第215話 その後の話をしよう(シーマのウザ備忘録①)わ

 私の名はシーマ。


 誇りあるダークエルフ種スヴァルトアールヴだ。


 ……本名はミラなんだが、恋人のガラバですら私の本名は忘れている気がするので、もうシーマでいいかなと思っている。種族に拘りはあるが名前に拘りはないからな。


 それにしても「シーマといえばこれだろ」と、ガラバがプレゼントしてくれた扇子はなんなんだろうか。謎だ。


 さて。私は帝国の間者として育ってきたせいか、情報を収集するのが生き甲斐になっている。だから女体化したまま魔界を訪れたアルダム(♀)があれからどうなったのかを確認せずにいられなかった。


 だから私は単身で魔界都市カグラザカを訪れた。最近は魔界への観光ツアーもあって便利になったものだが、数ヶ月前までは「封印されし呪われた地」と呼ばれていたのだから驚きだ。


 私はまずここの領主であるヤチグサ公爵の事を調べた。アルダム彼女ナイダム?)がどういう魔族と共にいるのか知っておかねば。敵を知るにはまず馬から……そんなことわざが王朝のほうにあると聞いたが、違ったっけ。


 さて。


 この魔界都市の領主であり、本来なら次期魔王と呼ばれているヤチグサ公爵は、魔族社会における実質的「頂点」だ。


 異世界では平凡な男だったと語るヤチグサは、こちらの世界に【稀人】としてやってきた当初、自分が魔族だと知って絶望しかけたそうだ。どうやらあちらの世界では「魔族=魔物」のようなイメージがあったらしい。


 彼らは基本的に人間と変わらない。見た目は肌の色や骨格が若干違う程度なので、市民権を得てよく見かけるようになった吸血鬼ハイエルフと変わらない程度の違和感しかない。


 それに魔王が現れる前は人類と共存共栄していたという記録もあるし、考え方がちょっと極端なことを除けば「人間の一種族」と言われてもおかしくない。なんせ人間と分類されている多種族と交わって子を成すことだってできるのだから。


 だが、彼らが人間として認められず『魔族』として区別されているのには明確な理由がある。それは彼らが「悪魔と人が交わって生まれた種族」であり、人間のどの種族をも凌駕する身体能力と魔力保有量を誇る一騎当千の化け物だからだ。


 彼らと共に生活するということは、その猛威を相手しなければならないのだが、普通の人間は束になっても到底太刀打ちできない。だから生活圏を分けて区別しているのだ。


 私も魔界に入国する際は「魔族と過度の接触をしないように」と念を押されている。彼らが挨拶程度の感覚で肩を叩いてきたら、私の上半身は失われている可能性だってある―――それ程、力に明確な差があるのだ。


 ヤチグサもそういったこの世界の常識を徐々に身につけていったらしいが、慣れなかったのは魔族特有の「完全実力至上主義」だったそうだ。


 だがヤチグサは幸運だったと言える。彼は転生して魔族の公爵の家に生まれることができたのだから。


 魔族の貴族は「強いから爵位を持っている」と言い切っても過言ではない。公爵家ともなれば最高峰の強さであり、そこの長兄として生まれ変わってきたヤチグサは、生まれながらにして魔族の中でも最高位の身体能力を手に入れていたのだ。


 それに加えて稀人が持つ様々な不思議能力や身体能力のポテンシャルの高さと成長性、さらにルイード親分の修行を加えたことにより、ヤチグサは完全実力至上主義の魔族社会を力で制するに余りある力を持ったのだ。


 その力はルイード親分が鍛えた他の稀人たちと比較しても群を抜いているらしく、以前救国の勇者の一人であり【青の一角獣】血盟の血盟主でもある戦士アヤカにヤチグサ公爵について取材したところ「え、ヤチグサ!? 無理無理! あんなのと一対一で闘って勝てるわけない!」と言われたことがある。


「救国の勇者が四人掛かりでやれば、なんとか勝てるかも知れない……けど十中八九負ける」と彼女に言わしめたヤチグサ公爵。その強さはまさに『次期魔王』と言えるだろう。


 だが、ヤチグサ公爵はその力をおいそれと行使しない。


 それどころか地位を築いてからは魔物討伐ですら帰属している自分の騎士団に任せて、極力闘わないようにしている節もある。


 これは私の推測だが、人間との友好的関係に反対する魔族の勢力から「新代の魔王」と祀り上げられることを懸念して、わざと自身の力を見せないようにしているのではないだろうか。


 だとしたらヤチグサ公爵はただの脳筋パワー馬鹿ではなく、したたかな一面もある男である可能性もある。


 そんな狡猾なヤチグサ公爵が、わざわざ人間のアンハサと婚姻を結んだ理由の一つは「次の魔王になって人間社会を滅ぼすことなどない」と、反対勢力に見せつけるためだったのかもしれない。だが、人間と結婚した本当の理由はそれではない。「魔族と人間の恒久平和」のためだ。


