第209話 アルダムと天保山神拳
予選試合が始まった。
と、同時に生徒会会長と副会長は、アルダムに攻撃を集中させた。
爆炎や稲光がアルダムを襲う中、シルビスとシーマはステージ端に避けて腕組みしている。
「くっくっくっ、アルダムがやられそうだ」
「だがあやつは我ら四天王で最弱……」
「え、四人もいないんだけど」
「そうだった」
黒幕ごっこして遊んでいるシルビスとシーマは、生徒会Aチームから無視されているが、彼女たちはその理由を知っているので平然と待機している。
その間、会長がアルダムを火炎魔法で攻撃し、副会長は風魔法でその火炎を爆炎に変えてアルダムを追い詰める―――ように見せている。
観戦している者たちからはずっと「おおー!」と感嘆の声が漏れ出ているが、実際のところは的を外したり魔法を放つタイミングを教えたりして、アルダムに致命傷を負わせるつもりはまるでないようだ。
『『『うまくいってる』』』
会長、副会長、アルダムは目線を合わせて頷いた。
アルダムはアンハサ会計に一目惚れし、彼女との結婚が確定している公爵魔族ヤチグサから寝取ることが目的だ。
そんなゲスに協力を申し出てくれたエマイオニー会長とナタリー副会長は
「友達が魔族に取られていくなんて耐えられないことだ」
「アンハサがかわいそうだわ」
「しかし魔族は強いものにしか興味がない!」
「そうそう。アンハサをボコボコに負かせば嫁としての興味を失う事、間違いなし!」
「というわけでアルダム。君がアンハサをボコれば公爵魔族の方から結婚破棄してくるに違いない!」
という理由で、アルダムに協力してくれることになったのだ。
だが、思惑はそう簡単には成就しないものである。
「当たらないものなんですね~。下がっていろと言われましたが~、私も協力しますよぉ~」
会長と副会長の後ろで微笑んでいるだけのアンハサ会計がそう言うと、会長と副会長の顔は引きつった。
「いやいやいやいやいや! アンハサが出るほどのことはない! 任せておけ!」
「そう! 大丈夫! アンハサ、あなたは結婚を控えているのだから そこにいて!」
アンハサに攻撃させたらまずい。
それが会長と副会長が必死に攻撃を続けている理由の一つでもある。
なんせアンハサは公爵魔族に見初められて嫁入りするほど桁外れの魔力を持っている。彼女が範囲攻撃魔法をぶっぱなしたら、副学院長が「絶対に壊れない」と言った魔法障壁が吹き飛ばされたこともあったほどだ。
そんな彼女がアルダムに魔法攻撃を仕掛けたら一撃で終わり、会長と副会長の思惑はご破算だ。
そもそもこの会長と副会長がアンハサを公爵魔族に嫁がせたくない理由は、友情でもなんでもなく、ましてやアルダムのような小バエの一目惚れを応援するつもりも一切ない。
実は―――桁外れの魔力を持つアンハサが魔族の手に落ちることを危惧した魔族反対派の要請により、この二人はアンハサの結婚話を潰そうとしているのだ。
それでなくとも魔族は強い。魔物の危険度を表す等級で例えるのなら、魔族の中で最弱と呼ばれるような者であっても一等級を超えるのだ。
そこに魔力無双するアンハサが加わり、「もしも」魔族が再び魔王を生み出して人間に牙を向いたらどうなるか……。憂慮した魔族反対派は、なんとしてもアンハサの嫁入りを阻止するように連合国貴族に働きかけ、貴族である実家からその命令を受けたエマイオニー会長とナタリー副会長は、体よく現れたアルダムを利用したのだ。
だが、アルダムにアンハサを蹂躙させるためには、まだ仕掛けが必要だ。
「駄目だわ会長。この平民には魔法が当たらない(棒)」
「きっと身体強化の魔法を掛けているのね(棒)」
「会長、あの道具でアレしましょう(棒)」
「わかったわ……いいわね!? いくわよ!(棒)」
エマイオニー会長はイヤリングを手に取ると、アルダムに投げつけている風を装いながらステージの四方に投げた。
もちろんそれは爆発するような代物ではなく、超強力な「魔封じの魔道具」だ。
このイヤリングで囲まれた四方内では一定時間魔法が効果しなくなる。一度しか使えない代物だが、この魔道具の購入価格で連合国首都都心に家を持てるくらいの金額が掛かっているので失敗は許されない。
魔封じの範囲内にアンハサが入っていることを確認した会長は、魔道具の起動スイッチを入れる。
「かかったな平民。この魔道具で貴様の魔力を封じたぞ(棒)」
「身体強化できなくなったあなたに勝ち目はないわ(棒)」
もちろんアルダムは身体強化魔法など使っていないのだが、事前にこうすることは伝えてある。
完璧だ。あとは会長と副会長を倒したアルダムが、魔法を使えない状態のアンハサを蹂躙し、無様な負け方を見た公爵魔族が愛想を尽かして結婚破棄すれば筋書きは終わる。
『さあ私達を倒せ』
エマイオニー会長が目配せしてきたので、アルダムは『なんだかなぁ……この茶番』と片眉を上げながらも彼女の肩をトンと押す。
「きゃああ(棒)」
