第196話 ウザ教師ビランは決勝戦に挑む

 俺の名はビラン。

 最近よく記憶をなくす男。




 ストーンウォール女学園のアンノ=ウンを(気が付いたら)撃退していた俺は、控室でディーノ・シルバーファング将軍の表敬訪問を受け、保健室のイノリイ先生が将軍様の妹だと知った。


 将軍曰く、貴賓席には怨敵オータム男爵……男爵が来ているらしく、なにやらよからぬ雰囲気だったとか。あの野郎のことだから、自分の手元から逃げ出した俺たちに「今も」報復を考えていてもおかしくない。


 やつはルイードの親分にボコボコにされ、帝国爵位を剥奪された「子種袋」と成り果てたはずだが、まさか今ものうのうとしているとは。


「さて、そろそろ戻るとしよう。決勝戦も楽しみにしているぞ」

「頑張ってくださいね、ビラン先生~」


 ディーノ男爵は妹のイノリイ先生と共に控室から立ち去った。


「……」


 また、だだっ広い控室に俺一人だ。


 と思ったら、将軍たちがいなくなるタイミングを待っていたのか、今し方敗退させたアンノ=ウンがやってきた。


 大角鹿の被り物に上半身裸、そして長ナタを腰にくくりつけたこの男は、これでも女学園に雇われた熟練冒険者だ。普段はどんな格好をして学園に出入りしているのやら。


「……忠告しにきた」


 またか。今日は忠告されることが多いな。


「……さっきの試合で俺になにかのまじないがかけられたせいで暴走してしまった」

「俺も俺も!」


 食い気味で同調したが、アンノ=ウンは無言で被り物を外した。あらやだ意外とイケメン―――だが、不気味なことにその眼差しは眼球すべてが漆黒で、白目の部分がない。


「俺は魔族とヒュム種の混血。夜の子どもチャイルド・オブ・ナイトだ」


 夜の子どもチャイルド・オブ・ナイトと称される魔族との混血児は、魔族の力が強ければ強いほど瞳が真っ黒だと言われている。アンノ=ウンは普段から瞳が真っ黒だから被り物で誤魔化していたのだろう。


 と言いつつ、俺も夜の子どもチャイルド・オブ・ナイトにはそれほど詳しくない。


 身近なところでは、俺たちのホームベースである王国首都東の冒険者ギルド内にある「ルイードの酒場」に『笑いハーピュレイ』と呼ばれる元殺し屋の三姉妹がいるが彼女たちがまさにそれだ。


 他にも最近中途入学した【田舎者】も、先祖である稀人の誰かが魔族と交わったおかげで人並み外れた能力を持っているらしいし、少し前まで記憶を遡れば、スペイシー領で起きた「神の雷霆らいてい」による領主殺害事件で、主犯だった前妻エランダは堕天使ラミエルとの間に子を設けたが、そのチェトィリエ、ピャーチ、シェースチは瞳を真っ黒にしていた。


 だが―――そもそも魔族がどういうやつなのか俺はよくわかっていない。


 大昔のヒュム種は、自分たち以外の種族すべてを「魔族」だの「亜人」だのという蔑称で言い表していることがあったが、魔族と亜人は明らかに別物だ。


 異なる種族同士から生まれた子供は必ず母親の種族で生まれてくるが、魔族との間には両方の特徴を持った「別種」が生まれる。中には人の形から大きくハズレた「化け物」もいると聞く。


「俺は生まれつきどんな魔法にも高い抵抗力を持っている。その俺に魔法を掛けたんだからかなりの相手だぞ」

「……」


 将軍から聞いたオータム元男爵の話と今の話が合致する。きっとあの野郎が俺を潰すためになにか仕掛けてきたんだろう。


「なんとなく相手の想像はついている。ご忠告に感謝する」

「それともう一つ」


 アンノ=ウンは全部真っ黒な目で俺を見ている。と言っても黒目がどこを向いているのかわからないので、おそらく見ているんじゃないかな?