 稀人というのは基本的に「平和ボケした理想主義者」ばかりだが、調べた結果ヤチグサ公爵はかなりの現実主義者だと分かった。


 彼は転生してきた早い段階から現実を見据え、このまま土地ごと封印されたままではいずれ魔族は滅びると確信したらしく、公爵家を通して魔族全体に『人間との和平を』と働きかけていたらしい。


 そして成人したヤチグサは公爵位を受け継ぎ、無理難題と思われていた「魔族と人間の恒久平和」を望み、それを実現した。その実現方法が人間の妻―――アンハサを娶ることだったのだ。


 魔族の頂点にいるヤチグサが人間との愛を育み、娶り、さらには長い年月をかけて国内に人間との恒久和平を説き続けたという事実によって、勇者たちは封印した魔界を解き放ち、人間社会との国交を許した。


 長い間封印されていたので、人間社会より格段に文明が劣っていた魔界は、この交流で濁流のように文明を輸入し、急激な発展を遂げている。


 さらに、煮詰まってしまった近親婚が子孫の遺伝子に悪影響を与えるように、いずれは滅びてしまうと思われていた魔族に新たな血が入ることによって、これらは回避されようとしている。もちろん口火を切ったのがヤチグサだから他の魔族も人間たちと恋をし、愛を育み、子を成せるようになったと言える。


 なんという人物だろうか。調べれば調べるほどヤチグサ公爵が傑物であるとわかり、うちのガラバが雑魚に見えて仕方ない。


 そういえばヤチグサ公爵の妻となったアンハサ会計についても調べた。


 彼女は天保山神拳という拳法の使い手ということもあり、魔界各地に道場を作らせて門下生を広げているらしい。経営手腕はサ・ウザー鳳凰拳より遥かに上で、道場経営だけで公爵家の懐をかなり潤しているらしい。


 アモスフィットネスジムと共に大陸全土に支店支部を展開する天保山神拳は、このままいくと魔闘士だけの技ではなく、すべての人々の健康のための技になりそうだな。朝の公園でこの流派に入った老人たちが集まって型の訓練をしているし。


 おっと。忘れるところだった。本題のアルダムについてだが、やつとは会えていない。私が魔界都市カグラザカに来た時、やつは丁度「遠征」に出掛けていたのだ。


 なんの遠征かというと、魔界各地でまだわずかにくすぶっている「人間と仲良くするのハンターイ」という勢力を実力行使で潰していくためのものだとか。この方法を人間社会でやれば禍根しか残らないが、魔族は完全実力至上主義なので負けたら大人しく従うのだ。


 だが、その諍いが終わることはないだろう。なぜなら魔族も人間も変わらず「善人」と「悪人」が存在しているからだ。


 もしすべての人々が善良であれば、人も魔族も共に「天使」と呼ばれていただろうし、すべてが悪辣であれば「悪魔」と呼ばれていただろう。だが、そう呼ばれていないのは人の内には善も悪も在るからだ……。


 これはルイード親分の受け売りの言葉だが、あの唐変木のおっさんはたまに真理のようなことを言うから侮れない。


 おっと。脱線してしまったがアルダムの話だ。


 奴はヤチグサ公爵の食客として魔界に来ていることになっているが、実質右腕として活躍している。きっと狡猾な公爵に言いくるめられてこき使われているのだろうな。


 だがその御蔭で腕も上げたらしい。


 噂によるとアルダムは「どういうことをすると男の視線が吸い寄せられてしまうのか」を極め、わざと胸元を広げたノーブラタンクトップとパンツが見えるか見えないかギリギリのミニスカートを着て戦場を飛び回っているとか―――馬鹿だろ、あいつ。


 あの馬鹿は女になったことを利用しているつもりだろうが、色気で惑わすことだけが女の武器だと思われては女の沽券に関わる。今度会ったら二度とそんな事ができないようにしてやろうと思う。


 アルダム(♀)はヤチグサ公爵の反対勢力をすりつぶした後、二度と逆らえないようにするため、反対勢力者たちを奴隷のようにこき使い、その土地に十字陵のようなランドマークを建てて毎日崇めさせているらしい。とんだ暴君もどきだ。


 しかしそんなアルダムでもまだ処女を守って「男に抱かれるとか冗談じゃねぇ」と言いまわっているらしいから面白い。今なら「男から女に転生してしまった稀人」の王朝皇女レティーナの気持ちもわかるんじゃないだろうか。


 なんにしてもアルダムは一度死なないと男に戻れないだろうし、このまま女として生きるのであれば、いずれは男と―――と思うと笑いがこみ上げてくる。なんならヤチグサ公爵に抱かれて第二夫人にでもなればいいのに。


 ん?


 私に矢文? また古典的な……なに、レッドヘルム学院の吸血鬼ハイエルフたちの当主カミラ様からではないか。


「ガラバ、ガ、ウワキ、シテイル、シキュウ、カエレ」


 ……は?











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 作者:注


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