アルダムの拳

第203話 アルダムのサ・ウザー鳳凰拳は無敵?

『連合国大統領杯:全国高等学校競技大会(略称:連高リーグ)』


 連合国内の内乱によって延期になったこの大会だが、中止されるわけではないので国内の高等学校は各々で選抜試合を行っていた。それはレッドヘルム学院でも例外ではない。


 普通クラスにいる一般生徒のアルダムはその選抜試合を順調に勝ち進んでいた。


 なんせ彼は実践経験豊富な三等級冒険者であり、【サの国】という名も知れぬ小さな国の出でありながら拳法家なら誰もが恐怖する『サ・ウザー鳳凰拳』の一子相伝継承者なのだから。


 この拳法の創始者は天使に格闘術の手ほどきを受け、それを拳法として一子相伝させた。その時の天使の名前がサ・ウザーの「ウザー」に残されていると聞いているが、アルダムの知る限り、ウザーという天使名は聞いたことがないので謎のままだ。


 謎といえば、一子相伝なので他の者が知り得ないはずのことをルイードが知っていた事についてだが、アルダムは「親分だからな」と完全にスルーした。ルイード相手に常識的な思考を持っていてはとても一緒にいられないと、身に染みてわかっているのだ。


 そのルイードが姿をくらませている間に海賊が攻めてきて、それを撃退して英雄となったビランは名家のお嬢様と婚約し、一味からの離脱を宣言した。


 長年共に馬鹿騒ぎしながら過ごしてきた仲間が離れるというのは寂しいもので、「童顔能天気」とシルビスに揶揄されるアルダムもさすがに「はぁ」と溜息が深い。


 鍛錬場の端に置かれた石造りのベンチに腰掛けて、やる気なさげに周りを見ると、学生たちが選抜に挑むために自主訓練している。


「セーシュンだなぁ」


 女生徒の腰つきを見てニヤニヤしていると、目の前に男が立ちふさがった。


「そろそろ相手してくれないかなぁ~?」


 ジョスター先生の息子で上流(貴族)クラスに所属しているジョゼがアルダムを睨む。


 ビランの弟子を気取って、見様見真似で無属性魔力攻撃オーラシューターを扱うジョゼが暴走しないように、アルダムがお目付け役になっているのだが、正直「なんで俺がガキの面倒を」というのがアルダムの心境である。


 レッドヘルム学院の高等部制服を着ていると本物の学生にしか見えない童顔だが、アルダムは二十の後半をすぎている立派な大人であり、この「学生ごっこ」にも飽きているところだ。


『冒険者ギルドの依頼で学内の揉め事を処理するために潜入したけど、吸血鬼ハイエルフのレッドヘルム一族は夜学に通っていて問題ないし、貴族と平民のいざこざなんて取るに足らない日常茶飯事だし、もう任務完了じゃねぇの?』


 鍛錬場の端っこに座り、ジョゼの「コォォォ」を横目に空を見上げていると、エルフの王太子ディーゴが鍛錬場に現れた。


「まったく。ディーノとディーゴを間違えるんなんて」

「ち、違うんだ! ほんの些細な間違いなんだよ!」


 どうやらディーゴはご立腹のようで、追いすがるように生徒会長や女性生徒会役員たちがその周りでおろおろしている。


『なにやってんだあいつら』


 ディーゴの言葉尻からして、内乱の下手人であるディーノ・シルバーファングと名前が似ていることで何かあったのだろうが、アルダムは関わらないように遠目で見守る。


『あいつの本当の名前はディーゴ・エルフ・バルニバービ・レミュエル。エルフの国の王太子で次期エルフ王だったっけな』


 その正体を秘匿して留学に来たはずなのに、女性ばかりの生徒会からは狩猟民族の目で見られている哀れな王子様を見て、アルダムは思わず苦笑する。


『全員喰っちまえばいいのに』


 生徒会の女生徒たちは才色兼備の美女ばかりだ。イケメン三人衆タマ金トリオで一番の女好きであるアルダムなら、全員と寝て官能の世界を堪能するところだが、王太子の立場ではそうもいかないのだろう。


