第220話 ウザ悪魔が顕現したのはあの人のところ

 魔界都市カグラザカ。


 そこは魔族たちの暮らす街でありヤチグサ公爵の領地である。


 魔族にこの街の名物を訊ねたら、確実にメインストリートの「カグラザカ通り」だと言うだろう。


 坂道に所狭しと立ち並ぶ店の数々は、飲食店から服飾店、武器防具の店や道具屋などなど、節操なく多種多様だ。


 もちろんカグラザカ通りだけでも十分楽しめるが、この都市の真骨頂はそこでは体験できない。それはカグラザカ通りの裏道にあるのだ。


 例えば、一人通るだけで精一杯の小道と石畳の中を進んで行く「ヒョーゴ横丁」………ここには古民家が立ち並んでいるが、一際目立っている黒い建物が「ブラックワカナ」という旅籠屋だ。


 この旅籠屋は強い魔素の影響で珍しい例で、ここに寝泊まりすると、確実に「この世のものとは思えない甘美な夢」を見ることができる。


 だが、あまりにも素晴らしい夢故に目覚めるのを拒否し、建物と同化するように捕食されていく者が続出したため、ヤチグサ公爵から閉鎖させられた。それでも数多くの芸術肌の魔族や、アイデアが枯渇した小説家などが「夢を見たい」と訪れているらしいから、欲というものは人間も魔族も変わらないのだろう。


 次の「花街小道」は芸者が宴を提供してくれる色街だ。


 ここには魔界各地から美女と美酒を求めて様々な男たちがやって来る。その中には魔族の要人がお忍びで紛れていることも少なくない。


 時折そういう要人を尾行する不逞の輩もいるが、この花街小道は別名「かくれんぼ横丁」とも呼ばれ、付け回すだけ無駄である。なんせここは横丁の加護を得た芸者でなければ通り抜けられない。この色街の客として芸者が連れ添って案内しない限り、迷うどころか抜け出すことも出来ないのだ。


 路地の形は刻々と変わり、塀を越えることも下水に逃れることも出来ないし、空を飛べる魔族が飛んでも気が付いたら地面に叩きつけられるほど。ここには立ち入った者を外に出すまいと言う強い意志があるのだ。


 他にも様々な魔界にふさわしい名所がある魔界都市カグラザカに到着したガラバは「まさか人探しもするとか死者でも蘇らせる魔界とかいないだろうな」と愚痴りながらもヤチグサ公爵の待つ館に通された。


 男の姿に化けたままの執事長に案内されて来客用の部屋に入ると、そこにヤチグサ公爵と新妻のアンハサが待ち構えていた。


「ガラバ殿、遠路遥々ようこそおいでくださった」


 皮膜の翼を軽く広げて歓迎の意を示すヤチグサ公爵の姿にガラバは引き攣る。その体から満ち溢れる膨大な魔力や覇気に圧倒されたのだ。


 ヤチグサ公爵は人間とは比較にならない圧倒的な身体能力と魔力を持つ「魔族」であり、さらに異世界からやってきた「稀人」であるが、そんなことはガラバにとってだ。


 なによりガラバが恐れていること……。それは、この公爵魔族が「ルイードの弟子」ということだ。


 ルイードの弟子たちは誰も彼もが平気で天変地異を引き起こす化け物揃いだが、特に弟子の筆頭である「救国の勇者たち」は別格級にヤバイ。そんな彼らですらヤチグサ公爵には太刀打ちできないと言っていたということは、この世界で彼より強い人間はいないということだろう。


『俺、この魔族に鼻くそ飛ばされただけで死ねるんだろうなぁ』


 人間とは不思議なもので、極度に死に近い状況にあると逆に冷静になるらしい。


「くつろいでくれたまえ。愛妻が手ずから軽食を用意してくれたのだよ」

「簡単なものでゴメンなさいね~」


 アルダムが横恋慕しようとしていた生徒会会計のアンハサは、すっかり公爵夫人姿が板についたようで、雰囲気は貴婦人のそれになっていた。


 そんなアンハサが軽く手を二回叩くと、客間に次々とメイドがやってきてサンドウィッチやティーセットをテーブルに並べていく。


 席についたヤチグサ公爵とアンハサは、後ろに控えていたメイドたちにナプキンまで首元にかけてもらい、何一つ手を動かさない。一般人が見れば「それくらい自分でやれよ」と思うだろうが、上位貴族や王族の暮らしとはこういうものだ。


 王国貴族は下々の者に雑事を任せる代わりに給金を払うことを「社会奉仕」と考えているので、雇えるだけ使用人を雇う。


 そうすると使用人一人あたりの仕事は減り、専門職以外は仕事がなくなってしまうこともある。


 さすがの貴族も仕事もしない使用人を雇うことはないので、使用人たちは必死に仕事を探す。その結果、仕事が細分化されていき「ナプキン用意係」やら「椅子を引く係」「トイレのドアを開く係」などもいるのだ。


「そんなことより、依頼内容を聞かせちゃくれませんかね」


 ガラバは促されても席に座らず、不躾にも腕組みしたまま公爵と夫人を交互に見た。


「実はここに呼び立ててまで依頼する必要があったわけだが、それは……」


 ヤチグサ公爵の話を聞いたガラバは百面相のように表情をコロコロ変え、最後は血の気が引いた顔をこわばらせて絞り出すような一言を漏らした。


「―――そんな馬鹿な」




 □□□□□




 星の降る夜空を音速で駆けるシーマ。


 どこかのコスプレ好きの稀人が作った「空も飛べる魔道具の虎柄水着だっちゃ」を着用し、ダークエルフの有り余る魔力を駆使して空気抵抗と衝撃波による干渉を消滅させ、本来出るはずのないスピードを出して昼夜問わず飛び続けている。この速さならあと半日もあれば魔界都市カグラザカに到着するだろう。


 今のシーマは入れ違いになったガラバを捕まえ、浮気の制裁を与えるという目的以外の感情を自己抑制している。これは間者スパイの技術の一つで、任務遂行するために必要な能力以外の感情を捨てることにより、必要な能力を増加させるものだ。


 目指すはガラバ。


 悪・即・斬・惨・殘……その想いは、シーマの内側に何者かを呼び寄せた。


 ―――愛しい男に裏切られたその怒り

 ―――わかる、わかるよ

 ―――君が怒りと悲しみに打ち震えている時に

 ―――男はきっと浮気相手といんぐりもんぐり

 ―――その怨み、晴らしたいよねぇ?

 ―――復讐するなら手伝うからさ


 飛行を止めたシーマは、ココロの中に語りかけてくる何者かを探した。


 ―――こっちこっち


 星空の眩い光の中にこつ然と現れたのは、何者かの「気配」だった。そこに実体があるわけではない。だが、空間すら歪むおぞましい魔素と邪気が満ちている。


 ―――実はさぁ、僕たちはに存在するには何かに憑依してないといけないんだよねぇ

 ―――だけどなかなかいい憑依先がなくてさ

 ―――『神』の創造物には長い間化けられないし、困ってたんだけど、君を見つけちゃったんだ

 ―――だから

 ―――僕と契約して悪魔少女になってよ


「何者だ」


 シーマは感情のない声で問うた。


 ―――僕の名前はパズズ。風と熱風の悪魔さ!

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