第197話 ウザ教師ビランは生き残る

 俺の名はビラン。

 ピスタチオって聞くと何故かエロい事を想像してしまう男。




 最強教職員決定戦。その決勝で俺と戦うのは、私立魔法家高校。


 連合国最高の魔法学府と呼ばれているだけあって、観覧席に並ぶ生徒たちは全員魔法使いのローブを羽織っている。


 当然そこの教職員も高い魔法技術を有しているらしく、戦士タイプの俺とは相性が悪い。


『さあ、この戦い、元アイドル冒険者のビラン先生と、現在進行系でアイドル貴族として大人気のシヴァ先生のどちらに軍配が上がる紙ものです! シャクティさんはどう見ますか?』

『シヴァ先生の高度魔法の数々に対して、ビラン先生はただの人ですから勝敗は明らかかと』

『自校の先生ですけど?』

『それとこれは別の話です。【連合国のオニイサマ】であるシヴァ先生の人気は絶大ですから』

『もしやシャクティさんもファンですか?』

『最近、当校のアンメデン先生に教えられまして、少々嗜んでおります。オニイサマグッズはまだクリアファイルしか集めていませんが』

『順調にアイドル沼に引きずり込まれているようですね!』


 どうやら副学院長も俺が負けると思っているらしい。


 それにしても相手はまたアイドル貴族ってやつか。どうせそいつもオータム元男爵が仕込んだに違いない。


『両者中央で握手!』


 ステージに上がると相手方の教師も同時に上がってきた。冷淡な眼差しをしているが、かなりのイケメンだ。


「よろしく頼みます」


 シヴァ先生は片手を差し出してきた。見た目は冷淡だが常識的らしい。


「よろし……」


 俺が手を差し出すと、ローブをまとった相手の生徒たちが一斉に立ち上がって抗議の声を上げた。


「オニイサマに触らないで!」

「きゃあ! オニイサマァァァ!!」

「オニイサマこっち向いてぇぇぇぇ!!」


 観覧席の女生徒たちが盛り上がっている。


 なにが【連合国のオニイサマ】なのかわからないが、どうやらシヴァ先生は生徒たちからオニイサマと呼ばれているらしい。なんだそりゃ。


「あんた、妹でもいるのか?」

「すべての女性は自分の妹ですから」


 なるほど、そういう売り方キャラ設定か。


『両者所定の位置に戻ってください。よろしいですか? それでは試合―――はじめ!』


 シヴァは懐から銃器を取り出した。いきなり飛び道具か!!


「これは拳銃じゃありません。自分が開発した魔法の杖です」


 やつの周りに色とりどりの光で描かれた魔法陣が広がっていく。


 慌てて無属性魔力攻撃オーラシューターを発動させるが、体がずんと重く感じる。


 攻撃力低下、防御力低下、身体能力低下、知覚低下、思考力低下……感覚的に察知しただけでも、これだけの阻害魔法が俺に掛けられたのは間違いない。


 俺の無属性魔力攻撃オーラシューターはそういった魔法を「魔力の壁」である程度防ぐことができるが、その壁を突破して効果を及ぼしてくるということは、シヴァはかなりの手練だ。


「最後くらいはまともに勝たないとレッドヘルム学院の名折れだな」


 熱い玉袋とか言われないように、俺は真剣に戦うつもりだ。


『えー、決勝戦の最中ですがここでみなさんにお知らせがあります!』


 シルビスの姉御が拡声魔法を使って少し焦ったような早口で言う。


『西海岸に出没した海賊が上陸し、近隣の町や村を襲いながら首都に侵攻しているようです。海賊は怪物を操っているとの情報もあり、国軍は各地で敗退して多大な被害が出ている模様です』


