第202話 ウザ教師ビランは春の到来と別れを告げる

 俺の名はビラン。

 春は別れと出会いの季節。

 そろそろ自分自身の人生を歩むべきだと考えている男。




「はぁ? ルイード一味を抜けるぅぅぅ?」


 俺の言葉でシルビスの姉御がこれほど声を張ったことがあっただろうか。いや、ない。


「ちょっと大統領から表彰されたからって調子に乗ってんじゃない!? コロシアムじゃ裸になって飛び跳ねただけのクソ雑魚! 玉袋右曲がり野郎! 足の指の間クサ太郎!」

「ウザ絡みっていうか悪口だよね、それ」


 どうして姉御が俺の足の指の間の匂いを知っているのか。


「おいおいビラン。マジで言ってんのか?」


 ガラバはいつも握っているシーマの手を離し、驚いた顔のまま俺の肩を掴んだ。常に彼女とくっついてないと死ぬ病気かと思ったらそうではないらしい。


「なあビラン。長いこと一緒にやってきた俺たちと別れて、この国に骨を埋めるってのか?」

「ああ、そうだ。俺は定職につく」


 シャクティさんの口利きで正式な教員免許を取ることが出来るし、大統領に表彰されたので保護者受けも良くなったため、レッドヘルム学院に正式就職することもできる。


「学院で冒険者の経験を活かして戦闘教官になるつもりだ」


 そして俺は傍らにいるイノリイの肩を引き寄せた。


「彼女とした」


 突然の報告にシルビスの姉御、ガラバ、シーマ、アルダムは声をなくしている。いい。いいよ。その顔が見たかった! 俺が連れてきたイノリイ先生を見た一同は「また遊んでる女か」くらいにしか思っていなかっただろうが、今回はガチなのだ。


 彼女は由緒正しきシルバーファング家の淑女だし、レッドヘルム学院高等部の保健の先生だ。家柄的にも職場環境的にも遊びで付き合える女性ではないことを、この連中はわかっていなかった(言ってもいない)。ザマァ見ろ。俺は幸せを手に入れたぞ!


 シルバーファング家は大統領を含めた全員が俺とイノリイ先生の婚約を歓迎してくれた。


 平民で根無し草の冒険者と、名家とは言え末席のイノリイがどうなろうと関係ないというのが本心だろうが、「家名に泥を塗ったディーノを捕まえてくれた英雄」という実績は大きかったということだろう。


「婚約……。え、まさか姉御と同じノーム種の女と……マジか」


 いつも姉御を見ているだけにノーム種の女性に幻滅している俺たちだから出る言葉だが、それを言ったガラバは姉御からグレートホーンを食らって宙に吹っ飛んでいる。


「おめでとう!!!」


 俺を含めた全員がびくっとした。誰よりも大声で祝福してくれたのは、なんとシーマだった。


「いつ結婚するかという話になると逃げるうわつらな男と違って潔い! さすがビランだ! いい男と婚約されましたね、イノリイ嬢!」


 シーマはイノリイの手を取ってブンブン振るように握手する。あ、地味にガラバがダメージを受けてるな。


「そうか、お前は結婚する話から逃げてたのか。いつもあんなにイチャついてるのに、倦怠期か?」

「い、いや、そういうわけじゃねぇんだが……。まぁ、今日は俺たちのことは置いといてビランを祝おうじゃないか、な? アルダム」

「は? 勝手に抜ければ?」


 アルダムは不貞腐れていた。


「大規模テロ行為を食い止め? 連高リーグ教員の部でなし崩し的に表彰され? こんな美人巨乳の嫁さん見つけて? 定職にも就けて? だから冒険者なんてやってられねぇってかこの裏切り者! ガラバと違ってお前はち◯ち◯でモノを考えないクールなやつだと思っていたのに!」


 アルダムが反抗期の子供みたいに噛み付いてくる。ち◯ち◯でモノを考えていると言われたガラバは、シーマに向かって首を横に振っているが、さっきから流れ弾でガラバが死にそうだ。


