第210話 アルダム、ウザい侠気を発揮する

 天保山てんぽうざん神拳。


 非力な魔法使いが近接攻撃に持ち込まれたら、もはや死ぬしかない。それが世界の常識だ。


 だが、とある魔法使いが天使に教えてもらった「拳法」で体を極限まで鍛えた結果「素手で戦える魔法使い」が生まれ、それが「魔闘士」という職になった。その魔闘士の主流派が「天保山神拳」であり、すべての魔闘士拳法の起源とされて多くの門下生を抱えている。


 方や、同じく「天使に教わった」とされているサ・ウザー鳳凰拳は、一子相伝の秘拳なので門下生がいない。


 この二つの流派は古来より切磋琢磨し合いながら高みを目指したと伝承されているが、何世代か前に継承者同士が大喧嘩になり、それ以降は完全に敵として認定された関係だ。それがまさか、こんなところで邂逅し、戦うことになろうとは。


「はい! いま、あなたのツボを押しました~。あなたの頭は三秒後にボーンと吹き飛びまーす」


『おいおいおい! 【魔族の嫁にされかけている女に惚れたらそいつはうちのライバル流派のお嬢様で今秘孔を突かれました】ってタイトルで本書けちゃうんじゃね!? てか俺の運命酷すぎじゃね!? 三秒後に死ぬってマジかよ!』


 愕然とするアルダムの顔を覗き込んだアンハサはニコっと微笑む。


「うそでーす。うふふ。驚きましたぁ~?」

「なにそれかわいい」


 鼻の下が伸びきっているアルダムはもうだめだ。アンハサの一言一句一挙手一投足で骨抜きにされている。


『い、いかん。駄目だ俺。サ・ウザー鳳凰拳の継承者として、意地を見せないと!』


 気を取り直したアルダムはアンハサを睨みつけた。


 耳が腐り落ちるかと思うくらいお師様から聞かされた「天保山神拳の悪口」を思い出す。


「うちの流派は天使様に教わったちゃんとした技だが、あっちはうちを真似しただけの嘘っぱちだからな!」

「証拠? 天保山って名前から分かるだろ! 天保山ってのは暗黒山脈の別名だけど、あいつらの本拠地は連合国だぜ? 暗黒山脈から遠く離れた西の国だ! 確かに暗黒山脈で天使様に伝授されたのがサ・ウザー鳳凰拳だが、やつらはきっとそれを知って流派名を後付けしたんだ!」

「てか、あいつらは魔闘士の開祖とかのたまって、毎年すげぇ儲かってるんだぜ? 嘘八百のボンクラ拳法を広めて今や連合国のお貴族様だとかふざけやがって! 俺達が必死で技を昇華させてる間、やつらはアハハウフフして金儲けだ。武道家として許せんぜよ」

「いいかアルダム。うちの継承者になったからには、いつか天保山神拳のやつらをケチョンケチョンのギッタギタにするんだぞ!」


 アルダムのお師様は事あるごとに天保山神拳のことをアルダムに刷り込んできた。だが、一目惚れした相手がだとは……。アルダムは自分の運のなさにゲンナリした。


「うふふ。次は本気で行きますね~」


 アルダムが本能のままに顔を傾けると頬を拳が掠めた。言い終わってから殴りかかってきたのに、とんでもないスピードだ。この動きを見る限り、天保山神拳がただのアハハウフフではないことは明らかだ。


