第223話 ウザ子連れガラバ

 とある場所で神の手紙を読んだ三人が驚愕している頃、公爵悪魔ヤチグサからの指名依頼で魔界都市カグラザカにやってきたガラバも、ヤチグサから驚愕の話を聞かされていた。


「副学院長が悪魔に取り憑かれている!?」

「うむ。だから学院内で話ができなくてここにご足労願ったわけだ」


 ヤチグサ公爵は真剣な眼差しをしているが、魔族の赤黒い瞳で真顔になられると怖みも増す。だがガラバも数々の修羅場をくぐった男なのでそれくらいでは動じなかった。


「……で? シャクティーさんが悪魔に取り憑かれていたとして、俺に何をさせようって依頼です? 悪魔祓いならサマトリア教会の司祭にでも……」

「そうではない。貴殿に頼みたいのは……お見せしよう」


 ヤチグサ公爵が視線を向けると、新妻になったアンハサが頷いて部屋から出ていき、すぐさま布を大事そうに抱きかかえて戻ってきた。どうみても乳飲み子をくるんだ布だ。


「なんです?」

「赤ん坊だ」

「おめでとうございます?」

「私達の子ではないよ。この子は捨てられていたのを魔族が保護したヒュム種、しかも【稀人】だ」

「はあ。なんで稀人だってわかるんです?」

「私の語彙に反応するのだよ。私達のいた世界の言葉に。例えば……ベルセルク」


 布がビクッと動いた。


 それはガラバも知っている単語で「狂戦士」と言われている戦闘民族みたいな戦士系のクラスのことだが、なにか違うようだ。


「ハ◯ター×ハ◯ター」


 また布がビクッと動いた。


「ファイブ◯ター物語」


 布の中で赤子がジタバタして虚空に向かって手を伸ばしている。


「バスタ◯ド」


 赤子は力なく手を落とした。なにかを諦めたような感じだ。


「えーと、なんすか、いまの単語は」

「私達の世界で未完のまま続いている読み物の名前だ」


 ヤチグサ公爵は他にもガラバの知らない単語を並べてみせると、それに対して赤子は的確に反応していた。


「で……この稀人の赤ん坊をどうしろと?」

「我が師ルイード殿に届けてほしい」

「はい?」

「この子は悪魔を退治できるほど強い光の力を持った稀人だ。ルイード殿に預けて修行をつければ、きっと最強の対悪魔要員になるだろう」

「公爵、ちょっとまってください。コレをアレに預けて修行させるって、本気で言ってます? まだ赤ん坊ですぜ!?」


 興奮して思わずアレと言ってしまったが、非常識の塊であるルイードに赤子を預けたらどうなるか……。次元断層に落として自力で這い上がってこいとか言いかねない男がルイードなのだ。


「確かにまだ赤子だが、今見たようにこの子の意識はしっかりしているから意思疎通は出来る」

「公爵が連れていけばいいのでは? 親分の弟子なら空間とか突き破ってどこにでも行けるんでしょ!?」

「そうしたいのは山々だが、私は魔界都市を離れならぬのだ。魔族に憑依する悪魔どもを防がねばならないので、都市全体に私を中心とした結界を張っているのでね」

「結界? そんなものがあるならシャクティーさんに取り憑いたやつも結界の力でポポポポーンと吹っ飛ばしたりできないんですか?」

「一度憑依されてしまうとそんなに簡単ではないよ。それに悪魔と因子が似ている魔族の結界なので大した効果は望めない。上級悪魔が現れたら終わりだし、シャクティー殿に取り憑いているのは確実に上級悪魔だろう」


 遠回しに「やりたくないです」と言っても、簡単に打ち返されてしまうのでガラバはうなだれたが、それでもまだ抵抗をやめない。


「公爵なら悪魔でもちょちょいのちょいでやっつけそうですがね?」

「私は確かに稀人だしルイード殿の弟子だが、悪魔を退治できる力はない。もちろん物理的に悪魔が憑依している肉体を破壊することはできるだろうが、取り憑かれた者を殺すことになるし、やつらは憑依先を変えるだけで消えるわけではない。さらに言えば、相手があのシャクティー殿ともなれば私が勝てるかどうかも怪しいところだ」

「えー……」


 えー、とは言ったものの、確かにシャクティーの強さは別格だ。下手をすれば親分たるルイードに匹敵するのではないかと思える理不尽な強さを感じるのだ。


「ガラバ殿。これは世界の明暗を分ける大事な依頼だ。どうか必ずルイード殿の元にこの子を送り届けて欲しい」

「……報酬は?」


 遂に折れたのではない。どんな金額を提示されても『安すぎる!無理!さよなら!』と言って出て行く気満々なのだ。


「それについてだが、ガラバ・ゼットライト王子の技を活かす時がやってきたと思っていただきたい」


 仰々しい言い方をしながらヤチグサ公爵は空間に手を突っ込んで、大きな剣を取り出した。両手で持つことを前提に作られた両刃のそれは、叩きつけられただけでも人を殺すことが出来る金属の塊みたいな武器だ。


「これは魔族イチの鍛冶屋『三つ目のロン』に打ってもらった大剣だ。時価で白金貨四十枚約4000万円掛かった」

「高っ!」

「この刀身には『神の鉱石』と呼ばれる希少なオリハルコンをふんだんに使っている」

「え、くれるんですか!?」

「道中、赤子の安全を確保するためにするとしよう。それとオリハルコンの軽鎧、篭手、具足も。私が思案した各種ギミックを搭載しているので無敵の鎧だぞ」

「いやそれ……総額いくらなんですか。もし追い剥ぎにでもあって盗られたり、壊れたりしたら……」


 それでなくても金属の神々しい輝きが目立つ。これでは金貨を体中に貼り付けて歩いているようなものだ。


「この子をルイード殿に届けるだけでそれらの装備品は貴殿のものとなる。あとは使うなり売るなり好きにすればいい」

「マジで!?」


 ガラバが物欲に引っ張られて身を乗り出すと、それを「了承」と受け取ったのか、アンハサは布に包まれた赤子をそっと渡してきた。


「ばぶー」

「俺、赤ん坊とか触ったことないし、育てたこともないんですけど」

「なんとかなりますわ。私でもなんとかなりましたもの」


 アンハサは大きな垂れ気味の目でにっこり微笑む。


「うーん。この子の名前は?」

「拾われた子なので名前はない。まだ会話はできないし、筆談する握力もないので元の名前もわからない」

「なるほどねぇ……」


 ガラバは不慣れな手付きで赤ん坊を膝に下ろした。


「で、このちびっ子をわざわざ俺に託した理由はなんですか」

「この子に選んでもらった」


 公爵は客間の空中にガラバ、ビラン、アルダムの姿を投影させた。


 すると赤子は手を伸ばしてガラバを指差す。


「そんな理由で!?」

「半分は本気だ。もちろんアルダム殿には魔族内部の人間との和平に反対している勢力の鎮圧に動いてもらっているし、ビラン殿は婚約したばかりなのにこの依頼は重荷だろうと思ってな」

「俺もめっちゃ重荷なんですけどね!」


 ガラバは膝に抱えた赤子が笑うのを見てゲンナリした。

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