第201話 ウザ教師ビランは表彰される

 ディーノ・シルバーファング将軍は愉悦の表情で海賊船団を待っていた。


 海賊船に取り付けた飛空石はその呪文一つで力を失い、飛んでいる海賊船はすべて墜落する。あとは運良く生き残った海賊共を将軍指揮下の騎士たちに殲滅させながら、大声で言わせるのだ。


 空飛ぶ敵はディーノ将軍が倒した、と。


「シルバーファング家による統治の礎となれるのだから光栄に思えよ海賊共。さぁ、早くこい!」


 海賊船上で大暴露大会が繰り広げられていることも知らず、黒幕であるディーノ将軍は頃合いを見計らっていた。


 だが、海賊船団はなかなか来ない。


「どういうことだ―――ん?」


 目の前の空間に黒い渦のような紋様が生まれ、そこから蛇人種ナーガの美女が生み出された。それに続いて何人もの近衛騎士や黒いローブで全身を覆った者たちが現れて、最後に連合国大統領も出てきた。


「大統領!? どうして前線に!」

「戦争ごっこは終わりだディーノ」


 シルバーファング家の筆頭にして、ディーノ将軍にとっては倒すべき政敵でもある大統領は、厳しい表情で彼を睨みつけた。


「ごっこ、とは?」

「貴様が海賊を煽って国を攻撃したことは調べがついているということだ。シルバーファングの家名を汚す愚か者が」

「何をバカな」

「シャクティ様、この愚か者にお見せください」

「御意に」


 大統領に促されたシャクティは、空中に映像を浮かべた。


 そこには海賊船のマストからぶら下げられた挙げ句、顔面に股間を押し付けられて泡を吹いているオータムとムサカの姿があった。もちろん股間を押し付けて雄叫びを上げている奇っ怪な変人は、シャクティの狂戦士化魔法を受けて狂気に陥っているビランだ。


「彼らはすべて白状しました」


 映像の向こうでシヴァ先生が語る。


「彼は大統領直下の諜報員でね。予てから内乱の計画を企てていた貴様を探っていたのだよ、ディーノ」

「……なんのことかわかりませんな」

「まだとぼけるつもりか?」

「私は確かに彼らを食客として国に招きましたが、冤罪で捕まったという彼らの言を信じてのこと。しかもオータム元男爵はアイドル貴族という一世を風靡する企画を持ち込んでくれましたし、ムサカ殿も古代エルフの超技術の提供を……」

「だからなんだというのだ」

「は?」

「オータムの伝手で海賊を集め、ムサカの技術で海賊船を浮かべ、それらを殲滅して自分の手柄とする茶番劇のあとに、政権を奪い、自分の王国を築こうという魂胆であったか」

「そんな世迷い言を……」

「お願いできるか」


 大統領が促すと、今度は黒いローブを着た集団が前に出てきた。


「!?」


 ローブのフードの下にあるのは真っ赤な瞳―――レッドヘルム一族、つまり吸血鬼ハイエルフたちだ。


「真実を話せ」


 レッドヘルム当主の美女カミラが言うと、ディーノはその瞳に吸い込まれたかのように無気力になり、ぺらぺらと計画のすべてを語りはじめた。吸血鬼の持つ魅了の魔眼に心奪われてしまった者は、操り人形のように言うことを聞いてしまうのだ。


『ああ! なぜ話してしまうんだ!? いやだ、やめろ! 喋らせるな!! 下賤な吸血鬼どもめ!!』


 そう思いながらもディーノは心地よく今回協力した政治家や貴族の名前も挙げ連ねて言った。




 □□□□□




 それからというもの、大陸全土で「連合国転覆を狙ったテロ行為」について様々な情報が飛び交ったが、その結末はあっさりしたものだった。


 集められた十数万もの海賊たちは連合国西にある中規模の孤島に幽閉された。


 そこは檻のない監獄のようなもので、レッドヘルム一族の協力で強力な結界に覆われた島は、中から出ることはもとより外から入ることも難しく、海賊たちはその中の小さな世界で命を育んでいくしかなかった。


 数少なかった女海賊たちはゆくゆく島の支配者となり、男たちを従える「女帝」として君臨し続けることになるのだが、それは余談だろう。


 オータム元男爵は帝国に連れ戻されはしたが、以前のように幽閉されて子作りに専念する種馬生活に戻ることは出来なかった。


 理由は「犯罪者の汚れた種で子孫を作られても迷惑だ」というもので、血統を重んじる帝国ならではの「実益よりプライド」という思想だった。


 オータムはそれからの一生を大陸北の年中凍えている最果ての監獄で過ごすことになるのだが、獄中でも「プリズンアイドルはどうだろうか」と新しい企画を考えているようで、意外としぶとかった。


