第221話 ウザい二人は昼間から焚き火を楽しんでいる

「いませんねぇ、悪魔に強いタイプの稀人」


 アラハ・ウィが面倒くさそうに、いや、どこか批難めいた口ぶりで言う。


「テメェがカミサマにブー垂れたせいで出会いにくくなったんじゃねぇかよ」


 ルイードは焚き火に薪を焚べながら言い返す。


 二人は草原の真ん中でイッカクリクウナギを焼きながら酒を飲んでいた。


 草と土の匂いと風の薫が薪を燃やす匂いと合わさって、なんとも落ち着く空気を作り出しているせいか、二人に緊張感はまるでない。


 草のしとねに横たわって、ウナギが遠火で焼き上がるのを待ちながら雲を眺める。一見すると平和な光景だが、世界は破滅に向かって進んでいる真っ最中だ。


「私がブー垂れた程度のことで運命線や因果律を変えるなんて、あなたの言うカミサマは随分と器の小さいようですねぇ。神の愛は無限なのでは?」

「うっせ。ほれ、そろそろ稀人が出現するぞ」


 ルイードは寝転がったまま空を指差した。


 白い雲が渦を巻き始め、そこに陽光が溜まっていくかのように光が集まっている。


「前から思ってたんですが、あなた、どうして稀人が転生転移してくるのがわかるのですか?」

「異世界転生してくるやつはわかんねぇよ。だが、異世界転移してくるやつはわかる。あんなド派手な光の柱が出来るんだからな」


 言うや否や、渦巻いた雲の真ん中から光の柱が地上に向けて下りてきた。


「だからあの光の柱が生まれるのを、どうやって事前に察知しているのかと聞いているのですよ!」

「だんだんお前の口調がフリ◯ザ様に思えてきたぜ」


 ルイードは空を指差した。


「四方八方から一箇所に雲が集まってるだろ。風で動く雲があんなことにはまずならない。それと光が雲の中を走って集まっていくなんて怪奇現象も自然の摂理では考えられない。あれが前兆だ」

「やれやれ、稀人降臨の演出ですか。それにしたって周囲数キロしか見渡せないでしょうに」

「だから俺が分かるのは王国王都に近い所に顕現した連中だけだ。あとは勝手に冒険者になって王都にやってくるからな」

「ふむ。お? 現れましたね、稀人。おやおや良い感じにキョドってますねぇ。服装からして異世界のさらりいまんという職の者でしょうか? 何一つ説明もなくこちらの世界に来るのですから大変ですねぇ。で、どうですアレは。使えそうな稀人ですか?」

「うーん。あいつも違うな。ありゃあパーティメンバーのステータスを増強させるタイプのスキルホルダーだが、育ったパーティメンバーから追放されるけどあいつがいないとパーティは能無しすぎることに気が付かれて戻ってこいと言われるけどザマァする稀人だな」

「具体的ご説明をどうも。で、どうするのです。あれ」

「このあたりは治安もいいし、周辺に野盗も魔物も危険な大型動物もいない。あとちょっとすりゃあ都合よく王都に向かう商隊が通りかかったりするのがセオリーだから大丈夫だろ」

「セオリー、ですか」

「商人ギルドにも稀人を見つけたら保護するようにってお触れを出してもらってるし、王都に着けばあとは俺の弟子共がどうにかするだろうし、ほっといて大丈夫だ」

「なるほど。それにしても困りましたね。いつになったら悪魔に対抗できる稀人を見つけられるのやら。いっそ相殺覚悟で私達が悪魔と戦うと言う手もありますが?」


 堕天使は天使よりも悪魔との相克が薄いので、悪魔を倒しても致命的な反動を受けることはない―――とは言えど元々は天使であり光側の生命体なので、相克から逃れられない。


「光の力を持ちながらこの世界の相克という理に左右されない異世界の戦士……そういう稀人を見つけ出さない限り、勝ち目はないのですからねぇ」

「だが、負けもない。悪魔たちだって相克の関係がある以上、俺たちや天使どもには手を出せないからな」

「それはそうですが人間たちには手を出すでしょう? 神の作り給うたご自身の写し身である人間たちは、魔神率いる悪魔たちに蹂躙され、その命と魂を奪い取られていくのですとも、えぇ」

「……やめろ」

「くっくっくっ、幼い子どもたちは親の前でじわじわいたぶられ、泣き叫んでいる我が子を救えない親たちもまた自分の命か子供の命かの選択を迫られて心を折られ、愛し合う者たちはどんどん引き裂かれて魂が砕け散っていくのです、えぇ」

「……もういい、言うな」

「あなたは人間が好きですからね。そんなことになるのは耐えられないでしょうとも、えぇ」

「うっせぇ。わかってんだよ、そんなことは! 見つからないなら俺が玉砕覚悟で悪魔どもの神……魔神を叩き潰してやる」

「おやおやルイード、私は悪魔と戦うと言ったのです。悪魔たちの神―――魔神と戦うなんて無理事ですよ? 忘れているのかも知れませんが、相手は神です。事象と因果と運命を捻じ曲げる力を持った神相手に、私達堕天使風情が勝てるはずがありません、えぇ」

「こっちのカミサマが助力してくれるだろ」


 ルイードはウナギをひっくり返して秘伝のタレを重ね塗りした。それだけで辺りに香ばしく芳しい、空腹を助長する匂いが立ち込める。


「そんな神頼みが効くと思ってるのですか? 我々の神が一度でもそんな助力をしましたか? 基本的に我々のことも世界エデンのことも、どうでもいいのですよ」

「だったら稀人を連れてきたりしないだろ。神は神なりになにか考えがあるんだよ」

「やれやれ。そのあたりが私と貴方の決定的な違いですね。貴方はまだ神を信じている。私は私を堕天させてダドエルの穴に落とそうとした神を信じないし許さない。ですが、そんな忌々しい神でも、悪魔どもよりはマシなのですとも、えぇ」

「……とにかく、悪魔の総大将を叩き潰せる稀人がいれば話は簡単だ。意地でも見っけるぞ」

「当てずっぽうで見つけるには限界がありますよ」


 二人があーだこーだと言い合っていると、空間が裂けて王妃―――ミカエルが現れた。


「貴様ら美味そうな匂いをさせながら何をしている! 悪魔どもが人間に憑依を始めているのだぞ!」

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