第214話 ウザ絡みのルイード、アラハ・ウィと悪魔狩り

 幸せ妄想少女がニヤついている頃、世界は天使の対極に位置する存在「悪魔」によって、滅びの影を落とされている最中だった。


 ここは暗黒山脈―――天保山と呼ばれる神々の山の山頂。


 そこに三大熾天使セラフとルイード、そしてアラハ・ウィがいた。


「うっ……なんだこの悪寒は」


 どこか遠くから熱のこもったラブコールを受けたような気がしたルイードは、天使の姿になっている王妃ミカエルカーリーガブリエルドゥルガーラファエルの前で身震いしたが、横にいる仮面の魔法使いアラハ・ウィに睨まれた気がして怪訝な顔を取り繕った。


 神に呪われて堕天したルイードとアラハ・ウィにとって、この天使たちは復讐したい相手でもある。だが、神の許しを請うための贖罪を続けているルイードにとっては「自分の監視者」でもあるため無碍にも出来ない。


 しかしアラハ・ウィは違う。この天使たちは完全な『敵』だ。


「よいか。悪魔は私達天使にとって対極に位置する存在にして対等の存在でもある。私達が悪魔を打てば私達もまた滅びる……。光がなければ影がささないように、闇がなければ光は光として認識されない。それがこの世界のことわりだからだ」


 王妃が見下すような眼差しで言う。


「この相克関係により我々天使は悪魔と直接戦うことが出来ぬ。それは貴兄らも知ってのとおりだ」


 王妃が説明している間、ルイードはともかくアラハ・ウィは聞く気もないのか憮然として横を向いているだけだ。


「よって、貴兄ら堕天使に、現世に介在する悪魔討伐を命じる。貴兄らは天使ではなくなったので相克関係は弱くなっているからな。ただ、元天使というだけで悪魔と対峙する時はかなり弱体化するので苦戦は必至だ」

「はーーーーーー? うっせぇうっせぇうっせぇですとも、えぇ! どうして私が貴様たちの言うことを聞かなければならないのですかね!?」


 アラハ・ウィは噛み付くように声を荒げた。


「それに天使長サマはご存知ですかねぇ? どちらかと言えば悪魔は闇に落ちた私達堕天使に近い存在なんですよ?」

「バカを言うな。貴兄ら堕天使は神に呪われて闇に落ちただけで因果は『光』のままだ。しかし悪魔は違う。彼奴らは存在自体が『闇』であり我々や貴兄らの対極にある。近いはずがなかろう」

「……討伐するより仲間に引き入れて天を落とすことを考えたいですねぇ、えぇ」

「アザゼル。そうやって計画をすべて口にするということは、そうするつもりがないと聞こえるぞ」


 王妃……ミカエルはそう言いながら幾重にも重なった翼から神気を放つ。


「貴兄らに贖罪の機会を与えると言っているのだ。悪魔を討伐するのなら減刑を神に願い出てもいい。地獄に封じた見張りの天使たちエグレーゴロイたちも含めてな」


 王妃の言葉に、アラハ・ウィは仮面の目元を手で隠しながら「ウザいくらい眩しいですねこいつは!」と悪態をつく。


「あのですねぇ。貴様が何様のつもりで私を見下しながら話しているのか知りませんが、そう言われて従うと思ってるんですか? 頼みたいのなら地べたに頭を擦り付けてお願いするべきなのでは?」


 アラハ・ウィも黒い翼を広げると異質な神気を放ってミカエルの威圧を押し返す。


「おいおい、熾天使と熾天使がやりあったら地上が滅ぶだろうが」


 ルイードはめんどくさそうに二人を止める。


「どっちも頑固すぎだろ、この似た者同士め」

「「似てない!」」


 王妃とアラハ・ウィが同時に矛先をルイードに向ける。


「御二方、ルイード様に食って掛かるのはおやめください」

「そうですよー。だめですよー?」


 カーリーガブリエルドゥルガーラファエルの受付統括コンビがルイードを守るようにその腕にしがみつく。彼女たち現役熾天使からすると、ルイードは神に次いで愛しき先輩天使であり、堕天した後もその感情は残り続けているのだ。


 しかし同じ先輩天使であるアラハ・ウィには全く毛ほどの興味も示さないのは、人柄ならぬ天使柄の違いだろうか。


「悪魔は狡猾だが私達と同じでこの世界には強く干渉できない。きっと人間に化けるか憑依して、世界を破滅に導く方法を思案していることだろう」

「オメェらみたいに転生して人間になってる可能性は?」

「……ないとは言い切れない。我々にとって『神』が運命の采配を握っておられるのと同じように、悪魔どもも『魔神』が彼奴らの運命を握っている。光と闇のにいる存在―――人に転生させることなど造作も無いだろう」