「それにしてもさぁイノリイさん? あなた、ほんとにこの前髪びろーんと婚約していいの?」


 シルビスの姉御は続けて「脅されてない? 貞操を奪われたから嫌々ながらに、とかじゃない?」としつこくウザ絡みしているが、はそれらをすべて「うふふ」と笑ってスルーする。この「ゆるふわほのぼのそよ風系」の防御力の高さが婚約に至った決め手だ。


まだ体の関係はありませんのよ」

「嘘だッ!」


 シルビスの姉御はナタでも振り恐ろしそうな顔で俺を睨んだ。


「口調まで感染うつってる! 絶対したでしょ!」

「うふふ」


 姉御、その程度ではイノリイの防御力を崩せないぜ。


 ちなみに何度となく婚前交渉を持ちかけている俺も、彼女の防御力を突破できていない。結婚するなら体の相性は大事だと思うんだが?


「はぁ、イケメン三人衆はトリオからコンビになるのか……」


 ガラバが唸る。さっきから唸ってばかりだな。


「てか、あんたらはアイドル冒険者のときって、なんてグループ名だったわけ?」


 姉御の言葉に、俺とガラバとアルダムの顔から同時に血の気が引いた。それは墓の中まで持っていくネタだからだ。


「あら、ご存知なかったのですか?」


 イノリイがきょとんとした顔でぶっこんできた。


「アンメデン先生が昔ファンだったそうで、伺いましたのよ」

「うおおおおおおお!」


 俺は彼女の口を塞ごうと飛びかかったが、シーマに防がれてしまった。


「タマ金トリオ、ですわ」


 ポッと頬を赤らめるイノリイは可愛いが、グループ名を聞いてしまったシーマと姉御は時間が止まったかのように動かなくなった。


 ですよね! 売れるわけ無いですよね! オータムのクソ野郎が命名したその名前、アイドルにふさわしくないですよね!


「ぷ……ぷぎゃーwwwwwww」


 シルビスの姉御は俺たちを指差して涙を流しながら大笑いし始めた。


「タマ金wwww! ギャハハハハハハハハハハ!! 誰がタで誰がマで誰が金なのwwwww なんでそんな名前wwwwww やばいやばい! いるだけで公序良俗乱してる感じがやばいwwwwwww てかクソ雑魚感がやばい! アイドル冒険者の名前って『爆弾青年隊』とか『衆道マン』とかの変なのが多かったけど、あんたらのが一番やばいwwww!!」


 死にたい。アイドル冒険者を辞めた後も言われ続けるなんて、オータムのネーミングセンスの悪さを一生恨みたい。


アンメデン先生に聞かずとも、婚約するにあたってシルバーファング家はビランさんのことは全部調査しておりますの」

「聞かせて!」


 姉御が新たなイジりネタを求めてイノリイに食いつくと、ゆるふわおっとり口調でベラベラと話を始めた。


「実はビランさんがただの冒険者なら婚約出来なかったのです。しかしビランさんはビー大公国の公太子だったので、シルバーファング家は婚約を認めたのですわ」

「……え」


 姉御の眼差しが驚愕で見開かれ、すごい顔で俺を見ている。その背後に『なぜ言わなかった』という文字が浮かんでいるように見える。玉の輿狙ってたからなこの人。


「い、いや、西にあるド田舎の小さな国だから……」

「あらご謙遜を。ビー大公国は独立自治権を持つちゃんとした国ですし、自国の産業も安定しておりますわ」


 姉御が目を見開いている。怖い。


「そ、それに俺は家を飛び出してるから継承権は……」

「あらあら。今もビランさんが王位継承者のままですよ? 国元に問い合わせたのですが、他の御兄弟達は政権争いで疲弊してとても国務を担えない状態なので、早く戻ってきて欲しそうでしたわ。あ、問い合わせに答えていただけたのはビー大公ご本人です。学院の教師として数年働いたら戻ってくるように、と仰られておりましたわ。私、王妃になるのですね? どうしましょう、王妃教育なんて受けておりませんのに」


 あははうふふとなっているイノリイの笑顔に俺はゾッとした。


 彼女は俺のことを調べあげた上で婚約を承知したんじゃないだろうか。だとしたら―――かなりだ。だが、これほど手回しがいい女性なら、安心して王妃として迎えられるような気がする。


 俺の冒険はここまでだ。

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