「アルダム、そろそろ手合わせしてくれねぇか?」


 ジョゼが分厚い筋肉で太くなった腕をまくる。学生らしくないその体は、父親であるジョスターと共に日夜作り上げているらしい。


「そんなに連高リーグ出たいのかよ」

「出たいねッ!」


 ジョゼはバァァァンと擬音が付きそうなポーズをしてアルダムを指差した。


「人様を指差すなって親に習わなかったのかよ」


 アルダムはその指先をゴキリと折り曲げてジョゼに悲鳴を吐かせると、よいしょと立ち上がった。


「ビランの技はよく知ってるが、お前のは。まず俺の拳法を見てよく学べ、ガキンチョ」


 だがアルダムの使うサ・ウザー鳳凰拳は訓練に最も向かない拳法だ。


 なんせ防御に置いては殆ど型というものが存在せず「攻撃あるのみ!」という頭の悪い拳法なのだ。これを教えた天使がどれほど適当だったのかという話だ。


 しかし奇跡的にジョゼは天才的な才能を有していたらしく、サ・ウザー鳳凰拳を見様見真似で会得しつつあった。


『あれ。これって一子相伝だから教えちゃいけないんだっけ? いやいや、お師様は何人も弟子がいて、その中から俺が選ばれて秘伝書を渡されたわけだし、奥義以外を教えるのはいいんだよな。多分』


「やあアルダム」


 ベンチに座るアルダムのもとにやってきたのは、体操服姿のジョージ・ベラトリクスと【ただの稀人】【神竜代行】【田舎者】の四人だ。


「おう、ジョォォォジィィィィ」

「そ、その排水口の中から見られている感じの呼び方、怖いからやめてほしいんだが」


 かつてアルダムを公開処刑しようとして反撃食らったジョージ・ベラトリクスとその取り巻き達だが、今ではよく喋る友達だ。


 彼らはレッドヘルム一族と会合してからというもの、人が変わったように善良になった。(特に将来のジョージは吸血鬼ハイエルフを「人間」の一種族だと世界に認めさせて歴史書に名を残す英雄だし、他の三人も銅像が立つくらいの活躍をする)


「んー? あんたらも選抜に出てるのか?」


 ジョージは家柄的に、他の三人はそもそもの素性的に、それぞれが「連高リーグで戦うには問題がある」と見做されて選抜試合には出ていないはずだ。


「出ないが、自己鍛錬は常にやっているんだよ。貴族の嗜みさ」

「わざわざここでやんなくてもよくね?」

「ハハハ、周りに覇気があるほうがやる気が出るからね」


 ジョージたちは手を振りながら鍛錬場に設けられた「アモスフィットネスジム・レッドヘルム学院支店」に向かう。さすが元々はお貴族様の学院なだけあって、こういう流行りものを取り入れる行動力は早く、設備は本店に負けず劣らず充実している。


「アルダム、手合わせしようぜぇ~」


 ジョゼが手招きする。


「もう極めちゃったもんねぇー、お前の拳法」

「ほう?」


 アルダムはシュタっと立ち上がった。


「俺の拳の何を極めたのか、見せてもらおうじゃないか」


 制服の上着を脱いでタンクトップ姿になったアルダムは、フハハハと笑いながら跳び上がった。


「死ね下郎!」

「殺人を示唆しないように」


 長い尻尾がアルダムの足に巻き付いて地面に叩き落される。もちろん落としたのは副学院長のシャクティだ。


 鍛錬場の生徒たちが一斉に動きを止めて頭を下げる中、地面に叩き落としたアルダムを大きな下半身の下敷きにしながら鍛錬場の中心に進み出たシャクティは、高らかに宣言した。


「これより選抜試合本戦を開始いたします!」

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