第200話 ウザ教師ビランと海賊たち

 俺の名はビラン。

 青い空。

 白い雲。

 山頂の揺蕩たゆたう風を頬に受けながら、右半身は石の中に埋まっている男。




「うそだろ」


 どうやら俺は転移に失敗したらしく、体の右半分は岩石の中に埋もれ身動きが取れない。どうして岩石と一体化しているのに生きていられるのかわからない。


 ……てか、そんなことより、俺の目の前にオータムとムサカの二人がいて、アホを見つけたようなジト目でこちらを見ていることの方が問題だ。


「貴様、ビランか?」


 オータム元男爵は目を細めながら近寄ってきた。


 否定して顔を背けたいが、顔半分は石の中なので首は動かないわ声は出せないわ! なんだこれ最悪じゃないか!


「どうしてこの場所がわかった? どうやってここまできた?」


 ぬおおおう! 石の中にいるから大股で近寄ってくるオータムから逃げられない!!


 オータムは俺の髪を掴んで引っ張った。反対の手には抜いた短刀の刃が光っている。


 くそっ、こんなやつでも今の俺なら秒で殺せるんだなと思うと、刺される前に悔しさで死んでしまいそうだ!


「おそらく転移魔法で座標の指定が甘かったのでしょうな」


 エルフのムサカはニヤニヤしながら俺の前に立つとズボンのチャックを下ろした。


「身動き取れまい? オータム殿もいかがかな?」

「くははは! これはおもしろい!」


 オータムとムサカはあろうことか俺めがけて放尿しやがった! うわっ、生暖かい! しかもこいつらは酒を飲んだ後なのか、尿がめちゃくちゃ臭い!! こんな屈辱は―――他の先生達が晴らしてくれる!


「「!!」」


 突然現れた教師陣を見て放尿中の二人は慌てふためく。


「! 貴様ァー! なにをしている、このションベン垂れのビチゲスカスの仮性包茎どもがッ!」


 筋肉美のジョスター先生(子持ち)はオータムたちの心を抉る暴言を吐きながら殴りかかってきた。


 彼の拳で殴ればオータムくらいなら一発で眼球飛び出すんじゃないかと思ったが、ムサカが作った魔法障壁で止められてしまった。


「なんだぁ、貴様らは」


 ムサカは魔法防壁に絶対の自信を持っているらしく、余裕の笑みを浮かべながらズボンのジッパーを上げた。


「それでもッ! 殴るのをやめないッ!」


 ジョスター先生は無心に魔法防壁を殴り続けるがビクともしない。


 続けて巨人種ティタンのダイゴーイン先生が、女性とは思えない眉毛と怪力で魔法障壁を殴るが、それも通用しない。


 おいいい! お前らバカ! バカなのか!


 魔法障壁は目に見えない板を目の前に置かれたようなものだ。つまり、横に回り込めば障壁はない! なのに馬鹿正直に真正面から殴り続けてどうするんだ! ああ半分石の中にいて声が出せないのがツライ!!


 その脳筋教師二人の代わりに、ストーンウォール女学園の大角鹿アンノ=ウンと、シルバーファング学園のバイン・オリオン準男爵、そして魔法家高校の【連合国のオニイサマ】シヴァ先生が魔法障壁を避けて前に出てくる。彼らは賢い!


「ふん。前に出てきたことを後悔するがいい」


 きゅば!と音がして、ムサカは生体装甲を身にまとった。そして数秒後、教師陣は岩山の上に倒れ伏していた。


 あっという間だと……。


 保険室のイノリイ先生が慌てて倒れた先生たちのもとに駆け寄り治癒の魔法を行使しているが、そのイノリイ先生を見てオータムは舌なめずりしている。


 ―――やばい。あのデブはイノリイ先生が持つノーム種特有のたわわな胸を見ると、バチコンバチコン叩くのが大好きな変態なんだ!


「あなたたち、なんてことをするの!!」


 なんの役に立つのかわからないでやってきた「歩く鋼鉄の処女アイアンメイデン」のアンメデン先生がツンとした顔で説教を始めた。


 ―――やばい。あのデブはアンメデン先生のような気の強そうな女を見ると、無理やり服従させることが大好きな変態なんだ!


「……ビ、ビラン先生」


 倒されたシヴァ先生が掠れた声を出して銃を俺に向けた。


「こ、これは……受付統括に込めてもらった古代の魔法……最後の切り札……です。受け取って……くだ……さい!」


 なに? 何をするつもりだ?


狂戦士化魔法終わらないベルセルク付与発動」


 シヴァ先生は銃口を俺に向けて引き金を引いた。ちょっとまってくれ、その魔法名には聞いた覚えがあ……フォォォォ!!




