第198話 ウザ教師ビランはリーダーになる

 俺の名はビラン。

 春一番の突風で前を歩いていた貴婦人のスカートが大きくめくれ上がった丁度その時、砂埃が目に入って下着の色すら視認出来なかった哀れな男。




 シャクティさんに呼ばれた俺とシヴァ先生は、コロシアム内の人が来ない裏通路みたいな場所に引き込まれ、彼女からとんでもない依頼を出された。


「主犯の二人を捕まえてください」


 蛇人種ナーガの美女は俺とシヴァを交互に見ながらとんでもない命令を下した。


 主犯とは勿論さっき空を飛んでいったオータム元男爵とムサカというエルフのことだろうが、それよりなにより彼女に言わないといけないことがある。


「どうして俺が」

「どうして自分が」


 俺とシヴァ先生は同時に同じことを口にした。ですよね! さすが連合国のオニイサマだ。意見はバッチリ合っている。


「確かにあの二人のせいで連合国に海賊が来たってことは自白してるが、それを捕まえるのは俺やシヴァ先生ではないのでは?」


 俺はここぞとばかりの正論パンチでシャクティさんにぐうの音も出させない。たまには日頃の恨みを晴らすべきだからな。


「説明しましょう」


 だがシャクティさんはまったく動揺しない。まるで俺がそう言うことを予見していたようにスラスラと反論してきた。


「主犯の二人は稀人と古代魔法を駆使するエルフの王族です。そんな相手ですから並の戦力を投じても捕縛は難しいでしょう」


 ああ。忘れていたが確かにオータム元男爵は稀人だ。


 異世界の知識でアイドル文化を根付かせた立役者なのに、どうにも俺の周りにいる化け物じみた稀人たちと比較すると「普通の人」に思えて忘れていた。あんな野郎でもルイード親分のもとで鍛えたら次元を割れるんだろうか。


「それに連合国の戦力はすべて海賊対策に回されます」




 曰く―――


 連合国に攻め入ってきた海賊船は一隻二隻ではなく、数百という船団だ。一隻辺り三十の海賊が乗船していると仮定して、それに対抗するには連合国の稼働可能戦力のすべてを水際に投入しなければならない。だが他の紛争地帯や国境警備などが皆無になるので現実的には全投入は不可能だ。


 海賊の襲来に割ける戦力に限りがある中「どこに逃げたのかわからない主犯を広域で追いかける余力はない」とディーノ・シルバーファング将軍は判断し、主犯の捕縛を冒険者ギルドに依頼してきた。


 ―――というわけらしい。




「海賊退治した後に主犯を探せばいいのでは?」

「いいえ。事態は急を要します。二人をどうにかしないと国軍は海賊たちに指一本触れることなく全滅させられることでしょう」

「え?」


 シャクティさんは軽く手を上げて空中に映像を映し出した。これは魔法か? 俺の知らない遠視の術のようだが―――そんなことよりも映し出されたものを見て俺は言葉を失った。


 夥しい数の海賊船が


「海賊たちはムサカからエルフの国の機密技術の提供を受け、ガレオン船を『飛空船』に改造したのです。海賊ではなく空賊と言うべきでしょうかね?」


 呼び方はどうでもいいが、これはまずい。


 おそらくやつらは空から直接首都に攻撃を仕掛ける。こんな高度で飛ばれると、国軍がいくら優秀でも地上からの攻撃は届かない。しかし上からはいくらでも攻撃できるのだ。


「主犯のムサカを確保できれば飛空船を落とす方法もわかるでしょう。なんとしてでも空賊が首都に攻め入るより前にムサカから飛空船を落とす方法を聞き出すのです。ちなみに海賊船はすでに内陸に入り、首都まで三百キロの地点まで来ています」


 無茶を仰る! それ一日のうちに首都まで来るやつじゃないか!


「よろしいですか」


 シヴァ先生が軽く手を挙げるとシャクティさんは頷いた。


「冒険者ではない自分にその命令を下すのですか」

「そのとおりです。あなたが引退して魔法家高校の教員になられたのは存じていますが、一時復帰をいたします」


 シヴァ先生は元冒険者だったのか。


 おそらくは冒険者としてかなりの功績を上げたので叙爵されたか、もしくはどこかの貴族の養子になったか……。しかしさっきの決勝戦では家名を紹介されていなかった。謎だ。


「受付統括。その依頼を断ったらどうなりますか」


 シヴァ先生はぶっこみ続ける。その胆力にちょっと惚れそうになってきた。さすが連合国のオニイサマだ。さすおに! さすおに!


