第208話 アルダム、有罪

 生徒会Aチームとの選抜試合に挑むシルビスと愉快な仲間たち。しかしアルダムには別の目的が出来た。


 公爵魔族の妻になることが確定している生徒会のアンハサ会計に一目惚れしたアルダムは、この試合で圧倒的に勝利して「あんな弱い嫁はいらん」と魔族に言わしめるのだ。


 天使の対極の存在「悪魔」が戯れに人種と交わって生まれたのが魔族だとされているが、その魔族の価値観は他の人種とは大きく異なっている。


 完全実力至上主義。


 強いものが偉い。ただそれだけが絶対の価値であり、爵位などその実力に応じて付けられた称号に過ぎないのだ。


 魔族に仲間が嫁ぐことを良しとしないエマイオニー会長とナタリー副会長は、アルダムに共闘を促し「可愛そうだけどアンハサをボコボコにして、あの魔族に弱いところを見せつけて結婚破棄してもらおうじゃないか」と告げたのだ。


「ちょっと見て見て! あそこ、魔族がいる!」


 シルビスが嬉しそうに公爵魔族を指差す。


 魔族の見た目は背中に皮膜の翼を持ち、ノーム種とは明らかに材質の違う角を持ち、白目がない瞳は黒く、黒瞳は赤い。そしてひと目で魔族と分かるのはその存在感―――自分たちより圧倒的に強い捕食者の気配だ。


「姉御、指差すのは失礼だぞ。最近、救国の勇者に封印された魔界も開放されて、魔族と各国家は和平条約を結んだ。人間が差別的に魔族を指差したと知られたらまた戦乱の世に……」


 シーマがシルビスを諭すが、全く聞いちゃいない。


「ものすごいイケメン! あの格好からしてもしかしなくても魔界の貴族なんじゃない!? 玉の輿じゃない!?」

「節操なしか」


 魔族に嫁入りしてもいいと考えているシルビスの言動にシーマは呆れた。


「姉御、魔族の寿命はハイエルフ以上だし、力も魔力も人間とは比較にならん。人の嫁を娶ったとしても一晩で壊されて終わるぞ」

「壊れるくらいのエッチ……」


 シルビスはまだ経験がないので、それがどんなものなのか想像できないでいた。だから次に言葉に乗せたのが「やっぱ触手プレイとかあるのかな? 魔族だけに」だった。


「……姉御、その知識は誰の影響だ」


 シーマはアルダムを睨みつける。


 アルダムは稀人が出版している「薄い未成年閲覧禁止本」を複数所持しており、それの一部はシルビスやシーマに見つかったことがある。


 確かにその本では触手プレイやNTRなど多彩な性癖が懇切丁寧な絵画にされており、卑猥の極みだったとシーマは記憶している。そして、経験のないシルビスがその本から偏った知識を得てしまったのだとしたら問題だ。


「姉御、あれは妄想の産物だからな!? 人間のチXXXはあんなに大きくないし、入れられたら完全服従するマジカルチXXなんてものは存在しないからな!?」


『皆さんご静粛に。それとステージ上で卑猥なことを言わないように』


 副学院長シャクティが拡声魔法で語りかけ、シーマは顔を覆って「あぁぁ……」と、うずくまってしまった。


『試合開始前に特別のご来賓をご紹介いたします。魔界都市カグラザカよりお越しくださったヤチグサ公爵です』


 闘技場の閲覧席がどよめいた。その騒音は広い学院内にも響いたことだろう。


『皆さんも知っての通り、魔族の皆さんとは和平条約が交わされ、この連合国も魔界と国交が開かれました。またヤチグサ公爵は当校生徒会役員のアンハサ会計とのご婚約を経て、結婚も決まっております』


