第205話 アルダムのウザボーン!

 生徒会BチームVSシルビスと愉快な仲間たち。


 戦う前はシルビスが大きな胸を突き出しながら「余裕ww」とプギャッていたが、いざ戦闘開始するとそんな気持ちは吹っ飛んだ。


 熟練冒険者であり「サ・ウザー鳳凰拳」の一子相伝継承者でもあるアルダムが、実戦経験のない学生相手にまさか苦戦するとは。


「オラww」


 ジョゼはちょいと小突くような動きで「魔力の塊」を飛ばしてくる。その打ち出し方がウザいことこの上なく、まるでアルダムを小馬鹿にしているようにしか見えない。


「オラww」


 だが、技の繰り出し方はウザいが効果は抜群で、目に映らず感知することが難しい「魔力の塊」に当たると、魔力が弾けるその威力でアルダムは吹っ飛ばされた。


「オラww」


 ジョゼがニヤニヤしながら放つ無属性魔力攻撃オーラシューターは、おそらく本家本元のビランが放つものより格段に弱い。だが、アルダムを近付けさせることなく体力を削ぎ落としていくことには成功していた。


「オラww」

「くっそウゼぇ!」


 アルダムはどうにかして近付いてぶん殴ってやろうとしているのだが、ジョゼはひょーいと距離を開けてまた「オラww」と遠隔攻撃してくる。致命傷にはならない程度のダメージだが、それを繰り返しやられ続けると精神的なダメージが大きくなる。


「オラww わざわざタンクトップになって防御力減らすとかバカなのかい?」


 ジョゼは完全に調子に乗っている。


 その様子を観覧席で見守っていたジョゼの父親、ジョスター先生は頭を抱えていた。その隣に座ってるビランが「どうしたんですか」と尋ねても顔をひきつらせたままだ。


「実はうちの息子はああやって相手を怒らせて冷静さを失わせる作戦をしているつもりみたいなんですが……」

「が?」

「相手が怒ったら勝てるというわけじゃあないんですよ」

「確かにそれはそうですね。むしろ怒り狂った相手の行動は予測不能になりますからね。そもそも相手を怒らせる利点は『注意力散漫にさせて罠にかける時』くらいなんですよ。冷静である方が勝つなんてのは、そもそもの実力差があるから言えることです」


 冷静なビランの説明に頷きつつ、ジョスター先生は深いため息をつく。


「あれにちゃんとした師匠がいれば」


 チラッとビランを見るが、知らぬ存ぜぬの顔で隣りに座るイノリイ先生の腰を撫で回している。ビランにとっては筋肉教員と語るより美女の体に触れていることの方が大事なのだ。


「そう言えばうちの息子、ビラン先生の技を見様見真似で会得したって自慢してたんですが、そうなんですか?」

「はあ。なんか真似してますね」

「なにを真似ているのかはわかりませんが、素質の程は?」

「はあ。ですね」


 無属性魔力攻撃オーラシューターを真似るところまでは天才的だったが、それを技として昇華させるには修業が必要だ。ビランから見るとジョゼがやっていることは初歩の初歩であり技とは言えないのだ。


「息子はすぐ調子に乗って相手を怒らせすぎて、最後はボコボコにされるんですよ」


 父親の言葉通り、ついにアルダムが切れた。


「ウゼェェェェェェェ!!」


 アルダムが吠えると空気が振動し、近くで闘っていたシルビスとシーマ、そしてミラージョ風紀委員長とアンジェリーナ庶務は、その爆音で三半規管が狂わされて目眩を起こして尻餅をついてしまった。


「い、今のは!?」


 耳を抑えながらジョスター先生が質問すると、イノリイ先生の頭を抱きかかえて守ったビランは「単純に大声ですね」と応じる。


「アルダムは小柄だから舐められないように普段から声がでかいんですよ。ちなみに今のはあいつのですね」

「いまのが!?」


 イヤボーン現象とは、ピンチに陥った時に「イヤーッ!」と叫びながら力が覚醒して敵を「ボーン」と吹き飛ばすといういにしえから存在する超常現象で、特に稀人が引き起こしやすいと言われている。