 ムサカ・エルフ・バルニバービ・レミュエルはエルフの国に連れ戻されはしたが、二度と脱獄できないように現王ヒューゴからエルフとしては最大の刑罰を課せられた。


「カーボン凍結の刑に処す」


 ムサカは泣き喚いたが、刑は即日執行された。


 カーボン凍結とは高圧ガスなどの不安定な物質を閉じ込めるエルフの工業テクノロジーで、本来は生き物に対して使用するものではない。


 ムサカは石板のように凍結された後、空中宮殿の中央広場に置かれ「愚か者、ここに眠る」と烙印を押された。蘇ることはなさそうだが、技術者の説によると凍結されている間も意識はあるらしく、ムサカは永遠の時間を石板として過ごすのかもしれない。


 そして今回の黒幕であるディーノ将軍の処分だが、連合国には死刑制度がないため、最大級の刑罰でも無期懲役となる。


 だが、ディーノの出自や協力者の多さから脱獄もあり得ると判断した連合国議会は、レッドヘルム一族の強力を仰ぎ、学院地下に作られた閉鎖空間に類する物を獄中に作り、そこに彼を幽閉した。




 □□□□□




 俺の名はビラン。

 連合国民から「熱い玉袋で戦争を止めた男=熱玉男」という新たな二つ名を与えられた男。もう王国に帰りたい。




 今回の騒動を収めた立役者である教師陣は、最強教職員決定戦の場であるコロシアムにおいて、大統領直々に表彰された。


「君たちこそが連合国教職員の鑑、最強教職員である!」


 大統領が金獅子章を先生方の胸元につけていく。


 ダイゴーイン先生はその巨漢と眉毛に反比例する乙女なので、相手が大統領であれ、胸元を触られるのを恥ずかしがっている。巨人種の観客たちからは「萌えー萌えー!」とコールされているので、見る人が見ると人気なのだろう。


 ジョスター先生は観客席にいる息子のジョゼにVサインしながら勲章を着けられているが、服を貫通して勲章の針が筋肉を刺していることには気が付いていないらしい。ジャケットに血が滲み出して大統領が慌てているが、きっと彼は気にしないだろう。


 歩く鋼鉄の処女アイアンメイデンと呼ばれていたアンメデン先生は「私なにかしたっけ」と言っていたし、それは俺が聞きたいくらいだが、とにかく表彰されている。


 大統領に「金一封とかないですか? アイドル貴族のツアーが始まるので物入りでして」と耳打ちするのを忘れないたくましさは好感が持てる。


 保険室のイノリイ先生も表彰されているが表情は暗い。なんせ腹違いの兄が黒幕だったのだから。


 だが、シルバーファング家筆頭でもある大統領から「気にすることはない」と再三言われたおかげで、少しは笑えるようになったらしい。


「あの大統領、いつまで勲章つけようとしてるんですか」

「いやぁ、なかなかピンが刺さらなくてねぇ。イノリイちゃんの胸が大きくてウヘウヘウヘ」


 拡声魔法が入っていないのをいいことに親戚にセクハラするこの大統領。俺が連合国民なら絶対投票しないぞこんちくしょうめ。


 次はストーンウォール女学園に雇われた冒険者のアンノ=ウンだが、大統領の前なので流石に大角鹿の被り物を脱いで、上半身には服を着ている。


「冒険者としての等級を上げることは元より、報酬も上乗せ。さらに君が望むのなら正式にストーンウォール女学園の戦闘教官として採用する道もあるが、どうだね」


 大統領に耳打ちされて困っているようだが、別に悪い話ではない。危険を伴わず地に足つけて生活できるようになることは、すべての冒険者の希望でもあるからな。


 次はシルバーファング学園のバイン・オリオン準男爵だが、大統領は「子爵にしよか?」と親戚の叔父ちゃんが甥っ子に飴を与えるような感じで言われ、泣き出してしまった。


 一つ爵位が上がるだけでも凄いことだが、一般的には「貴族とは認められない」と言われてバカにされる準男爵から、ちゃんとした貴族である子爵になれるのは、彼にとってこの上ない喜びだったと推察する。まぁ、俺は貴族に興味ないんでわからないんだが。


 そして魔法家高校所属の元一等級冒険者シヴァは【連合国のオニイサマ】として観客から大人気だ。大統領直属の諜報員だったことは伏せられているので、あくまでも「教師」として表彰されている。


 最後は俺。


「え、なんで服着てるの?」


 ぶっ飛ばすぞって言いそうになったが、俺は顔を引きつらせながらも曖昧に笑うだけに留めた。


「君のおかげで肉体美がもてはやされてアモスフィットネスジムが我が国でも大流行だよ。あれだよね、フォーって腰をカクカクするんだよね?」

「なんか違うもののような気がしますが、さっさと勲章着けてくれませんかね」


 俺の後ろでシャクティさんがガラガラヘビみたいな警戒音を出したので、それ以上の事は言わないでおこう……。

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