第199話 ウザ教師ビランは石の中にいく?

 俺の名はビラン。

 七回転んだら八回起き上がるという意味が今もわからない男。七回も転んだのにちゃんと七回とも起き上がれただけで十分偉いだろ。




 教師陣によるオータムとムサカの追跡と捕縛……。冒険者ギルドの依頼を受けるメンバー構成じゃないと思うが、深く考えないことにした。


 リーダーに任命されてしまった俺は、まずやつらを追跡する方法を思案した。時間はないので地道に聞き込みをする余裕はない。さて、どうしたものか。そうだ、困った時はオニイサマだ。


「シヴァ先生、決勝戦で見せたあの映像みたいなやつで主犯の行き先を映せないかな?」

「望遠は可能ですが、見えない場所を映すことは出来ません」

「ああ、それなら―――」


 シャクティさんが手を振ると空中に映像が映し出された。先程飛空船団を映し出したのと同じ方法のようだが、ここではない場所を映し出す魔法とは素晴らしい。女湯覗き放題ではないか。


「彼らは首都南の岩山の上にいるようです。おそらくそこで海賊たちと合流するつもりでしょうね」


 一番の懸念はあっさり解決したがまだ問題はある。その岩山は首都から馬を潰す勢いで飛ばしても半日以上かかる場所だし、やつらが余裕ぶっこいて寝そべっているのは岩山の頂上だ。大して標高は高くないが、頂上まで行くには半日かかるだろうし、俺達が登っている間に飛んで逃げられたら無駄足になるだけだ。


 どうやって奴らを捕まえるか……。


「ビラン先生、こちらに」


 シャクティさんは空中に黒い渦を生み出していた。


「なんですかそれ」

「転移魔法です。指定した座標まで移動できます」

「そ、それは黒魔法の最高階位魔法じゃないですか!」


 なんだかこの人のやることを見ていると、その奇想天外非常識っぷりがルイードの親分とかぶるのは気のせいだろうか。


「みなさんを転移させます。事態は急を要するのですから特別ですよ? さあ、急いで。リーダーのあなたから」


 俺はシャクティさんの蛇尻尾で背中を押され、渦の中に半身突っ込んだ。


「ちなみに失敗したら岩山の中に転移することになりますが」

「言うのが遅い!!」


 俺は渦の中に落ちた。




 □□□□□





 空を埋め尽くす飛空船の数を見て恐れの声を上げる連合国兵士たち。その指揮を執っているのはディーノ・シルバーファング将軍だ。


 なぜ連合国はこれほどの大軍が襲来するのを事前察知できなかったのか。


 ビランでさえ仲間内でギョウザパーティーしている時に、王国王妃からの機密文書の内容を聞かされていた。それを連合国が知らないわけがないのだ。


 その答えは単純で、王国から通達は来ていたが連合国の足並みが揃わず迎撃できなかったのだ。


 連合国の議会制民主主義は、与党と野党が喧々諤々やりあって何をするのか決める。王国や帝国のように王妃や帝王が「やれ」と言ったらやるというノリではないのだ。


 しかし例え足並みが揃っていたとしても、空飛ぶ海賊船を迎撃出来たのかと言われたら「無理だ」という回答になるだろう。


 この時代において(エルフの国は別格としても)連合国は自由商売によって、他国より数世紀は先を征く技術を持っている。だが、そんな連合国ですら対空迎撃兵器は少なく、精度も射程距離も悪い。とても数百もの飛空船を防げるものではないのだ。


 圧倒的不利な防衛戦は大方の予想通り、上空から落とされる爆弾や弓矢の雨によって、連合国側が一方的に攻撃された。


 次々に倒される部下たちを見てディーノ・シルバーファング将軍は顔を覆う兜の下で笑っていた。


『いいぞ、もっと暴れろ。連合国軍が結集しても勝てないと思わせろ』




 ―――ここから時間を遡り、とある離島にある【ウッフィー海賊団】の秘密基地にて。


 この海賊団はかつてオータム男爵がパトロンとなり、海運物資の略奪や人の奴隷化、またはオータムの政敵や邪魔者の始末、使い物にならなくなったアイドルの卸先として重用していた。


 しかしオータム男爵が帝国で失脚してからというもの、帝国軍や王国軍からは追い立てられ、他の海賊船団からも攻撃を受けて風前の灯と化していた。


 そこに再びオータム男爵が他の客人たちと共に現れた。


 一人はエルフの男。身なりからして貴族階級のようだと海賊たちにもわかった―――ムサカだ。


 もう一人は全身鎧で顔も兜で隠した騎士。この離島までオータムやムサカを連れてやってきた軍艦は国の印を消してあったが、鎧に刻まれた紋章から高貴な者だとわかる。


「本当に腹いっぱい食わせてくれるんけ?」

「女もさらい放題で抱き放題ってほんとか?」

「金目のモノも奪いたい放題?」


 ウッフィー海賊団の船長たちは、卑屈に頭を下げながら汚らしい黄ばんだ歯を見せてくる。


「もちろんだとも。貴様たちはかつての栄華を取り戻してもらう。そのためにエルフの王族であらせられるムサカ殿が技術提供してくださる! 貴様たちのボロ船をあのような空飛ぶ飛空船にするのだ!」