 思わずシヴァも俺も戦いの手を止めた。


 貴賓席にいるディーノ・シルバーファング将軍が立ち上がってどこかに行くのが見えたので、おそらく逼迫した状況なのだろう。


「……」


 その時、偶然にも貴賓席にオータム元男爵がいるのが見えた。エルフ種のおっさんと顔を寄せ合ってひそひそ話をしているようだ。


「あいつら、なにか企んでるな」

「どういうことだ」

「貴賓席にいる太った男とエルフが見えないか? こんなアナウンスの後なのにニヤニヤしてやがる」

「……なるほど」


 シヴァ先生は銃のような魔法の杖をそちらに向けた。するとコロシアムの中央にやつらの映像が生まれ、その声も響き渡った。


『海賊の連中は上手い具合に上陸できたようですなムサカ殿』

『ああ見えて海賊というのは統制が取れているものなのですよオータム殿』

『しかし補給線が伸び切ると問題なのでは?』

『いいや問題はありますまい。物資を奪いながらの侵攻ですが、彼らには【深きものども】を操る術を与えています。長期戦になることはないでしょうな』

『海の底で眠る太古の怪物ですか。いやはやムサカ殿は恐ろしい』

『くっくっくっ。これで連邦国のシルバーファング政権は瓦解し……』

『アイドル貴族を使って支持層を集めた私達が政権を取り、この連合国を手中に……』

『そして帝国や王国に宣戦布告し、すべてを支配下に置く……』

『おおっと。エルフの国もですよオータム殿』

『これは失礼。ムサカ殿ほどの傑物を愚弄したエルフの国も落とし、全員奴隷にしてくれましょうぞ』

『くくく、我らがこの大陸を統一する覇者となるのです。エルフの国の王女には恨みがあるので、私の肉奴隷にさせてもらいますよ』

『どうぞどうぞ。私は帝国の犬どもを串刺しにしてやります。それと、今ステージにいるビランのような裏切り者にはもっと悲惨な……』


 その時オータムはステージの方を見て驚愕の表情を浮かべた。


『え!?』

『どうなされたオータム殿』

『ス、ステージを!』

「む? な、なんだあれは!?』


 アホ共は自分たちが大写しで映像化されていることにやっと気が付いたようだ。


 周りを見ると貴賓席には誰一人座っていないことにも驚いたようだが、このバカどもに巻き込まれるのを怖れた偉い人たちは、早々に立ち退いている。


 一度立ち退いた後に引き返してきて様子伺っていたディーノ・シルバーファング将軍は、貴賓席を部下の騎士たちで包囲させ、いつでもあのアホ二人を拘束できる陣形は整っているようだ。


『ムムムムサカ殿! こ、これは!』

『勘付かれてしまったようだが心配は無用。私はエルフの王族だ。こんな虫けら共には万が一も負けることなどない!』


 ムサカは立ち上がると妙な形をした物体を取り出した。


 そのヘキサゴン型の「何か」には強い禁視の魔法モザイクがかかっているらしく、どんなに目を凝らしてもよくわからない。


『生体装甲をまとった私は無敵!』


 きゅぱ! と「何か」が弾けてムサカの体を包み込むと、怪物のような姿に変貌した。


『どんな剣や矢でも貫けない硬質の体! 万が一傷ついたとしても瞬時に自己再生してしまう治癒力! あらゆる敵を察知できるこの触覚! さらに分子構造を断ち切る高周波ブレードや万物を原子の塵に変えるメガスマッシャー!』

『おお、ムサカ殿。それは素晴らしい!』

『くっくっくっ。後ほどオータム殿にも一つお贈りしようではありませんか』


 あれはガラバが仮面の魔法使いアラハ・ウィからもらったと言っていた「生きてる装甲」ってやつか。話には聞いていたが欠陥品だったらしく、エルフの国から来た留学生のディーゴに返品したとか。


「ガラバ先生! これを使って!」

「え、ちょ、おま! もういらねぇ! ぎゃあ!」


 観覧席が騒がしいので振り返ったら、留学生のディーゴが何かを投げつけ、きゅば!とアメーバのようなものがガラバの体にまとわりついていた。


「生体装甲を相手にするなら生体装甲しかありませんから!」


 ディーゴ君が声を張り上げる。


 ……つまり、貴賓席にいるアレとガラバがやりあってくれるのか。それにしても、どうして自分で行かないかな、あの王太子君は。


「あれ? すいませんガラバさん。今気がついたんですが、それ、制御装置にヒビが入ってますね。制御装置が壊れると生体装甲が暴走して装着者を食ってしまうので注意してください!」

「そんな物騒なもん渡してくるな!! どうやって外すんだこれ!!」


 ガラバがわちゃわちゃしている間に、貴賓席ではムサカというエルフが無双していた。


 ディーノ・シルバーファング将軍率いる騎士たちは片手で投げ飛ばされ、魔法部隊の攻撃もまったく通じていない様子だ。


『ひ、ひぃ! ムサカ殿! わ、私を守ってくだされ!』

『無論ですともオータム殿。あなたも私もこんなところで死んではならないのですからな』


 ムサカはオータムを抱えて飛んだ。


『おおっとムサカ殿! ステージのあやつ! あやつだけは最後に目にもの見せてやってください!』

『心得た!』


 空高く飛び上がって空中で停止したムサカは、片手に抱いたオータムの指示を受け、胸元の装甲を引っ剥がした。


「このコロシアムの愚民どももまとめて吹き飛ばしてくれましょう! メガスマッシャーを喰らえ!」


 眩しい閃光が俺めがけて放たれる。


 やばい。これは今更回避もなにもできない! と思ったその時、シヴァが俺の前に立ち、魔法の銃を構えた。


対消滅アンチフィールドにより敵攻撃の除去を開始」


 何をどうしたのかわからないが、上空から放たれた光は消えた。


 物憂げに空を見上げたシヴァが再び銃を構えて何かをつぶやくと、ムサカとオータムは慌ててどこかに飛び去っていった。


「危ないところでしたねビラン先生」


 そっと俺に差し出す手と優しげな微笑み。思わず「オニイサマ抱いて!」と言いたくなるイケメンだし、それに、強い。


 もう優勝は彼でいいのではないだろうか。


『皆さんにお知らせです。緊急事態発令により連高リーグは延期となりました。繰り返します。緊急事態発令により連高リーグは……』


 シルビスの姉御がアナウンスをしている横で、シャクティさんが俺たちを見ながら手招きしている。


 シヴァと顔を見合わせながら、俺は嫌な予感に苛まれた。

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