第207話 アルダムはウザい愛などいらぬ

 選抜試験一回戦をアルダムの「ウザボーン戦法」で通過したルイード一味は、休憩時間に闘技会場裏手に集まり、そこで反省会兼作戦会議を行うことになった。


 四肢をあらぬ方向に曲げられて白目を剥いていたアルダムは、彼をそんな目に合わせた張本人である副学院長に治癒されて、今はピンピンしている。一説によると瀕死ではなく死んでいたのではないかという疑念も出るほど、尻尾の一撃は強烈だったらしい。


「あちこちから内臓出てたもんね」

「耳から脳みそも」


 シーマとシルビスは気持ち悪いものを見た、という目線でアルダムを見るが「俺は最後どうなったんだっけ?」と、当人の記憶の一部は欠落しているようだ。


「うん、わかるぞ、その感じ」


 戦う度に記憶を失って名誉をかなぐり捨てていたビランは、隣りにいるイノリイ先生の髪の毛を撫でながら頷く。


「てか、おいビラン。婚約者は部外者だろ」


 用務員の格好をしているガラバが注意するが、ビランは「もう俺の身内だからいいだろ。むしろ一味から抜けたんだからこの場に俺を呼ぶなよ」と反論され「まぁ、仕方ないか」と諦めた。


 ちなみにガラバも、シーマを膝の上に載せて自分の太い首に細い腕を回させて抱きつかせている。ビランを注意する説得力はゼロだ。


「ねえ、ちょっとキサマたちに言いたいことあんだけど、いい?」


 シルビスがこめかみに血管を浮かべながら低い声を出した。今ならツノの先からサンダーブレイクが出そうだ。


「いい加減にさ、人の目ってのを気にしてほしいわけよ? 特にガラバ。あんたらが恋人同士なのはいいとしても今のシーマは生徒なんだからね! 用務員が生徒とイチャイチャしてたら大問題なんだからってルイードさんも言ってたでしょうが! ビラン! あんたも保険の先生とこんなところでイチャイチャしてたら、父兄から『教職員の風上にも置けない前髪びろーん野郎』って怒られるでしょ! 自粛しなさい! 自粛!」

「「姉御は心配性だな」」


 ガラバとビランはハハハと笑いながら恋人を抱き寄せてイチャイチャ始める。


「だめだこいつら。なんともならん」


 シルビスはお手上げポーズしながら、唯一相手がいないアルダムを見た。


「まさか女好きなあんたが一番マトモな―――うわっ、血涙出してる!」

「愛ゆえに人は苦しまねばならぬゥゥゥ」


 アルダムは見開いた瞳から血の涙をこぼしながら「うわーん」と走り去った。どうやら長年連れ添った仲間二人が、真実の愛とやらに目覚めて骨抜きになったことより、自分に相手がいないことが悔しいらしい。


「ちょ、アルダム! 作戦会議は!!」


 シルビスの怒声を背に向けながら、アルダムは走った。


 しばらく走っていると闘技会場を半周回った先で、生徒会Aチームが集まっている場面に出くわしてしまった。


「貴様は次の対戦相手の」


 小柄だが勝ち気な顔をしているエマイオニー会長はアルダムを睨みつける。


「敵情視察にしては堂々としすぎるな……。というかお前、目から血が出ているぞ?」

「あら~、あらあら~」


 アンハサ会計が立ち上がって白レースのハンカチでアルダムの目元を拭き始める。


 ナタリー副会長はエマイオニー会長に負けず劣らず整った冷たい表情で「アンハサにかまってもらえた幸運を墓場まで持っていきなさい」と素っ気ない。


「うふふ、そんなことないですからね~。お顔貸してくださいね~」


 アルダムの胸の中心にズキュゥゥゥゥンと矢が立ち、アンハサ会計の大きなタレ目に自分の魂が吸い込まれていくような感覚を覚えた。


『惚れた』


 アルダムの頭の中では、一瞬でアンハサと口づけを交わして結婚して子どもが生まれて老後は穏やかな生活を過ごしている光景が浮かんだ。もうこれは運命だと信じるしかない程、衝撃の一目惚れだった。


 だからアルダムは無礼を承知でアンハサの手を取った。


「どうか結婚を―――」

「ああ、結婚で思い出した。アンハサの挙式はいつだったか?」


 その瞬間、膝から崩れ落ちたアルダムは「あらあら~」とアンハサに背中を擦られた。


『くっ。この子、もう結婚式する相手がいるってのかよ、ちっくしょうめ! い、いや何を諦めてるんだアルダム。お前はNTRネトリに関してはアマチュアだが、やってやれないことはないイケメン冒険者じゃないか。やれる! やれるぞアルダム!』