『お師様が言うような嘘っぱち拳法じゃねぇぞ!?』


 アンハサが繰り出す突きや蹴りの多彩な技は、アルダムをステージの端に追い込んでいく。だがアルダムも負けてはいない。


 天高く飛ぶ鳳凰のようにジャンプし、アンハサの頭上を超えて背中に回り込んだアルダムは、彼女の後頭部をぺちっと軽く叩いた。


『ボコボコに! ボコボコにできねぇ!』


 相手が男だったら今頃後頭部の毛を毟り取っているところだが、アンハサの顔を思い出すとそんな真似はできないアルダムだった。


「は? なんですか今の攻撃は」


 アンハサはバカにされたと思ったのか、ゆるふわを解いて怒りに燃えた眼差しをアルダムに向けた。間違いなくその厳しい目つきは武道家のそれだ。


「私の後ろを取ったのにちゃんと打ってこないなんて、私を舐めてますよね?」

「舐め回したい」


 思わず本音が出たアルダムの股間にアンハサの蹴りが入る。が、急所を蹴り上げられる瞬間に跳んでダメージを限りなくゼロにした。


「サ・ウザー鳳凰拳……やりますね」

「おう、俺の拳法が最強だって事を教えてやるよ」

「最強? そもそもあなたの流派、聞いたこともないんですけど」

「は? うちのお師様からは天保山神拳のライバルだって聞いてるけど?」

「ふふふ。そうやってうちのライバルだと名乗って名を上げようとしてる流派がいくつあると思ってるんですか」


 アンハサは笑いながらも構えをとった。その闘志に燃える眼差しは全然笑っていないところからして、アルダムを「ちゃんと戦える敵」と認定したらしい。


「あなた、会長達となにか企んでいたみたいですけど、私の魔法を封じても意味はないですよ。だって拳のほうが得意ですから」

「バレバレか―――ぶっ!?」


 言い終わらないうちにアルダムの体にはアンハサの小さな拳が同時に何回もめり込んだ。


 あまりにも疾い連続突きは、まるで手が何本もあるかのような感覚をアルダムに与え、そのまま吹っ飛ばした。


「いまのは本気です。三秒後にあなたの頭は吹き飛ぶでしょう。ですが、安心してください。副学院長が完璧に蘇生を―――」

「三秒で吹き飛ぶか数えてやる。ひとぉつ、ふたぁつ、みっつー。はい、なにもおきませーん」


 アヘ顔ダブルピースしながら立ち上がるアルダム。彼はアンハサの拳を受けながらも、それが致命傷にならないように体幹をずらしていたのだ。


「……やりますね」


 完全に戦う者の目になったアンハサに対して、アルダムは立ち上がって反撃を繰り出した。


 数分前までは「アンハサだいちゅき」だったのに、相手が武道家の顔になった途端殴りかかってしまうのは、アルダムが武闘を嗜んでいるさがだろう。


 殴り合い、蹴り合い、それを回避し合う二人の攻防戦に巻き込まれないように、シルビス、シーマ、エマイオニー会長、ナタリー副会長の四人は、早々にステージ端に避けて観戦モードに入っていた。


 本来ならこの選抜試合はチーム戦なので、シルビスたちのように戦意喪失しているメンバーがいただけで負けとなる。だが、なぜか試合終了のゴングが鳴らない。


 それは副学院長のシャクティが「続行させなさい」と命じているからだ。


「ヤチグサ公爵は、近いうちに奥方となるアンハサの実力をお知りになりたいそうです。せっかくなので決着が付くまで闘っていただきましょう」

「感謝する副学院長。私のわがままに付き合わせ、神聖なルールを曲げさせてしまった」

「問題ありませんヤチグサ公爵。あれほどバキバキにやりあってる最中に試合を止めたら、ブーイングが巻きおこるでしょう」


 ヤチグサ公爵の言い方は大仰だが、真摯に謝罪し、感謝の意を伝えてくる。それはシャクティによって心地よいものだった。


『ルイード様が言うように、現世の生き物すべてが正も邪も持ち合わせているというのなら、例え憎き悪魔の私生児である【魔族】であっても、正しい道を示すことができるのかしら……』


 天使の対極に位置する神の敵「悪魔」の血を引く魔族は、天使ウリエルであるシャクティにとって忌むべき存在だ。


 だが、腹黒い意図を見え隠れさせながら話しかけてくる人間よりは何百倍もマシだと思えた。


「天保山神拳奥義、無職転生!」

「サ・ウザー鳳凰拳奥義、龍買自宅!」


 遂にステージ上の二人の拳は、互いの顔面や腹にクリーンヒットした。


 顔面を殴り飛ばされたアルダムはステージにめり込むほどの勢いでぶっ倒れ、腹を殴られたアンハサは痛みのあまりに苦悶の表情を浮かべながら膝を落とした。


「なんですか今のは! どうして顔を殴らなかったんですか!」

「バーロー! 惚れた女の顔を殴れるかっての!」

「惚れ?」

「惚れた女だ!」

「い、いや……私はヤチグサ公爵の妻ですよ? 挙式間近な人妻ですよ?」

「人妻って響きがたまらない」

「ド変態ですか」

「いいや見事な紳士である!!」


 睨み合う二人の前に公爵魔族が降り立った。


「優秀な生徒がいれば、妻と共に魔界に呼ぶつもりで副学院長に話も通していたが、貴公に決めたぞ!」


 完全実力至上主義のヤチグサ公爵は、アルダムを指差して微笑んだ。

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