汚いものに触れられたかのように必死に肩を擦りながらエマイオニー会長はその場に倒れた。鉄の心臓を持つアルダムでも精神的ダメージを喰らう仕草だ。
「なんてことだ私達の魔法も封じられてしまったー(棒)」
ナタリー副会長がアホ丸出しの説明ゼリフを入れた辺りで、アルダムは彼女の目の前で「パンッ」と手を打った。今度は触れてもいない。
「きゃああ(棒)」
副会長は臭いものを嗅ぎたくなさそうに鼻を押さえながら倒れた。この時点でアルダムの精神力はマイナスゾーンに突入している。
「完璧だ」
「完璧ね」
倒された会長と副会長の目元が微笑む。
「なにあれ……」
「仕込みが下手すぎないか」
シルビスとシーマは呆れ顔だ。
「あ。もしかしてさ、今私が活躍しちゃったりすると、魔族的には『あの子強い、よし嫁にしよう』ってなるのかな?」
「姉御、それで見初められても、お妾さんになるくらいだと思うぞ?」
妾というのは、すでに正妻を持つ男がそれ以外に囲って経済援助する女、つまり愛人のことである。王侯貴族は子孫を残すために正妻(正室)の他に
「子を作れない妾は三年で捨てられるとも聞くし、正妻からの圧も半端ないだろう。それでも貴族の妾になりたいのか? ましてや相手は魔族だぞ?」
「いやだなぁシーマちゃん。私があんなのの嫁になるはずないじゃーん。聞いただけだよ~」
この時、来賓席にいたヤチグサ公爵の口元がピクリと動いたことを会場内の誰も知らない。魔族は五感に優れているので、シルビスの不遜な言葉も耳に入っているのだ。
「だってルイードさんの方がイケメンだし? シブオジだし? 強いし?」
「私にはよくわからんが……ルイードの親分よりイケメン……か?」
貴賓席に座っている公爵魔族はシーマから見ると超絶美形だ。少なくとも彼女の恋人であるガラバを彼の隣に据えたら、それは
「シーマちゃんはアレみたいなのと付き合ってるせいで審美眼がオチまくってんじゃない?」
公の場なので、さすがのシルビスもガラバの名前を出さないくらいの理知はあるようだ。
「む……。私のアレはどうでもいいじゃないか。それに姉御はおっさん好きなんだろうが、私は違うぞ? 惚れた相手がたまたまアレだったというだけのことでおっさん好きではない」
「ひゅーひゅー、熱いよ熱いよ~」
シルビスが茶化していると、アルダムから一度ダウンさせられた会長と副会長がこっちによってきた。
「え、なんすか。私達とやるんすか」
シルビスが「シュッシュッデュクシデュクシ」と口に出しながらパンチを放つ真似をするが、会長と副会長は「私達がダウン負けしたら意味がないから、戦ってるふりして」と小声で伝えてきた。
四人は口裏合わせたように「えーい」「とぉ!」とジタバタ戦っている風に見せる。
「あらあら、急に泥仕合ですわね」
アンハサは微笑みながら魔法をかき消された結界の中でアルダムと対峙する。
「サ・ウザー鳳凰拳にあるのはただ制圧前進のみ……ってか、あれ?」
ここでアルダムは壮大な矛盾に気が付いた。
一目惚れした女を魔族の嫁にしたくない
↓
ボコボコに負けさせて魔族から見捨てさせる
↓
いやまて、好きな女をボコボコに?
↓
ボコボコにしたら絶対嫌われる
「ボコボコ駄目じゃん!」
「なにが駄目なんですかぁ~」
がびーんとなっているアルダムの顔面にアンハサの拳がめり込んだ。
「ぶっ!?」
ダメージを受け流すために後ろに跳んだアルダムだが、思い切り鼻血が出ている。
「もしかして私のことをただの魔法使いだと思ってましたぁ~? 私は高位黒魔法を使えて近接格闘術もこなす『魔闘士』なんですよぉ~」
魔法使いと武闘家を足して二で割ったような『魔闘士』は、直接攻撃されたら紙切れより弱っちい魔法使いたちが生み出した「肉体でも戦える魔法使い」である。
つまり生徒会長と副会長が提示した「魔法さえ封じればボコボコにできる」というのは「あんたのウザなんとか拳ならアンハサにも勝てるでしょ」という意味合いもあったのだ。
だが、ここに誤算があった。
アルダムが見切れないほどのパンチを繰り出すということは、アンハサはかなりの遣り手ということだ。
「うふふ~。私の家は代々高名な魔闘士を排出してきた
「天保山神拳!?」
それはサ・ウザー鳳凰拳のライバルとされながら、アルダムは一度も巡り合ったことがない流派の名前だ。
「太古の時代に天使様から教えを請うたこの拳法で、あなたをボコボコにしますね~」
「うっそだろ!!」
アンハサの拳が目の前に迫るが、アルダムはアンハサを殴れない。
「ぶっ!」
体のあちこちに拳がめり込んでいく。
「はい! いま、あなたのツボを押しました~。あなたの頭は三秒後にボーンと吹き飛びまーす」
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作者:注
天保山・・・テンポウザン・・・テンポ・・ウザ・・・・・はい!(ゴー★ジャスみたいになってきた)
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