヤチグサ公爵の依頼だぜ?」

「いかにヤチグサ公爵からのご依頼であってもです」

「おいおいお嬢ちゃん。この人間が嫌いで嫌がらせしてんじゃないのかい? そんなのこのジーナ様が許さないよ!」


 ガラバとジーナがカウンター越しに受付嬢に詰め寄ると、彼女はピクリとも身じろぎせず、逆に二人を睨みつけながら小声で言った。


「勘弁してくださいよ。私だって命は惜しいんですから」

「そこまでのことか!?」

「そこまでのことなんですよ禁則事項に触れるというのは! 受付統括に見つかる前に帰ってください」

「そういうわけにもいかないんだよ。旦那の居場所がわかんないと……」


 詰め寄るガラバは、急に場の空気が冷たくなったことを感じて振り返る。すると、巨女のジーナが顔をこわばらせて直立不動する傍らに、小柄で線の細い女性が立っていた。


 白いワンピースと薄いレースのカーディガンを羽織った御令嬢といった雰囲気だが、薄紅色の肌色や額から真っすぐ伸びたツノが魔族であることを表している。


「う、受付統括」


 受付嬢が立ち上がって頭を深々と下げる。


「騒がしいので見に来てみれば、こちらは見ない顔ですね」


 丸い目でしげしげとガラバを見上げた御令嬢―――このギルドの受付統括は、懐に抱かれた赤子を見て目を細めた。


「魔界都市では人間というだけでも珍しいのに、赤ちゃんを連れてオリハルコンの鎧をまとった冒険者だなんて、珍しいにも程がありますね」

「そりゃどうも」


 ガラバがすっとぼけたように言うと、受付統括は薄く笑いながら床に倒れ伏した男たちを一瞥した。


「これはあなたが?」

「俺? いやいや」


 ガラバはジーナを見上げた。


「またやりましたねジーナさん」

「はぃぃぃぃ、すいませんんんんん!!」


 あれだけ勝ち気だったジーナがこわばるほど恐怖の対象ということは、人間側の各国にいる受付統括―――王国ではエルフのカーリー、帝国では鬼人オーガのドゥルガー、連合国では蛇人ナーガのシャクティー―――そのあたりに匹敵する強者である可能性は高い……とガラバは内心で身構えた。


 もちろんガラバはその三人の正体を知らないのだが、どんなに屈強な冒険者でも彼女たちの前では等しく赤子以下の脆弱な存在に成り下がるということは分かっている。おそらく彼女たちの正体が「堕天したルイードを監視するためにわざわざ人間に生まれ変わってきた熾天使のガブリエル、ラファエル、ウリエルである」とわかったとしても「ですよね」と納得してしまうだろう。


 それに匹敵する存在が目の前にいる御令嬢風の受付統括だとしたら、どうするべきか。長年の冒険者生活で身についた知恵と経験によって、ガラバは踵を返してギルドから出ていこうとした。


「あら、依頼はよろしいのですか?」

「禁則事項とやらで受けてもらえなかったんでな」

「禁則……?」


 御令嬢は受付嬢を一瞥した。


「は、はい。に関する……」

「口に出すことはなりませんよ」


 受付統括に注意され、受付嬢が口を閉ざしたがもう遅かった。


 その場にいる冒険者達は等しく息を呑んでいた。誰も見たことがない「冒険者ギルドマスター」の話が出たからだ。


 そもそも「ギルドマスターは各国各地にある冒険者ギルドそれぞれに居るのか、それとも全ての冒険者ギルドに一人しか居ないのか」という概要すらわかっていないのだ。


 他にも冒険者ギルドには謎が多い。


 世界各地にある冒険者ギルドを連携させる情報通信用の魔道具は「今迄どこの遺跡でも発見されていない」という不思議。瞬時に情報を全世界のギルドに届けて閲覧できる仕組みの謎。どこに情報を蓄積しているのか一切不明……。


 しかしそんな謎組織でも存在するおかげで人々は助かっている。冒険者達への依頼料の相場は崩れることがなく、依頼人たちもギルドが認めた等級制度によって安定したクオリティの冒険者を雇える。だから多少の謎は問題視しないのがこの世の習わしだ。


「ギルドマスター」


 ガラバは反芻するようにその言葉を口にした。


 王国東区にあるルイード一味がたまり場にしている冒険者ギルドの上には、ギルドマスターの執務室がある。―――が、そこはギルドマスターの私室も兼ねているらしく、天蓋付きの大型ベッドには走獣王シャオジャンの毛皮で作ったベストが洗って干されていたとか。無論そのベストは「蛮族みたーい」とシルビスにいつも小馬鹿にされているルイードの愛用品だ。