「断ると?」

「いえ、自分ではなくこちらのビラン先生が断ったら、という話です」


 えっ!?


「冒険者は依頼を受けるも断るも自由というのが不文律ですから。どうですかビラン先生」


 シヴァ先生!? どうしてぶっこみ先を変えてきたんだ!?


 確かに俺の本心は「動きたくない」「めんどくさい」「俺の故郷じゃないし知ったことじゃない」という思いが渦巻いているのだが、それをこのオニイサマは見透かしてきたのか!?


「は? ビラン先生がこの話を断る?」


 いや、まだ何も言ってない。言ってないのにシャクティさんの目が蛇のそれになって通路の空気が冷えてきた!


「レッドヘルム学院の品位を貶めたあなたが活躍すれば名誉挽回になると思いましたが、断るというのなら荒縄をアレに縛り付けて首都の一番高い時計塔からバンジージャンプしていただき、生きていることに対するみそぎしていただく他ありません。今のうちに玉袋とお別れを言っておきなさい」


 本気の目だ! いつもの蛇の目だ! そして荒縄を縛り付けるアレってソレなのか!?


「お、俺は断るとか一言も言ってませんけどね?」

「ならばよろしい」

「あ、あの。ブッコミついでに聞きたいんですけど、救国の勇者たちを出せないんですか?」


 彼らは王国住まいだが、国家を問わず民のために戦う本物の勇者だ。要請すれば時空間をぶっ飛ばして一瞬でやってきて、それこそ鼻くそホジホジしながらでも海賊共を殲滅してしまえるだろう。なんといってもルイードの親分が育てた弟子たちだからな。


「残念ながら彼らはこれよりもっと重要な戦いに馳せ参じています。ルイード様もです」

「え」


 なにそれ聞いてない。連合国の危機的状況より重要な戦いってなんだ?


「とにかく、貴方たちが早く主犯を確保すれば犠牲を最小で防ぐことが出来ます。事態が急を要すると言ったのはご理解いただけましたか?」

「そりゃわかりますけど、人探し系の探索型冒険者がいないと難しくないですかね」

「だからシヴァ先生が最適なのです」


 え?


「元一等級冒険者のシヴァ先生は、数少ない【探索系魔法使い】ですから」


 一等級! それは頼もしいが……たった二人では無理事じゃないだろうか。


「それと各校の先生方も協力して頂けます」


 待ってましたとばかりに通路の奥から現れたのは―――


 うちの学校の巨人種ティタンダイゴーイン先生。そして筋肉美のジョスター先生。保険室のイノリイ先生までいる。


 さらになんの役に立つのかわからないがアイドル貴族の沼にはまって借金地獄を味わった「歩く鋼鉄の処女アイアンメイデン」のアンメデン先生もいる。


 レッドヘルム学院の教員陣の後ろにはストーンウォール女学園の大角鹿の被り物でお馴染みになりつつある冒険者アンノ=ウン。さらに私立シルバーファング学園のバイン・オリオン準男爵もいる。この人達は俺が無意識のうちに倒していたわけだが、参加してもらえるのだろうか。


「ビラン先生。あなたのことは大嫌いですが、アイドル貴族として捨て置けない状況ですからね」


 バイン準男爵は咳払いしながら言った。


 俺に負けたことは悔しいようだが、同じアイドル貴族のシヴァ先生が出張るのに自分が行かないという選択肢はないらしい。早く膝の皿を割ってやりたい。


「玉袋が熱かったからな」


 アンノ=ウンの参加理由が意味不明だ。イノリイ先生が首を傾げているからそういう話をぶっこむのはやめて欲しい!


「……」


 シヴァ先生はじっと俺を見てきた。


「リーダーはあなただ」

「どうして俺!?」

「それでよろしいですか受付統括。レッドヘルム学院の名誉挽回のためにもビラン先生が先導するべきかと」

「それでみなさんがよろしければ」


 物語的にはかつての敵が仲間になるという感動の展開だが、俺がリーダー? 不安しかないんだが!

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