「だとしたらこの世の理に縛られてるってことになるから、倒すのは楽なんだがなぁ」

「楽観視するな。とにかく貴兄らは悪魔を見つけ出して、祓い、再び奈落アビスに落とすのだ。―――それと、この依頼はこの世に存在していることに目を瞑ってやっていることへの礼だと思って黙って従え、アザゼル」

「偉そうに」


 アラハ・ウィはツバでも吐き捨てそうなほど嫌な顔を王妃にしてみせると、ルイードに向き直って小声で言った。


「……実はですねぇ、さっきは近しい者と言いましたが、私、悪魔が生理的に嫌いでしてねぇ、えぇ」

「それは俺もだ。やっぱり俺たちが天使だからじゃねぇか?」

「あのゴキブリどもは見たくもないし関わり合いたくもないのですが、いたらいたで気になって仕方ないので、殲滅するとしますかね」

「方法は?」

「バ◯サンしかないでしょう。地表すべてを破魔の煙かなにかで覆い尽くしてやつらが死滅するまで待機ですとも」

「それ、他の生物も死ぬやつだからな。絶対させねぇぞ?」

「ではどうすると?」

しらみ潰しに探すしかねぇだろ。なぁに、あいつらのことだからきっとド派手なことを起こす。例えば奴らの血を引いている魔族を使って人間と戦争させるとか、な」

「そんな単純なことをしますかね?」

「やつら悪魔の目的は変わらねぇ。人を邪悪に貶めることで闇の勢力を強くして、天使や神を打倒する。そして天界や地獄、そしてこの世のすべてを手中に収めたいってわけだ」

「勢力を広げてどうするんでしょうか」

「暇なんだよ、神も魔神も。だから光と闇で戦争してる」


 ここで王妃が鋭い言葉でツッコミを入れる。


「おいルイード、神に対して不敬なことを言うな」

「へいへい」

「じゃあ、こいつらに命じられているのが癪に障って嫌々ですが、悪魔退治に行きますかねぇ。範囲は広いですよ? この大陸だけじゃないのですから」

「おう。あ、ちょっとまってくれアラハ・ウィ」

「はい?」

「俺には連れの仲間がいるんで、みんな連れて行かなきゃと思ってな」

「連れ? あなた、悪魔退治に人間を連れ回すつもりですか? まぁ救国の勇者たちなら―――いや、ちょっと待ってくださいよ?」


 アラハ・ウィは顎先に手をやってなにか考えるような仕草をした。


「魔王である私を倒した後でも異世界から稀人が次々に送り込まれてきたのは、私がまだ存在しているからではなく、悪魔がいたからなのでは?」

「え?」


 その「え?」は天使たちの口から自然と漏れた言葉だ。


「あなた達は私とルイードに悪魔退治させようとしていますが、神の真意は稀人にそれをさせようとされているのではないですかねぇ?」

「そ、それは」


 王妃は困惑した。神の真意を読み取るべき最高位にいる自分より、アラハ・ウィの方がそれを理解していることを示したのだ。


「あー、確かにありえるな。なんせ天使は悪魔と戦えないし、俺たち堕天使も元は天使だから悪魔と戦うと本来の力が出せない。ところが、稀人はこの世界の相克とは関係ないし、余裕で悪魔と渡り合える力も秘めている」


 ルイードも納得し、カーリーとドゥルガーも「さすが元天使長」と小さく拍手する。


「来たる悪魔と戦うため、神はルイード様に稀人を鍛えさせたのですね」

「となると、ルイード様たちが悪魔退治するのは現実的じゃありませんねー」


 カーリーとドゥルガーからも言われ、王妃は「うぐぐ」となった。


「な、ならば、貴兄らが悪魔を祓う勇者を探し、鍛え、対峙させるがいい! 結果が悪魔の殲滅であればなんの問題もない!」

「それなら貴様たちがやっても同じでは?」

「妾たちはこの世の理外のことで現世に絡んではならぬのでな」

「意味不明な制約ですね。なんのために人の身に転生してまで地上に来たんですかねぇ?」

「天使の力を持ちながら飄々と人の姿で遊び回っている貴様たちを監視するためだ馬鹿者!」


 そう言われている途中でアラハ・ウィは口笛を吹きながら聴いていないふりをした。


 王妃はこめかみに浮かんだ血管から血を吹き出しそうになりながらも静かに命じ直した。


「貴兄らは稀人を探し、鍛え、悪魔を打ち倒せ。よいな!」

「「へーい」」


 気のない返事をしたルイードとアラハ・ウィは「くっそメンドクセェ」「まったくですとも、えぇ」と悪態をつきながら、別々の空間に転移していった。

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