「貴様の熱い玉袋、なかなかだったぞ」

「ちょぉぉぉぉぉぉぉい!? まて、まって! 俺はお前に何したの!!」


 アンノ=ウンは薄く笑うとまた大角鹿の被り物をして立ち去ってしまった。


「ああ……」


 思わず頭を抱えていると、シルビス姉御の声が聞こえてきた。


『さあ、最強教職員決定戦もいよいよ決勝となりました! 変態技の数々で順調に勝ち残り、父兄の皆様から猛烈に抗議を頂いているレッドヘルム学院のビラン先生! 対するは私立魔法家高校代表のシヴァ先生!』


 嫌々だが「これでラスト」と自分を奮い起こした俺は、ステージに向かった。




 □□□□□




「よくもまぁ体力が続きますねぇ」


 原子分解されたり次元の向こうに飛ばされたりしなかった「運の良い魔物の死骸」が、ちょっとした山のようにいくつも積み上げられている。


 魔物たちの総攻撃を受け続けたルイードはボロボロで、光り輝く天使の翼はボロボロに千切れ、自慢の鎧と毛皮のベストも原型をとどめていない。


 アラハ・ウィがダドエルの穴に封印された堕天使たちを開放しようとするのを止め続けて何日が経過したか。いつもはヘラヘラしているルイードだが、そのボサボサ髪の下にある唇は真横に結ばれて、そこに余裕は感じられない。


「まだ地獄に捕らえれている魔物の千分の一も出していませんが、まだやりますかね?」


 アラハ・ウィが人を小馬鹿にするような笑みを浮かべると、ルイードも笑みを浮かべた。


「なにがおかしいので?」

「やっと来たか、バカ弟子ども」


 空間を割って飛び出してくる人影たちは、ルイードを囲むように並ぶとアラハ・ウィを睨みつけた。


 先頭にいるのは「救国の勇者」である戦士アヤカ、義賊のユーカ、聖女シホ、総帥シュンの四人。


「変態仮面アラハ・ウィ! 今日こそぶっころ!」

「ぶっころ!」

「ぶっころ!」

「ぶっころ!」


 四人は怒りに燃えた眼差しで魔物たちに飛びかかる。


 続いて現れたのは帝国帝都南にあるサン・クロタス修道院の出身の熱血新人冒険者ジャック。ルイードに鍛えられたその技は、問答無用で魔物たちを切り刻む。


 次に稀人のフリをしていたがルイードに鍛えられて結局人外の力を身に着けたアバンが躍り出る。


 王朝の皇王になったアモス・サンドーラ伯爵令息(アヤミ)が一睨みすると魔物たちは一斉に眠りに落ち、チルベアが拳を振れば大量の魔物たちが原子分解していく。


 さらに空間が割れるとルイードの酒場から暗殺者ジョナサン、風切のシーラナ、風使いのトッド、笑いハーピュレイ、影踏みのニギヴが飛び出して「食材!食材!」と魔物たちを解体し始める。


 堕天使アルマロスとトライセラが屋台と一緒に飛び出して「ラーメンどっすかー!」と言い始めると、トライセラの仲間でウザードリィ領各地にあるダンジョンマスターのゾンさんゾンビロードブタクンオークロードカイゴブカイザーゴブリンコボキンコボルトキングが「カタメで」と並び立つ。


 領主となったミュージィは、破壊神スサノオの神通力で大量の迷宮冒険者たちと共に参戦し、エルフの空中宮殿は天空から大量のゴーレムと生体装甲装備の騎士たちを投入し、ルイードたちの援護を始める。


 その様子を見守る王妃ミカエルに対して、エルフ種のカーリーガブリエルと鬼人種のドゥルガーラファエルは、「これも一の世の理と申しますか」と詰め寄った。


「手出し無用だ。これを諌めることがウザエルの贖罪なのだから」


 そう言う王妃も拳を握りしめ、溢れそうになる神気を抑えるのに必死だった。


 今すぐにでもルイードの加勢をしたい。

 あの場に馳せ参じた人間たちと共にありたい。

 魔なるアザゼルを倒したい。


 だが、それをするのは熾天使たちではなく堕天使となったウザエル……ルイードの仕事なのだ。


「神よ。私達はここで指を咥えて見ているだけでよいのですか!」


 たまらずカーリーが叫ぶ。


「そうですよ! ルイード様があんなにボロボロに! ああ、見ていられない!」


 ドゥルガーも巨体を震わせる。


「駄目だ。これがこの世の最終聖戦。ルイードの罪が償われる時なのだ!」

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