第219話 ガラバを追うウザ獣
「ハイエルフの秘術で俺を別の世界に逃がしてくれないか」
「そんな秘術はない」
カミラは「ちゃんとシーマ嬢に説明するから安心しろ」と続けたが、ガラバは首を横に振った。
「あいつは『浮気された』って情報だけで怒りの絶頂に達してるはずだ。そうなるとあいつは情報の上書きを受け付けない。後になって『あれは嘘だ』と言ったところで聞き入れちゃくれないんだ。そういう気質だから俺は確実に殺される。タスケテ」
大人の男が顔面蒼白になって美女の足元に縋り付く姿は滑稽だが、カミラとしても自分の誤射でこうなっているのだから無碍には出来ない。
「おそらくシーマ嬢はすぐさまこちらに戻ってくるだろうから、代わりにそなたが魔界に行けば丁度入れ違いになって出会わないで済むだろう。こちらに来た彼女には私が懇切丁寧に説得する。ほとぼりが冷めたら戻ってくるといい」
「閉鎖空間になってる吸血鬼の住処で匿ってくれたほうが早そうなんだけど! てかあんたのせいでこうなってるんだから善処してくれ!」
「公爵魔族の執事長に依頼されて魔界へ行くのだろう? どのみち行くのだから、あっちに逃げたほうが一石二鳥ではないか」
「……それもそうか。そうか?」
ガラバはなんとなく納得したが、なんのために魔界に行くのかというそもそもの理由が「シーマに会うため♡」だったのが「シーマから逃げるため」に反転しているこの状況には納得がいってないようだ。
―――翌日、ガラバは男の姿のまま現れた若紳士の執事長と共に魔界都市カグラザカに向かった。
と、カミラが予言したとおり、すれ違いにシーマが舞い戻ってきた。
「シーマ嬢、すまない、矢文の情報は誤りだ。ガラバは無実だから!」
カミラはすぐさまシーマを捕まえて説明を開始したが、目にハイライトが一切入っていないシーマは「ガラバはどこ」と連呼するばかりで、その長い耳には何も聞こえていないようだった。
「ガラバはどこ。隠すのならあなたを殺すわ」
いつものカミラなら「この私を殺せるとでも?」と臨戦態勢になるところだが、シーマの体から発せられる負のオーラに気圧されて反抗するという考えは吹き飛んでいる。いくら齢を重ねた
「ガラバはどこ」
「ガ、ガラバ殿は旅立った」
「誰と」
「え、誰と? それは女―――あ」
「どこに」ではなく初っ端から「誰と」と問われることを想定していなかったカミラは、余計なことを言ってしまったと思ったが、もう後の祭りだった。
「悪・即・斬殺」
シーマは不穏な言葉を残して踵を返すと、吸血鬼よりも上手に闇に紛れて姿を消した。
「うーん。なんと言えば良かったのだろうか。すまんガラバ殿。だが行き先は言わなかったぞ。聞かれもしなかったが」
しかしシーマは
□□□□□
「あんた本当は女なんだろ? どうして男の格好で俺んとこに来たんだ?」
ガラバは若紳士の執事長―――に化けている美女に問いかけた。
「それは、ガラバ様には親しい女性がおられると事前にアルダム様から伺っておりましたので。言葉を選ばずに申し上げますと、その女性はかなり嫉妬深いので女が近寄ったらまずい、と……」
「うん。アルダムのせいか。よくわかったあんにゃろう、ぶっ飛ばしてやる」
「今のアルダム様は女性ですので、どうかお手柔らかに」
魔族の馬車はまるで空を飛ぶように駆けていく。
幌を引いているのはただの馬ではなく魔族の馬娘たちで、彼女たちの馬力はそのあたりの馬の数倍はある。
「なんか女の子を馬車馬扱いしている気がして、居心地が悪いんだが……」
「彼女たちはこの仕事でヤチグサ公爵から給金を得ておりますので、お気になさらないでください」
「それにしても、なんでミニスカートなんだ?」
「ヤチグサ公爵の趣味でございます」
「……貴族の趣味ってだけでもよくわかんねぇところに、魔族でさらに稀人の趣味だからなぁ。俺には理解できねぇわ」
「魔族は肌を見せることが誉れでして。戦いに明け暮れているはずなのにキレイな肌をしているというのが粋なのです」
「ふーん? そういえばあんたも映像では露出の激しい服着てたな」
「ご覧になりますか? 幻術で作った男装を解きますが」
「いや、やめてくれ。馬娘が牽いてる馬車に乗ってるだけでもシーマから殺される確率が跳ね上がってるんだ。これ以上はやばい」
□□□□□
殺す確率爆上げ中のシーマは、ガラバの部屋を捜索して旅支度した形跡を発見し、次に彼が長居している宿直室を訪れた。
「……」
ダークエルフの超視力で足元に落ちている髪の毛を拾い上げ、それを一本ずつ机の上に並べていく。
「これはガラバ。これは他の宿直担当、おそらくジョスター先生。こっちは二年三組の男子生徒。こっちは知らない髪質」
短い髪の毛をつまみ上げてクンクンと匂いを嗅ぐ。
「幻視の効果を確認。
一瞬で短い髪は長く細い女の髪の毛に変わった。
「……魔族。ハリ・ツヤから淫魔系の女魔族と推測。香を炊いているので身分は高い。この匂いはヤチグサ公爵の屋敷でも嗅いだ。つまり公爵家の誰か―――」
「あれ、シーマ戻ってきてたの?」
宿直室にシルビスが現れた。
『淑女のように振る舞い娼婦のように腰を振る』をモットーに、対ルイード用の淑女経験を積むために生徒会役員の令嬢達と遊んでいたシルビスは、宿直室にどっさりと紙袋を持ってきた。
「見てこれー! 街にある稀人の店で買ってきたの!」
シルビスは紙袋から様々な服を取り出した。誰がどう見ても淑女が着ることはない露出過多のボンテージファッションや、なにかのコスプレ衣装ばかりだ。
「バーゲン品だったから適当にかき集めて買ったんだけど、サイズがあわない服もあるのよね。ははは。あ、シーマ着る?」
シルビスは虎柄のビキニとパンツとロングブーツを渡した。
「私の胸、入りきらなくて(ドヤァ)」
シルビスがドヤ顔しても、シーマは死んだ魚の眼をしたままだ。
「下着じゃないからね? 水着よ、水着。しかも魔道具だから!」
この世界に水着が浸透してきたのは最近のことだ。
女性は水場でも肌を見せない服装をしているのが常識だったが、稀人が広めたおかげで近年は女性用水着が流行するようになった。だから虎柄のこのビキニも別に変わったものではない
「ほらほら、固まってないで着てみてよ! 稀人のデザイナーが作ってる服だからちゃんとしてるから。大事なところは隠せてるし、絶対ズレないし落ちないような加護が掛けてあるってさ! シーマはスタイルいいからバッチリ似合う! あ、それとこの水着さぁ、魔道具だから魔力を込めたら少しの間飛べるらしいよ!」
大雑把に説明を終えたシルビスは、満足げに宿直室を物色し始めた。ここに隠してあるガラバ秘蔵のお菓子を見つけようとしているのだ。
「シルビス。私、ガラバ、追う」
言語能力までガラバ捜索に回しているシーマが片言で言うと、シルビスは「ん? お出かけ? いってらー」と適当に手を振った。
少し後になって、連合国首都にいる稀人たちの間で「空を飛ぶ虎柄ビキニの褐色美女を見たっちゃ!」という噂が広まるのだが、その後目撃されることは二度となかった。
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