 □□□□□




 ウッフィー海賊団を中心に大陸全土から集まってきた海の荒くれ者達は、空飛ぶ自分たちの無敵さに酔いしれていた。


 地上のあちこちから奪ってきた食料や金銀財宝、そして女達にまみれ、空の上で行われる酒池肉林は格別なものだった。


「団長、そろそろオータム様とムサカ様が合流する予定の岩山ですぜ」


 骨付き肉を頬張る海賊に言われ、ウッフィー団長は「おう」と返した。


「あのお二人は空を飛んでという約束だ。お、きなすった」


 だが、空飛ぶ船に乗り込んできたのは想定外の男―――ビランだった。


「なんだこいつ!?」

「ど、どうやって飛んでる船に乗ってきたんだ!」

「てか、なんだこいつの動き、キモい!」


 酒と肉にまみれた海賊たちは侵入者の登場に唖然としている。そんな海賊たちに捕まって二十四時間耐久人狼ゲームをさせられて疲弊していた女達も「キャー!」と黄色い悲鳴を上げてビランを見る。


 ほぼ全裸になったビランは、パンツを限界までくいこませた股間をクイクイ動かして「上を見ろ」と示した。


 全員の視線がマストの上に向くと、そこにはにされたオータムとムサカが吊り下げられ、シヴァが静かに佇んでいた。


 シャクティ直伝の強烈な付与魔法は、半身を石の中に閉じ込められたビランを謎パワーで開放した。


 そしてビランはオータムはもちろんのこと生体装甲をまとったムサカに対しても精神的なダメージを負わせる攻撃を繰り出し、二人はの状態で捕縛されたのだ。


 あとはシヴァ先生が「目に見える場所に移動する近距離転移魔法」を使って、二人だけ船の上に移動してきた。


 すべては海賊たちの侵攻を止めるために。


「このまま進んでも貴様たちは捨て駒にされるだけだ」


 シヴァ先生の言葉に海賊たちは狼狽える。


「こいつらに確認したが、貴様たちはディーノ将軍に倒されるための噛ませ犬だ。首都に近づけば飛空石を破壊する魔法の言葉を使い、地面に落とす計画らしい」

「な、なにぃ!?」

「大人しく自分に捕まった方が生きながらえると思うが? それが嫌ならそこの変態と戦うか、それとも将軍の捨て駒にされるか、どちらか選べ」


 ズンタタズンタとビランが腰を振りながらタイムリミットを知らせる。


 当の本人に意識があれば舌を噛み切って死にたいところだろうが、シャクティの強化魔法で狂戦士化されているので一切記憶がないのは救いだろう。


「そ、それを信用しろってのか!? だったらどうしてオータム殿やムサカ殿は俺達と合流する予定だったんだよ! 船が落とされるのがわかってるのにわざわざ合流しねぇだろ!」

「そうだそうだ!」

「嘘こくでねぇだ!」


 海賊たちの猛抗議にもシヴァ先生は眉一つ動かさない。その代わりにオータムの横っ面を平手打ちして「言え」と冷たく命令する。【連合国のオニイサマ】のドSプレイに、オータムは高揚した顔で何度も頷く。


「デ、ディーノ将軍が地上で魔法の呪文を言っても上空まで声は届かないんです! だから我々が上でこの声を増幅させないといけなくて。そ、それに我々はムサカ殿の生体装甲で自由に空を飛べるので海賊共と心中することはないし……」


 正直にべらべら喋ったオータムに大してシヴァ先生は「よく言えた」と微笑み、ビランを手招きした。


 マストに股間を擦り付けるような尺取虫のような動きでよじ登ってくるビランは、シヴァ先生に「オータムに褒美を」と言われるや、股間をズンズン近づけていく。


「そ、そんな……や、やめ! おほぉぉぉぉぉ!!」




 □□□□□




 岩山の上で待機している教師陣。


 イノリイは治癒魔法を使って活躍していたので多少疲れている様子だ。


「大丈夫ですか、イノリイ先生」


 ジョスターとアンメデンが心配して顔を覗き込むと、イノリイははにかむような笑みを浮かべて応じた。


 彼女が疲れているように見えるのは魔力を消費したからではない。オータムとムサカの口から、今回の黒幕が自分の兄であるディーノ将軍だと聞かされたからだ。


 いくら将軍とは異母兄妹で種族も異なる上に、末も末の子供なので恩恵に預かれずに成人すると同時に家を出されたとは言え、イノリイ自身もシルバーファング家の一人だ。


 自分を可愛がってくれていた兄がこんな大それた計画を練っていたかと思うと悲しくなり、それをビラン先生たちに防がれた後のシルバーファング家がどうなるのかを考えたら、楽しい顔はできなかった。


「貴女が思い悩む必要はないでしょう」


 その様子を伺ってシルバーファング学園のバイン・オリオン準男爵がフォローする。彼もまたシルバーファング家に連なる分家筋なので、無関係ではないのだ。


「此度の騒乱はすべてディーノ将軍の独断。家は関係ないことです」

「そう言いますが……。私、ビラン先生に嫌われてします」

「は? あの変態ですか?」


 バイン準男爵は驚いたのと同時に「これは予想外の方向に話が転がった」と焦り、助け舟を求めた。


 しかしジョスターとアンメデンはスッとイノリイから離れて聞こえていないふりをしているし、巨人種ティタンのダイゴーインなどは端から聞いていないようで、岩場の上で器用に紙を折って遊んでいる。


「!」


 バイン準男爵は、大角鹿をかぶった冒険者のアンノ=ウンに「助けて!」と目線を送るが、謎の敬礼をして去ってしまった。


「同族のよしみで聞いてくださいバイン様」

「は、はい」

「ビラン先生がいかに素晴らしいのかを」

「え、えぇ……」

「まずあの熱い股間の膨らみがセクシーすぎて、わたし、自分のつのから潮を吹きそうになりましたの」

「誰か! この保健教諭をどうにかしてくれ! 教育に悪すぎる!!」


 バイン準男爵の叫びが岩山にこだましていたその頃、首都ではディーノ将軍が魔法の言葉を使おうとしていた。

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