勇者ガラバは今日も逝く

第216話 ガラバの勝利はウザかった

 ガラバは死屍累々の真っ只中に立っていた。


 血と鉄の匂いが視界に満ち、剣や鎧を抱きしめたまま倒れた者たちの苦悶の表情はガラバを呪うかのようで、思わず顔を背けてしまう。


 さらに残った者たちが血で血を洗うように争い続け、やがて憎しみの声も苦しむ声も聞こえなくなった時、この戦場で一人立ち残っていたガラバの耳朶を打ったのは―――割れんばかりの拍手喝采だった。


「最強用務員決定戦優勝はレッドヘルム学院、ガラバ選手!!」


 しかしガラバはピクリとも笑顔を見せない。


 それは周りに倒れ伏した各学校の用務員達は誰ひとりとして戦闘訓練を受けていない、ただの一般人だったからだ。


 ここに集められた誰もが「最強用務員決定戦は、用務員の技術を競い合うものに違いない」と思っていたし、例年そんな感じで牧歌的に連高リーグの幕を閉めるのがセオリーなので、どの学校も戦闘要員を代役として立てなかった。


 だが、学院地下に幽閉されたディーノ・シルバーファング将軍に代わって新しい大会委員長になったシャクティは「今年の最強用務員決定戦は最後まで立っていられた者を優勝とする」と言い出したのだ。


 最初は戸惑っていた用務員たちも次第にモップやスコップで殴り合うようになり、しまいには大乱闘に発展。用務員たちの技も華麗さもないバトルに会場は「……おじさんたちが可哀想すぎてえぐい」「……見てるのがしんどい」という状況だった。


 数秒前までは用務員達の阿鼻叫喚が響き渡る地獄だったが、それを制したのが唯一戦闘経験のあるガラバだったというだけで、これほど嬉しくない戦いはない。


「素人のおっさんたちを殴り倒して優勝したってなんの自慢にもならねぇ。クソみたいなことさせやがって、何様だあの女!」


 ガラバは本気でシャクティに対して怒っていた。


 どうしてこんなことをさせたのか問い詰める気満々だが、彼女なら「時間がもったいなかったからです」と淡々と言うだろう。


「ルイードの旦那が戻ってくるのを待とうと思ってたが、堪忍袋の緒が切れたぜ。俺は辞めるぞ!」


 ガラバは控室に戻っても切れ上がっていたが、それをなだめるのはビランだけだ。


 恋人のシーマは「趣味だから」と魔族の領地にアルダムの行く末を見に行き、そのアルダムは魔界にいるし、保健のイリノイは今、絶賛用務員たちを介抱中。ということで、ビランだけがガラバの相手しているわけだ。


 これが少し前ならシルビスが「うっせぇガラバ! うじうじしてんじゃないわよ!」と理不尽にツノで突き飛ばして終わっていた話だろうが、その彼女はここにいない。一味が解散したこともあってか、最近は生徒会役員達と令嬢ごっこに花を咲かせているらしい。


 シルビスの企みは「ルイードさんを落とすには淑女の気品と娼婦の艶やかさが必要!」というもので、まずは生徒会の本物令嬢たちに近づき、その所作を学んでいる。ガラバたちに向かってもよそよそしく「ごきげんよう」と挨拶カーテシーするようになったのも生徒会役員たちの影響だ。


「ったく。こんな時に姉御がいてくれたらって思うほどあのお嬢ちゃんに依存していたとは自分でもびっくりだ」


 ビランは半顔を隠す前髪をかきあげながら自笑する。


「てか、優勝したんだから喜べよガラバ」

「喜べだとビラン! 素人を殴り倒して勝ちましたって、三等級冒険者の俺がそんなクソみたいなことを自慢しろっていうのか!、え!」

「そんなことは言ってないが、そもそも辞められないぞ?」

「ああん!?」

「俺達は『学院内の揉め事の解決に当たる』という冒険者の仕事で来ているわけだし、まだ完了のサインをシャクティさんから貰ってないだろ」

「サイン貰えるまで冒険とは関係ない仕事でこき使われるってか!? そんな馬鹿な話があるか! それに俺たちはルイード一味を抜けたんだから、契約不履行に決まってんだろうが馬鹿野郎!!」


 ルイード一味から抜けたということを拡大解釈すると、この依頼自体からも下りたということになる。


 依頼を途中で破棄するのは冒険者にとって珍しいことではない。命と報酬を天秤にかけた時、割に合わないと思ったら違約金を払ってでも依頼から降りる。そこに騎士のような必達の矜持などないのだ。


 そんな冒険者稼業だから、常に命を張り続ける。シーマと結婚して地面に根を下ろして生活するつもりのガラバにとっては、最早相容れない環境なのだ。


 それはビランだって同じだ。


 イリノイ先生と婚約してシルバーファング家の末席に入ることになったビランは、レッドヘルム学院の教職員であり続けたほうが身分も収入も安定している。だから冒険者に戻ることは考えていない。