 さらにどよめきが強くなると、魔族―――ヤチグサ公爵は立ち上がって胸元に手を置いて一礼した。


 試合の場に出てきているアンハサ会計は「うふふ」と笑っているだけで、結婚に前向きなのか嫌がっているのかはわからない。


「なんか似てるな」


 客席にいたガラバはビランの横にいるイノリイとアンハサ会計を見比べる。それを見て、ビランは「はぁ?」と睨み返してきた。


「おいガラバ。俺のイノリイをあんな女と一緒にしないでもらおうか」

「あんなってお前……。てか顔が似てるとかじゃなくて、雰囲気の話だぞ? お前の彼女のほうがおっぱいでかいし腰もくびれてるのにケツはむちむちでスケベそうだしな」

「ガラバ、今度そんな目で俺のイリノイを見たら、容赦なく眼球潰すからな」

「うわ、なにこいつ怖い……」


 自分以上に女性依存なビランの本気モードにガラバはドン引きしているが、友人の彼女に面と向かってセクハラ発言をぶちかますガラバにもドン引きだろう。


「それよりガラバ、あんな作られた春風駘蕩に騙されてんじゃないぞ」

「作られた?」

「よく見てみろ。アンハサが時折見せる『計画通り』みたいな腹黒そうな顔! あんな計算づくでなにか企てるようなことが俺のゆるふわイノリイにできるわけがないだろ!」

「あら……わたくしのこと、バカだと思ってます?」


 さすがのイノリイもビランに反論したが「そ、そうじゃない」とビランは慌てて発言を修正した。


「君と違ってアンハサ会計は狡猾で向上心の塊で承認欲求の権化だ。君のように清らかで美しい女性とはまるで違うんだ」

「あら……♡」

「きっと魔族と結婚するのも、そうすることで自分が目立つからだろう。それくらい彼女は周りに見られたい、よく思われたい、尊敬されたい、という思いが強い子だ。そのためなら危ない橋を平気で渡るヤバいやつなんだ」

「よく知ってるな」


 ガラバとイリノイは身を乗り出してビランを見つめた。


「あの女生徒となんかあったのか?」

「あったんですか?」


 二人の追求にビランは目を背けながら白状した。


「……アンハサ会計は決して成績優秀ではない。むしろ下から数えたほうがいいくらい学業には身を入れない。だが、人心掌握術は化け物レベルでな。生徒会の影の支配者は彼女なんじゃないかと思ってる」

「で、なんかあったのか?」

「あったんですか?」


 二人の追求はそんな言葉では躱しきれなかった。


「……い、一度アンハサが成績を上げて欲しいと交渉しにきたことがあった。教職員が誰もいないときを狙ってな。もちろん断った。そしてたらやつは俺の前で制服のブラウスをこうベリッと開いて胸元を露出させてからこう言ったんだ。上げてくれないとどうなるかわかりますよね、とな」

「で、やったのか」

「やったんですか!?」

「やってねーわ!」


 ビランは二人のツッコミを全否定した。


「評価を五等級から一等級に上げたら満足して出ていったからまた五等級に戻した」

「お前も大概だな」

「俺は大人だぞ。子どもに手を出すかよ」

「まぁ、そうだよな。俺たちゃ大人だし、生徒に手を出すなんてありえないな」


 だが、その狡猾な女生徒に一目惚れして勝手に奮起している大人がいることを彼らは知らない。


 その奮起している大人―――アルダムは、制服の上着を脱ぎ捨ててタンクトップ姿になると、来賓席の公爵魔族を力強く指差した。


「よく見ていろ! お前の妻がボコボコにされる様を!」


 そう言ってからアルダムは「あれ? 俺って超悪者じゃね?」と思ったがもう遅かった。


『副学院長、あの生徒は魔族に恨みを持っているのか?』


 公爵魔族の声が、まだ効果継続中の拡声魔法で響く。


『そういう話は聞いたことがありませんが』

『ではなぜ婦女子をボコボコにするなどと私に向かって宣言したのだ? 私を敵視するならまだしも、女性をボコボコなど、紳士として如何なものかと思うが』


 ド正論な公爵魔族に同意した会場内が「うんうん」と一斉に頷く。


『どうしてあのような発言をしたのか、今はわかりかねます』


 副学院長はスンとしているが、黒目が蛇のような縦型になっていることからして、きっと怒っている。完全に目が「有罪ギルティ」と物語っている。


『なるほど、彼は平民クラスのようだ。であれば特権階級の貴族に恨みを持っていると考えるべきでしょうな』

『さあ……』

『生徒会役員の女生徒は全員貴族の令嬢だと聞く。我が妻アンハサも当然そうだ。おそらくあの生徒は身分違いの腹いせに、貴族令嬢たちをボコボコにすると宣言したのだろうな』

『閣下は推理サスペンスものがお好きで?』

『さすが副学院長よくおわかりで。人間との交流を持って輸入されてきた本の素晴らしいこと。毎晩読み耽っているところです』


 ヤチグサ公爵は一通り本のタイトルを口にし、その度にシャクティが頷くのを見て満足したらしく、あらためて試合会場を睥睨した。


『身分違いの腹いせに貴族令嬢たちをボコボコにすると宣言した君。この試合で君が紳士的に勝利できたのなら、我ら魔族から爵位を授けようではないか』


 会場内が今日一番のざわめきに包まれた。


 人類で初めて魔族の爵位をもらう可能性……。それが名誉なのかどうかわからないが、とにかく驚かれて当然の過大な褒美には違いない。


「え、ちょ、何がどうしてこうなったのよ」


 シルビスがあわあわと慌て、シーマは「もう知らん」と天を仰いでいる。


『貴族の責務は魔族も人間も変わらぬと聞く。だが、その重責を担えるかどうかは我が妻を倒す実力次第。励むが良い』


 なにか意図しない方向に話が転がっている気がしているが、アルダムは「お、おう」と応じるしかなかった。












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 作者:注


 有罪・・・ゆうざい・・・ゆ うざい・・・

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