 秘密基地の沖合に泊めている軍艦は海水を滴らせながら空に飛び、海賊たちは逃げ出すやら腰を抜かすやらで大騒ぎになった。


「未開の地の人間がこれほどケダモノじみているとは……」


 そう漏らすムサカが提供したのはエルフの国……すなわち空中宮殿でも使用している超技術「飛空石」だ。


「まぁまぁムサカ殿。こいつらが私達の復興を支える土台になるのですから、しばし目をつぶってくだされ」


 オータム元男爵も小声で耳打ちする。


「自分の手下だったゴロツキ共を使い捨てにするとは。オータム殿はワルですなぁ」

「ははは。ムサカ殿もエルフの国の超機密を持ち出して売りつけるとはワルですねぇ」


 二人の小悪党がせせら笑っていると、鎧騎士は静かに言った。


「そろそろ海賊共を黙らせろ」

「は、はい! おいお前達、狼狽えるな!」


 鎧騎士に命じられてオータムが声を張り上げる。そこには絶対的な上下関係があった。


「よく聞け! 小指の先程しかない飛空石を船体に嵌め込むだけで、自由自在に空を飛ぶことができる。貴様たちは飛空船団を率いて王国南部沿いに連合国に攻め入り、首都を落とすのだ!」

「え、本気ですかい……」


 ウッフィー海賊団の団長が困った顔をする。連合国の軍備は大陸随一だ。特に怖いのが銃器の類で、他の国には提供していない技術でもある。


「ふん、案ずるな。そのための飛空船だ。高く飛んでいられるこれなら地上から攻撃を受けることがない。例え銃でも大砲でも届くものか! そうですな、ムサカ殿」

「当然」


 ムサカの確認をとったオータムが笑みを浮かべると、団長は悪い笑みを浮かべた。


「そ、それなら連合国軍相手でも……、いや、しかし攻めるにしても武器や食料が……」

「武器はあの軍艦に山程積んである。上から好きなだけ爆弾を落とすがいい。それと食料は進路にある村や町を襲えばなんとでもなるだろう?」

「そ、それじゃあ王国のスペイシー領から攻めましょう! リゾート気分で遊んでいる女どもを攫うだけ攫って、空の上で乱交パーティーだ!」


 団長や船長たちが取らぬ狸の皮算用で騒ぎ始めた。


「いかがでしょうか将軍!」

「作戦は完璧ですぞ将軍!」


 オータムとムサカは互いに「自分の手腕だ」と言わんばかりに鎧騎士にすり寄る。


『ゴミどもが……』


 鎧騎士の男―――ディーノ・シルバーファング将軍はその心根は決して口にせず、兜の下から侮蔑の眼差しを送りながら頷くに留めた。


 この海賊連中とのつなぎを作るために、ディーノ将軍は配下の者を使ってオータムを帝国から救い出した。


 海賊船を「強大な敵」に見立てるために、エルフの国から落ち延びたムサカを救い出した。


 この愚物たちはディーノ将軍がすべてを手中に収める茶番のために必要な「駒」なのだ。


「……抜かりはなかろうな、オータム殿」

「無論ですディーノ将軍。こやつらだけでは船が足りないので、他の海賊共もかき集める手筈になっております!」

「……ムサカ殿はどうか」

「彼奴らに渡す飛空石は、我ら王族だけが知る呪文の一言で壊れます。もちろんディーノ将軍にお伝えしてあるあの呪文です。やつらが首都を攻めている最中、将軍がその呪文を唱えれば海賊の船は全て落ちて一網打尽。救国の英雄となられるのは間違いないでしょう」

「……そうか」


 ディーノ将軍は兜の下に素顔と身分を隠しているのだが、オータムとムサカはすっかりそれを忘れて名前を呼んでくる。


『計画が成せた暁には、海賊もろとも貴様たちは死ぬだけだ』


 ディーノ将軍が考えた計画はこうだ―――


 連合国軍は空飛ぶ海賊たちに蹂躙され、いよいよ駄目かと思った矢先に現れた英雄であるディーノ将軍によって救われる。


 英雄ディーノは、現政権の与党と野党がこの非常事態を察知しておきながら防げなかった愚物であると国民に訴え、議会制民主主義に楔を打ち込む。


 そして連合制を廃止し、英雄ディーノ……いや、シルバーファング家を中心とした王国を築きあげる。


 連合国を掌握した次は大陸西方の小国すべてを支配下に起き、帝国や王国を凌駕する土地と軍備を整え、ゆくゆくは大陸全土を掌握する。その大いなる第一歩が海賊を敵に仕立てた今回の茶番劇なのだ。


 ―――そして時は過ぎ、こうして連合国の空に飛空船団が現れ、兵士たちは空からの攻撃で右往左往している。


『どのタイミングで呪文を使うか。それが問題だ』


 英雄ディーノが一番目立つその瞬間。誰もがディーノのおかげで海賊を倒せたとわかるその瞬間。それを狙ってディーノは側近の部下たちと共に徐々に戦線を下がらせていった。


『やはり首都防衛戦が一番目立つ所だろうな』


 首都の連合国民が業火に焼かれ、奪われ、犯される中、颯爽と現れた自分が飛空船団をたった一言で叩き落とし、海賊共を殲滅していく姿を見せつける。そう考えると興奮してゾクゾクするのだ。


『すべてはシルバーファングのために』



 ディーノは兜の下で愉悦に歪んだ笑顔を作った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る