 始まる前に終りが見えた恋だったが、アルダムは自分自身を鼓舞しながら『よし、相手が挙式する前ならワンチャンある』という謎理論で精神を復活させた。


「そんな相手より俺―――」

「しかしお相手が魔族とはな」


 会長の言葉に五体投地したアルダムはぼろぼろと血涙を流す。


 最近、救国の英雄達に封じられていた魔族たちの生活圏「魔界」が開放され、人間との和平が結ばれたというニュースは聞いていた。


『なんだよ魔族って! もしかしなくても悪魔と人間の私生児って言われてる、あの魔族のことか!? 現れたら天災レベルでヤバイって言われてるあの魔族だよな!? い、いや下級魔族ならまだワンチャンある!』


「世が世なら次の魔王だった魔族に見初められるとは、アンハサは幸運だったのか、不幸だったのか……」


 地べたに埋もれそうになるアルダムに対してアンハサ会計は「あらあら~」と背中を擦る。


「目眩ですかぁ? 大丈夫ですぅ~?」


 アンハサ会計は心配そうにタレ目を細めながらアルダムの顔を覗き込んできた。


『ほらかわいい』


 思わず顔が赤くなるアルダムを見て、会長と副会長は目配せし合う。


「ちょっと君」

「こっちに」


 アンハサから引き剥がされたアルダムは、会長と副会長からとんでもない話を聞かされた。




 □□□□□




「予選試合をわざわざ観戦されなくても」


 副学院長のシャクティが言うと、魔族の公爵貴族―――世が世なら次の魔王だった男は鋭い視線を投げ返した。


「我が妻となる女が出るのだ。観ることに問題が?」


 誰がどう見ても立派な貴公子は、女生徒はもちろんのこと、同性である男たちからも「なにあの絵画から抜け出てきたようなイケメンは」と言わしめ騒然とさせるくらいの美形だ。


「断っておきますが、対戦相手をあなたが攻撃したりしないでくださいよ」

「もちろんだ。これは競技だと聞いているし、我が妻アンハサに大事はあるまい?」

「四肢欠損しても元に戻します。傷一つなく」

「ならば手出しするような無粋な真似はしないと誓おう」

「それにしても……。貴族家の生徒が在学中に婚約や結婚という話はザラでしたが、まさか魔族と人間が初めておおやけで結ばれる結婚の相手がうちの生徒とは。いつの間に粉をかけたんですか」

「もしや副学院長は反対の立場か?」

「いいえ。この結婚を皮切りに魔族と人間の間柄が深いものとなり、かつて倒された魔王が生み出した悪しき諍いがなくなるのなら、大歓迎です」

「そうなりたいものだ。理想は常に高く、な」

「理想……。そう仰るということは、魔界には反対勢力もあるということでしょうか」

「さすが察しがいい。しかし人間側も一枚岩ではあるまい。かつて人間の国々を恐怖のズンドコに落としいれた魔王の血脈と人間が結婚など……」

「ズンドコではなくドン底ですよ閣下」

「人間の共通語は難しいな。……ああそうだ副学院長。優秀な生徒がいれば、妻と共に魔界に呼ぶという話、考えてくれただろうか」

「それについては―――」


 二人の会話を途切れさせるように、第二試合が始まった。


「おお、我が妻アンハサ、頑張るのだぞ!」


 公爵魔族が応援すると、生徒会Aチームの三人は頭を下げて応答した。


 対するのは「シルビスと愉快な仲間たち」だが、公爵魔族が思わず「ほう」と感嘆の声を漏らすほど、アルダムからは覇気が漲っていた。


『魔族などという化け物の嫁にとられる可愛そうなアンハサ。人のいない魔界に連れて行かれる可愛そうなアンハサ。そんなアンハサに恋した君に頼みたい』

『実は彼女を魔族の手から救い出す方法があるのだよ。それは、予選試合を観覧しに来る公爵魔族の目の前で、彼女をボコボコにすることだ』

『魔族というのは完全実力至上主義らしく、弱い嫁に愛想を尽かして結婚をご破算にする可能性があるのだ』

『しかしアンハサはのんびりしているようで魔法はかなりの腕前だ。だが案ずるな。彼女と同じチームの私と副会長が上手く立ち回って彼女の邪魔をしてやろう』

『魔族が愛想つかして結婚を諦めてくれたら、私達が君とアンハサの仲を取り持とうではないか』


 アルダム、動きます!

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