 だが、今のはどちらかというとイヤボーンではなくウザい行為をされて切れた「ウザボーン」だろう。


「うーん。ジョゼのやつがまとっていた魔力は、今の大声で吹き飛ばされたみたいだな。まったく化け物かよ、あいつは」


 ビランはそこまで言うとイノリイ先生を抱きしめて「大丈夫でちゅか? びっくりちまちたね、よちよち」と赤ちゃん言葉で猫可愛がりを始めた。ジョスター先生もびっくりのデレデレっぷりだ。


「え、なに今の? え?」


 試合場でジョゼは焦っていた。


 その焦りは魔力のコントロールを鈍らせてしまい、拡散しないように体にまとうことができなくなっていた。


「テメェは俺を怒らせたァァァァ!」


 アルダムの体は筋肉が膨れ上がり、ぴっちりしたタンクトップはビリビリに破れ散る。


「な、なんだその体!? 膨張―――え、うしろ!!??」


 真正面で会話していたアルダムが、突然自分の背後にいたことでジョゼは青ざめた。


 サ・ウザー鳳凰拳の真髄は、動体視力とスピードにある。その速さはジョゼ程度の動体視力では捉えられなかったのだ。


「冗談だろ!!」


 不完全ながら魔力をまといながら逃げようとしたが、ジョゼの顔面にアルダムの拳がめり込んだ。


「退かせなーい!」

「うがっ!? ちょ、痛い! めっちゃ痛い! なんで魔力を貫通したんだよ!」


 ただ単に超スピードで殴りつけた拳が不完全な魔力の壁を吹き飛ばしただけだが、怒りに我を忘れたアルダムは問答無用で殴り続けた。


「ぶっ! やめ! 痛! ちょ、ま、まってくれ! あんたの方が強いと認めるッ!! 俺は降参するからもう……」

「媚びさせなーい!」

「ぶぼっ!?」


 アルダムはジョゼの鳩尾に爪先を食い込ませて宙に浮かせた。


 かつてアルダムを公開処刑しようとして返り討ちにあった者たちも「とんでもない庶民に喧嘩を売ってしまった」と後悔したが、ジョゼも胃の中のものを嘔吐しながら空中で「バカにしすぎた」と後悔した。


 だが、もう遅い。


「省みさせなーい!」


 アルダムは悪鬼の形相で空中にいるジョゼの髪の毛を掴み、地面にその顔面を叩きつけた。


 もはや拳法ではなくただの喧嘩技だが、サ・ウザー鳳凰拳の創始様が天使に教わった一子相伝の秘伝書にも書いている。「勝てばいい」と。


「……」

「……」


 地面に頭を埋められて沈黙してしまったジョゼと、悪鬼羅刹のような視線をこちらに向けてくるアルダムを見て、生徒会役員のミラージョ風紀委員長とアンジェリーナ庶務は硬直している。


「てめぇらの皿は何色だ!」


 アルダムは両手を広げて跳躍した。鳳凰拳の名が示すとおり、宙高く跳ぶその姿は怒り狂うフェニックスのようだった。


「あいつキレてる! このままだと膝の皿を抜かれるぞ!」

「二人とも逃げて! いいから逃げて!」


 なぜかシーマとルビスが生徒会の二人を逃がそうと声を張ったその時、跳んだアルダムは巨大な尻尾の一撃で地面に叩き落されていた。


「そこまで。一人戦闘不能になったので、シルビスと愉快な仲間たちの勝利とします」


 シャクティに宣言されて試合は終わった。


「副学院長。次の試合までにそのバカの治療お願いしますよ。やったのはあなたですからね!」


 シルビスは当然の要求をした。


「ええ、そうですね……」


 バツが悪そうに言うシャクティが尻尾を退けると、その下に潰されていたアルダムの両手足は、人間の可動域を越えた変な形に曲がって白目をむいていた。

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