第224話 ガラバとシーマとルイードがそれぞれウザ活を始める

「ったく、子連れ冒険者だか子連れ用務員だか知らねぇが、俺がこんな情けない感じになろうとは」


 憮然とするガラバの背中には背負子が載せられ、そこに籠が取り付けられて赤子が収納された。


「なかなか似合っておる」


 ヤチグサ公爵は小馬鹿にした風ではなく、どこか感心したように言ったが、ガラバからすると「これが似合うってどんなだよ……」と天井を仰ぎ見たい気分だった。


 今のガラバはヤチグサ侯爵から貸与されたオリハルコンの大剣(ツーハンドソード)、オリハルコンの軽鎧(ブレストプレート)、オリハルコンの篭手(ガントレット)、オリハルコンの具足(グリーヴ)と、全身が眩ゆい輝きを放つ超絶豪華な装備品に包まれているので背負子が絶望的に合っていないのだ。


 これらの装備品は赤子をルイードに届けたら報酬として頂戴できる。だからと言って、この赤子を適当な孤児院に預けてトンズラする……という考えはガラバにはなかった。


 彼をルイードの元に届けないと世界が破滅するとヤチグサ公爵から滾々と説得されたこともあるが、ルイードが絡んでいるからだ。


 普段はタダのウザ絡みチンピラ冒険者を装いながら、実は超絶理不尽ウザパワーで救国の勇者たちを鍛え上げ、数々の稀人達を導いてきた男「ルイード」に届けるということは、決して裏切ったらいけない相手がこの依頼に絡んでいるということに他ならない。


 もしルイードに届けられなかったりしたら……どんな目に合わされるか想像もできないが、全身が塩の柱になるくらいの苦痛と絶望を味合わされるのは間違いないだろう。


「ガラバさん、赤ちゃんをよろしくお願いしますね」

「もちろん」


 アンハサ夫人に言われるまでもない。この赤子をよろしくしないとルイードに殺される。しかも即死なんて甘っちょろい殺され方ではない永劫の地獄を味合わされるだろう。


「だけどなぁ。ルイード親分の所に届けたところで、赤子相手にどんな修練を積ませることもできないだろ? この赤ん坊が大きくなるまで……つまり十年以上は悪魔の蹂躙を受け入れるしかないってこったな」

「そこは我が師ルイード殿であればどうにかするであろう」

「公爵、あなたうちの親分に過度の期待を持ちすぎじゃないですかね? いくらあの理不尽お化けでも赤子相手に修練はできゃしませんよ」

「さてそれはどうだろうか。だが、なんにせよ、悪魔たちと戦うにはそうするしかないのだ。世界中で一番安全なのはルイード殿の近くであろうからな」

「確かに……」


 そもそもガラバは「悪魔」というものがいまいちピンときていない。


 天使の対極にある存在。天使が神の尖兵であるように悪魔は魔神の尖兵で、人間からすると天変地異レベルの相手なので倒す倒さない以前の問題で「相手にもならない」とか。


 そんなのが副学院長や様々な人間に憑依して、虎視眈々と世界の破滅を狙っていると聞かされたら薄気味悪いとは思う。が、あまりにも話のスケールが大きすぎて想像が及ばないのだ。


「まぁ、とりあえず受けた依頼は完遂するのが俺のモットーですし。アルダムには会えなかったがよろしく言っといてくれませんかね」

「承った」

「それと、俺の恋人のダークエルフ……シーマって娘がもし来たら伝えてほしいことが」

「シーマ嬢なら最近までここに食客として招いていたが」

「おお、なら話は早い。伝えてください。俺は浮気していないって」

「浮気?」

「公爵、ガチでマジで頼みますよ。俺は浮気なんかしていないって伝えてくださいよ!」

「う、うむ」


 この世に魔族として転生してきて以来クールに決めてきたヤチグサが、生まれて初めてドン引きするほどガラバは真剣だった。




 □□□□□




「おや、おかえりシーマ嬢」


 ガラバが出立して半日後、虎柄のビキニ姿になったシーマが現れた。


 アンハサは「下着!? シーマさん、浮いてる!?」と動揺していたが、地球の日本で生まれ育っていたヤチグサにはそれが水着でアレのコスプレだから浮いていても当然だっちゃというのも分かったので、別に驚くこともなかった。


「ガラバ、どこ」


 目に一切の感情を含んでいないシーマは片言で訊ねた。相変わらずガラバの捜索のために脳機能の殆どを割いているようで、不必要な身体機能はすべて機能低下させているらしい。


