第225話 正当なウザ絡み

 ヤチグサ公爵は旅立つガラバに馬車を貸し与えた。


 最初は公爵家の豪奢な馬車と四頭立ての馬娘(魔族)を貸与すると言っていたが、それはあまりにも大きく派手で、野盗に狙ってくださいと言わんばかりの代物だった。


 馬娘たちの維持も大変なので断ったが、赤子と長旅するのに徒歩は辛すぎる。


「では、これではどうだろうか。私が公爵位を取るまでの間、冒険者時代に使っていた愛車だ」


 ヤチグサ公爵は納屋にあった使い古しの馬車を紹介した。


「クレスト号だ。それとこの馬車専任の馬だ」


 公爵はスレイブニルと呼ばれる馬系魔物一頭も差し出した。


 スレイブニルは普通の馬より体が長く八本もの脚を持つ。一頭で二馬力以上出せるというスグレモノだが、魔物なので魔素が薄いところでは能力が下がる。そして獰猛だ。


 魔物使いと呼ばれる職ならまだしも、一介の戦士でしかないガラバに扱えるかどうか不安だったが普通の馬と変わらない大人しさだったのでクレスト号と共に借り受け、旅立った。


「馬娘より気兼ねしなくていいから楽だな」


 馬娘は「見た目はほぼ人間の女性だがその性質が馬」という魔族の一種族だが、どうにもいたいけな少女たちに馬車を引っ張らせている悪徳奴隷商になった気がして嫌な気分だったのだ。


 公爵家を出て魔界都市カグラザカの中央通りを進むガラバ(と魔馬と馬車と赤子)は、さして目立つものではないので道行く魔族たちも気にすることはない。


 クレスト号の御者台に座るガラバも、ローブをまとって派手な鎧も隠しているし、フードも目深にかぶって人間であることもひた隠しにしている。


 別段魔界に人間がいたとしても差別も区別もされないし奇異の目で見られることも少ないが、ここは魔族の街だ。誰もが人間に有効的だとは限らないので、無用なトラブルに巻き込まれないためにもこういった自衛は必要なのだ。


「ばぶー」


 ガラバの膝の上で布に巻かれた赤子は、ぺしぺしとローブの上からオリハルコンの鎧を叩く。


「ははは。まだ借り物だから壊さないでくれよ」


 事が済んだら報酬として頂戴できるらしいが、この装備一式を換金したら一体幾らになるのか想像もできない。


「それよっか問題は……親分がどこにいるのかわからねぇってとこだよなぁ」


 そういう時に頼りになるのは冒険者ギルドだ。


 ギルドには冒険者達の持ち寄った情報が集積されるし、各地の支店本店から寄せられた情報は「誰も知らない秘密のギルド本部」にある謎の魔道具データベースで一括管理され、必要に応じて各支店本店に共有される。その貴重な魔道具を使用できるのは受付嬢だけだ。


「魔界に冒険者ギルドってあるんだろうか」


 うーむと首を傾げていたがラバの目の前にそれはあった。


 冒険者ギルド共通のマークが描かれた旗がたなびくその建物は、ヤチグサ公爵家の館と変わらない大きさだ。


「マジか。魔族の冒険者は儲かってんなぁ」


 ガラバは馬車を脇に止め、赤子を抱えたまま冒険者ギルドに入った。


 ギルド内には多種多様な魔族が思い思いのことをしていたようだが、ガラバが入ってくると静まり返った。


「……おい」

「みろよあれ」

「オリハルコンだぜ」


 目ざとい冒険者相手だと、ローブの隙間や袖口からチラチラ見えてしまうガラバの鎧はどうしても目立ってしまうようだ。


『鎧櫃でも買って入れとかねぇと目立ちすぎるな……。いやいや、その鎧櫃ごと盗まれたら洒落にならねぇから、やっぱ着とくのがベストか』


 内心ゲンナリしながら受付に行く。


「はい。ご用件をどうぞ」


 受付嬢は機械的な対応だったが、ガラバは慣れたもので「情報を買いたい」と愛想笑いした。


「ルイードって冒険者の居場所を知りたい。冒険者認識票で大体の位置はわかるようになってるんだろう?」

「残念ですが他の冒険者の居場所を教えるのは規約違反になります」

「ルイードは俺の仲間なんだ。この子を届けなきゃならない」


 ガラバは布に包まれた赤子をチラッと見せた。


 赤子は愛くるしく笑いながら受付嬢を見ていた。


「まあ」


 思わず顔がほころんでしまう受付嬢だったが、規則は規則なので教えることはできない。だがそこには抜け道があった。


「にいちゃん、捜索願を依頼したらどうだい?」


 振り返るとごつい筋肉質の女戦士がいた。


 魔族の中の種族に詳しくないがラバだが、彼女の体躯は鬼人種オーガに匹敵し、巨人種ティタンよりは小さい。虎人種マガン・ガドゥンガンのような鋭い爪があり、顔立ちはエルフのように丹精で、なにより―――