「いろいろと禁則事項ですので、こちらにどうぞ」


 受付統括の御令嬢はガラバの手を取って、冒険者ギルド受付の奥に案内した。


 巨女のジーナがついてこなかったのは、この御令嬢が恐ろしいので関わりたくないのだろう。ガラバは普段からルイードやカーリーと近いところにいるせいで感覚が麻痺しており、別に怖いとは感じていなかった。


「こちらです」


 受付統括という表札がある扉を開くと応接室があった。


「あれ?」


 そこにはヤチグサ侯爵の執事……本当は美女だけどガラバの前では男に変身していたあの若紳士がすでに腰掛けていた。


「ガラバ様」


 淫魔の血を引いていると吸血鬼ハイエルフのカミラに看破されていた若紳士は、立ち上がると状況の説明を始めた。


「私はヤチグサ公爵からあなたの活動に便宜を図るように言付かりまして、それを受付統括のウプー様にお伝えしていた所、ギルドが騒がしくなったためウプー様が様子を見に行かれた、という流れでございます」

「ご丁寧にどーも」


 若紳士相手に適当な挨拶を返したガラバは、受付統括のウプーという御令嬢に勧められてソファに腰を下ろした。


「先程もこちらのシンロク執事長から話を伺っていましたが、

 そちらの赤子をルイード様のもとに届けるのですね?」

「そうですね」

「稀人魔族のヤチグサ様はルイード様に師事されていましたから、つながりがあるのは承知しておりますが……失礼ながら、ガラバ様。どうして公爵は人間のあなたにその依頼をされたのでしょう?」

「さあ。俺がルイードさんの子分だからじゃないんですかね?」

「子分……なるほど、あなたが今代の」

「?」

「いえ、こちらの話です。本来は禁則事項ですが、受付統括の権限でルイード様の居場所はお教えしましょう」

「おお、そりゃよかった。てかなんでルイードの旦那のことを調べるのが禁則事項なんですか? 王国のギルドマスターの部屋に住んでるからですか?」

「……それをお教えするのも禁則事項ですので」


 ガラバはこの御令嬢がどんな魔道具を使ってルイードの居場所を探知するのかとワクワクして身を乗り出した。


 だが、御令嬢は大きな目を閉じて少し考え込んだだけでルイードの居場所を察知してしまったようだ。


「ルイード様は連合国と魔界の境にあるギュラリントの森におられます。少しずつ魔界に向けて移動されているようですが、かなり遅いペースですね。まるで風景を変えて野営するのを楽しんでいるかのような……」

「でたなキャンプおじさん」


 ガラバは頭を抱えた。


 少し前にルイードが「世界の美しさを再確認したい」と突然言い始め、野営用のテントや各種ツールギアを買い揃えてきたことがあった。


 軽量一人用テントから四人用ワンタッチテントまで六個もテントを買い集めてきたかと思えば、テントの下に敷くグランドシートはもちろん、寝る時に地面に敷くマットも数種。そのマットの上に敷くふかふかの布も材質違いで数種。さらに身を包む寝袋も数種類買い、簡易ベッド(コット)は「身長に合わない」と三回も買い直し、普段は刃の潰れたショートソード一本しか持っていないくせにダガーナイフやナタなどは数種類買ってきて触り心地を確かめたり、オイルランタンは大中小……などなど、冒険者であるはずのルイードが探検家のように野営グッズを大量に集めたのだ。


 ルイードは「これは使い勝手が悪い、これは重い」などと言いながら子供にように道具を広げて吟味していたが、その時はシルビスから「あんたは空間にモノを入れられるから重さ関係ないじゃん!」と突っ込まれていた。


「とにかくそのギュラなんとかの森に向かえばいいんだな」

「はい、それは間違いなく」

「私も同行いたします」


 若紳士が一礼する。


「え」

「ヤチグサ公爵から、ガラバ様の身の回りのことをするように仰せつかりました。男手一つで赤子の面倒も大変でございましょうし、と。離乳食づくりからガラバ様の夜伽までなんなりとお命じいただければ」

「男の姿でそれを言うと変な目で……見られてるじゃんかー」


 受付統括のウプーは、御令嬢の顔でジトーとガラバを凝視していた。


「いやいやいやいやいや、この人、女ですからね!?」

「そうなんですか?」

「はい。性別は女なのですが、ガラバ様が男のほうが良い、と」


 受付統括のウプーは、御令嬢の顔でジトーとガラバを凝視していた。


「おいおいおいおいおい、誤解を招く言い方はやめろ!?」

「誤解なんですか?」

「いいえ、ガラバ様は女を身近に置かない主義だと」


 受付統括のウプーは、御令嬢の顔でジトーとガラバを凝視していた(二度目)。


「ちゃうちゃうちゃうちゃう! 俺にはちゃんとシーマっていうダークエルフの恋人がいてですね! 彼女がすげぇ嫉妬深いから他の女を近寄らせないっていう、そんな話ですからね!」


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