「彼なら赤ちゃんを連れて旅に出ましたわ。なーんて。実は……」


 アンハサが微笑ましそうに話を続けようとしたが、シーマは聞いていなかった。


「赤……もう……浮気相手と……赤ちゃんを作っていた!? 私と付き合っている間から他所の女とせっせと子作りしていたということか!!」

「あ、違うのよ。それは―――」


 アンハサは面白おかしく話すために、わざとぼかして言ったことを後悔した。が、もう遅かった。


「オノレ……オノレ……」


 シーマの頭頂部から角が生えてくる。それは魔素の中で生きる魔族ですら耐え難いと感じるほど強く濃い魔素を含んでおり、ヤチグサは思わずアンハサを引き寄せた。


 ―――いいよいいよー、シーマちゃん、いいよー。もっと恨んで怒って悔しがって! そうすると僕と一体化が進んでいくよ! もっと強くなれるよ! 浮気男をボコボコにしにいこうね!


 シーマの心の中で彼女に憑依することでこの世に顕現した悪魔パズズが煽る。


「オニョレエエエエエエエエ!! 見つけ出してブッコロ!!」


 シーマは全身に雷槌を纏いながら、熱風を伴って公爵屋敷から飛び出していった。


 とっさのことだったが防御魔法で身を守ったヤチグサは、傷一つないアンハサを一瞥して「余計なことを言ってしまったようだ」と苦笑した。その余計なことのせいで館の一部は梁まで焦げ付く大損害を被ってしまった。




 □□□□□




 その頃。


 天照大神の手紙によって「ウリエルが悪魔に憑依されている」と知ったルイード、アラハ・ウィ、王妃(ミカエル)は、うな丼を平らげて一息ついていた。


 どこからか急須と湯呑茶碗を取り出して食後の一服を満喫している人外三人相手に、胸元鉄板ニワトリ娘はジタバタと手を振りながら怒鳴りつけていた。


「お主ら、どうしてそんなに落ち着いておるんじゃ!? わしの主であられる天照大神様より言付かった通り、貴様らの仲間が悪魔に取り憑かれているのじゃぞ!」

「そう言われてもなぁ」


 ルイードは正しくおっさんらしい「爪楊枝をシーハーする」というのをやりながら、白けたように応じた。


「熾天使ウリエルっつーても、転生して人間として生まれ直しているわけだし? 転生した理由も俺たち堕天使の監視業務のためだし? 悪魔に取り憑かれて別人になってくれたほうが監視されている俺としてはありがたいって言うか」

「そうですとも、えぇ。退治しやすくなったと思えば別になんということはありませんとも、えぇ」


 飄々としているルイードとアラハ・ウィを見て、王妃は憮然としている。


「妾にとっては兄弟のような存在であるが、熾天使たるものが悪魔の憑依を許すとは情けない。これが天使のままであったら智天使ケルブに降格は免れまい。いや、貴様たち同様、ダドエルの穴に落とされても仕方ない失態だ」

「オメェは多少の失敗くらいには寛容になれよ。完璧なものなんてねぇんだから」

「天使が完璧ではないだと!」

「完璧だったら堕天使なんか生まれないでしょうとも、えぇ」


 仮面の魔法使いは自分とルイードを交互に指差しながら唇の端を吊り上げるようにして笑った。


「神サマだって完璧じゃねぇんだよ」

「き、きさまルイード! 言うに事欠いて神を侮辱するとは!」

「アラハ・ウィも言ってるが、完璧だったら魔神とか悪魔なんてものが存在しているわけ無いだろ」

「なっ……」


 王妃は言い返そうとしたが、ルイードが言うことにも一理あると思ってしまったので口を閉ざしてしまった。


「相手に完璧を求めるな。完璧なんてものは存在しないんだ。わかったか、上司と監修元と取引先とお客様!」

「誰に向かって言っておるんじゃ……」


 ニワトリ少女は呆れ顔で深い溜め息をついた。


「で、どーすんじゃ、お主ら」

「どーもしねぇよ」


 ルイードは木と木の間に張ったハンモックに大きな体を横たえると、葉巻をくわえながら大空を眺め始めた。


 アラハ・ウィも大きなティビーテントの前にある焚き火場を風から守るために、木を削って風防を作成し始めた。


 王妃はどこから取り出したのか豪奢なコテージのウッドデッキのリクライニングチェアに腰掛けて食後のお茶の続きを楽しみ始めた。


「ああああ、あんたら、ここでなにをしてるんじゃ! 光の稀人を探していたんじゃないんかえ!?」

「「「待ってれば来る」」」


 三人が声を揃えたのをニワトリ少女は「はぁ!?」と聞き返したが、神の使徒である彼女にも、この三人が千里眼を用いてガラバが旅する光景を掴んだのだとはわからなかった。

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