「おっぱいがおっぱいでおっぱい」

「おい、語彙力が性欲に支配されてっぞ」


 魔族の女戦士はバインバインのボインをブルンブルン揺らしてみせた。ブラジャーは着けない主義らしい。


「なぁ受付の姉ちゃん。冒険者を探索する依頼を受けちゃあ、居場所を言うしかないよなぁ?」

「それはそうですが、他の冒険者を探索する正当な理由があるのかどうか、審査は必要です」

「あんまし時間はねぇから、一番早い方法で頼むわ」


 ガラバはそう言うと「この赤ん坊をルイードって冒険者に届ける依頼をたんでな」と言った。彼の雷名を使えば押し切れると思ったのだ。


「なんだあいつ」

「ホラ吹きかよ」

「いや表の馬車見てみろよ。小さくヤチグサ公爵家の家紋が入ってるぜ」

「げっ、本当だ」


 他の冒険者達がざわめき始めたおかげで、ヤチグサ公爵の依頼であることに真実味が増した。


『ありがとうオーディエンス』


 ガラバは内心ペコペコ頭を下げたが、表向きは毅然とした態度を崩さない。ナメられたらケツの毛まで毟り取られてしまうのが冒険者というゴロツキの世界なのだ。


「いいでしょう。依頼人のお名前は?」

「ガラバ。三等級だ」


 自分の認識票を差し出すと、受付嬢は手元の魔道具でそれを照合する。なにを調べているのかはわからない。


「ありがとうございます。では、捜索依頼を受理いたします。捜索対象は冒険者のルイード、ですね?」

「そうだ」

「……え」


 魔道具のキーをパチパチ叩いた受付嬢は顔色を変えて固まった。


「も、申し訳ございません。少々席を外させていただきます」

「うん?」


 慌てて離席する受付嬢の尻の膨らみを眺めていると、巨女がガラバに寄ってきた。


「その依頼、あたいが受けてやんよ」

「バカ言うな。俺が行かないと意味がねぇんだよ」

「ははは。依頼人が自分の出した依頼を受理するこたぁできない。あたいが受理して相手の場所を聞いてやるって話さ。そうすりゃ他の冒険者に依頼を盗られる心配もねぇ。あたいを指名依頼しな」

「ああ、なるほど。いくら欲しいんだ」


 ガラバはこの巨女が小遣い稼ぎするために寄ってきたのだと理解した。


「随分手が早いじゃねぇかジーナ」

「おいジーナ。テメェ、卑怯だぞ」

「依頼を出す前から唾つけるったぁ、ちょっと穏やかじゃないな」


 他の冒険者達がじわじわ詰め寄ってきた。


「至極正当なウザ絡みだな」


 ガラバはうんうんと頷く。


 依頼人が依頼を出す前にお近づきになって指名依頼させるのは冒険者ギルドは関知しないことではあっても、冒険者の中ではタブーとされているマナー違反なのだ。


「ふふふ」


 ジーナと呼ばれた巨女は、端正な顔に似合わない戦闘狂の笑みを浮かべて自分を取り囲む冒険者達に言った。


「このジーナ様と戦るつもりかい?」


 そして大乱闘が始まったのだが、赤子を抱いたまま端に避けたガラバは思った。


「人も魔族も冒険者ってやつは変わりゃしねぇな」


 それが少し微笑ましくもあった。













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 作者:注


 ベルセルクが未完のままになってしまったのは作者の三浦建太郎先生も無念だったでしょうし、読者である私も言葉に詰まる思いです。


 本作中で未完の漫画としていじったりしましたが、何百回と読み返しながら新刊を待ちわびていた愛書であり、私はこれから一生ベルセルクの物語が如何様に終わっていくのか心の中で想像し続けていくことでしょう。


 謹んでお悔やみ申し上げます。

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