「しかしガラバ。俺はいいとしてお前は冒険者を辞めてなんの仕事するつもりなんだ? まさか本当に用務員になるつもりじゃないだろうな」

「ん……あぁ」


 ガラバは恥ずかしそうに頭を掻きながら「夢」を語った。


 住み慣れた王国にシーマと戻ったら、王都東地区のあばら家でも借りて、これまでに溜め込んできた冒険の品々を売る小物屋をやりたい。細々とこじんまりと生きていくのが俺の夢だ、と。


「小物屋、ねぇ……。だけどよガラバ。いま王国では『ミュージィの店』が人気らしいぞ。扱ってるのは例のウザードリィ領のダンジョンアイテムだし、マスコットのスサちゃんが人気を呼んでいるとも聞くし、商売敵として強大すぎないか?」


 スサちゃんとは王朝地方の神である破壊神スサノオのことである。


 彼はルイードとアラハ・ウィの戦いに割って入ろうとした結果、幾多の蘇生と消滅を繰り返す中でエラーが発生し、今は女の子になって「須佐之男」ではなく「須佐」と名乗っているのだ。


 ここにルイードがいれば「皇女レティーナといい、アルダムといい、しまいにゃスサノオといい……。あっちこっちで女に性転換させられてるこの流れはなんだ?」と眉をしかめるところだろうが、ガラバとビランは気が付いていないようだ。




 □□□□□




「で、どうするんですかね、これから」


 アラハ・ウィはあるきながら仮面を外し、ポケットから取り出した上等な布でフキフキしながら訊ねた。もちろん問いかけている先にいるのは共に歩いているルイードだ。


 二人は人目を避けるため誰も立ち入れない森の奥底にいた。仮面の魔法使いとみすぼらしい冒険者の二人がウロウロしていると目立つのだ。


「悪魔の形跡を掴まなきゃなぁ」


 しおしおの葉巻の先を指先で弾いて着火させたルイードは、森の新鮮な空気と紫煙を一緒に吸い込んでフゥーっと吹いた。


「どうやって掴むつもりですかねぇ?」


 アラハ・ウィは紫煙を煙たそうに手で払いながら尋ねる。


「テメェがダドエルの穴を開放しようとしてた時にいた悪魔、覚えてるよな?」

「もちろんですとも。気配は私たちの近くにいるようですが、位置がわかりませんねぇ」

「ったく、天使と堕天使は悪魔と相性が悪りぃなぁ。早く仲間たちと合流しねぇと不利だぜ」

「相克関係がある以上、それはあちらも同じことですがね。……ところで、仲間といえば穴に集まっていた人間たちはどうしたんです? あの中にあなたの弟子みたいな稀人もいたでしょうに」

「ああ。全員記憶を消して元の場所に戻しといたぜ」

「記憶……なぜ?」

あんな姿堕天使の俺を衆目に晒したんだぜ?」


 ルイードは照れたようにボサボサ髪を掻きむしった。


「……恥ずかしがり屋さんですか。認識阻害モザイクの魔法も掛けていたでしょうし、そもそもあなたの弟子にはとっくに見られた姿なのでは」

「選別するのが面倒くさいから全員まとめて消しといたぜ」

「そういう大雑把なところはさすが元祖の熾天使ですなぁ……で、悪魔退治は誰に任せるので? やはり救国の勇者たちですか?」

「いんや。あいつらは魔王テメェを退治するのに向いたタイプとして集めたが、悪魔退治には向いてねぇ。もっと光の因子が強い稀人を探さなきゃならねぇな」

「それはまた気が遠くなるようなことを。その稀人が見つかる前に悪魔がこの世界を手に入れてしまいそうですがねぇ」

「此処から先は神のみぞ知るってやつだ。ほれ、野営すっぞ」


 二人は黙々と素手で木を切り倒し、それをさらに素手で叩き割って細かくすると、素手で振り回して速乾した薪に変え、素手を振っただけで地面を抉って焚き火場にすると、その時に生じた空気抵抗と摩擦熱だけで薪を燃やす。


 火を熾したら次に素手で川を叩き、そこで生じた衝撃波を食らって浮いてきた魚を捕まえ、素手で魚をさばいて内蔵を取り出し、素手で摩り下ろした岩塩をぶっかけて焚き火で炙る。


 更に魚が焼けるまでの間に素手で何本か木を切り倒して素手で加工し、それぞれのログハウスを組み立てる。それが組み上がった頃には魚が焼き上がっていた。


「あ、あの、ちょっといいですか」


 やっと腰を下ろして魚を食べようとしていた二人は、第三者の声に振り返った。


 そこには大きなザックを背負い帽子を目深にかぶった若者がいて、恐る恐る訊ねてきた。その格好はどう見てもこの世界の服装ではない。―――確実に【稀人】だ。


「あ、あの、こ、この世界では素手でブッシュクラフトするのが普通なんですか?」

「「は?」」


 聞き慣れない単語にルイードとアラハ・ウィは全く同じトーンで反応してしまった。

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