第193話 ウザ教師ビランは困惑する
「なんであいつがここに!」
貴賓席からオペラグラスでステージを見ていたオータム元男爵は震えた。アナウンサーが「ビラン先生」と言ったのでまさかと思って見たら、あのビランで間違いなかったのだ。
「俺に恥をかかせたあの男がこんなところに……。どんな手を使ってでも殺してやる!」
「どうなされたオータム殿」
同じ貴賓席から声をかけてきたのは、エルフ種の王家分家筆頭だったムサカ・エルフ・バルニバービ・レミュエルだ。
二人はそれぞれ違う理由で国元から追い出され、かねてからのツテを頼って連合国にやってきて賓客扱いされている。本大会の貴賓席にいられるのもそのツテのおかげだ。
「おぉ、ムサカ殿……。実はレッドヘルム側にいるあの教師は私が育てていたアイドル冒険者だったのですが、やつは私を裏切って逃げまして。そのおかげで煮え湯を飲まされたことがあるのですよ」
「ほう、アイドル冒険者と言えば、我らが『アイドル貴族計画』の前身ですか。そんな恩知らずをのさばらせておくと我々の計画に影を落としかねない、と?」
「左様です」
「ではバイン準男爵に頑張っていただかないといけませんな。―――よろしいかディーノ・シルバーファング将軍?」
ムサカに名を呼ばれたのは軍服を着たヒュム種の青年だった。
まだ若いが将軍の階級章や勲章の数々が制服の胸元に並んでいるだけあって、見ただけで人を殺せそうな鋭い眼光をしている。
彼こそがオータムとムサカを国に招待したツテであり、今代のシルバーファング家を代表する「連合国の実権者」でもあり、現連合国大統領の息子でもある。
連合国は大小様々な国家が連なって構成されているため、国家代表者たる「大統領」は各国代表の中から選挙で決められるのだが、なぜか歴代大統領はすべてシルバーファング家の頭首ばかりだ。これは連合国建国の立役者であるシルバーファング家の威光が未だ強いことを表していると言えるだろう。
ディーノ・シルバーファングがこの若さで将軍職に就くことも、シルバーファング家の出であることが大きく影響しているだろうが、彼の場合はコネだけではなく「実力」も伴っている。
彼は連合国軍の中に自分指揮下の部隊を持ち、国内で常にくすぶっている内乱の鎮圧や外国家に対する軍事的威圧を行い、さらに国内各地で繰り広げられている魔物討伐など、数多くの武勲を上げているのだ。
そんな傑物がどうして「帝国」と「エルフの国」から追い出された愚物たちと付き合っているのか―――それは謎だ。
「小生は軍人でしてね。直接的な物言いでなければ誤解を招く職業柄、何をするのか具体的ではない『よろしいか』の一言では判断できませんな」
ディーノ将軍は鋭い眼差しをムサカに向けた。
「これは失礼を」
その言葉のニュアンスやどこか将軍を見下している表情からも、ムサカの内心は「愚かなヒュム種はそんな意図も汲めないのか」という思いで満たされているだろう。自分が食客として救われている立場でありながら、それでも他者を見下すのがムサカというエルフなのだ。
「レッドヘルム側の教師は三等級冒険者。対するシルバーファング側のバイン・オリオン準男爵は戦闘職ではありません。この不平等を埋めるためにも私が魔法で試合に干渉することをお許し願いたい」
「外野からのサポートはルール違反ですが」
「し、しかしバイン準男爵はシルバーファングの分家でしょうし、あのような輩に負ける醜態を晒すのはいかがなものかと」
「負ける前提ですか」
ディーノ将軍は目を細めた。
「分家の
見るからに怜悧冷徹な若将軍は淡々と言うなり目を閉じて腕を組んだ。
「では……」
ムサカはディーノ将軍の言動に「ヒュム種のくせに偉そうだ」と思いながらも、空中宮殿に住むエルフの王族筋だけが知る古い魔法を唱えた。
ムサカは国家転覆を謀った罪人だがエルフの王家筋であることには変わりなく、魔法技術は桁外れに優れている。
その証拠に貴賓席はステージからかなり離れているというのに、ムサカの魔法はバイン準男爵の体に「筋肉強化」「速度向上」「防御力向上」などの効果を付与することに成功していた。
「どんな魔法なので?」
なにもわからないオータム男爵が問いかけると、ムサカは自慢気に「エルフの王族だけに伝わっている古い魔法ですよ」と応じた。
「簡単に言えば身体強化魔法ですがね。バイン準男爵に魔法がかかっていることを見破れる者などいないでしょう。なんせ古い魔法は非常に高度ですから」
「それはそれは。ビランがゴミのように扱われるのが楽しみですな」
オータム元男爵は舌舐めずりした。
―――だが、司会席にいるシャクティがその不正を見逃すはずもなかった。
「なるほど、エンシェントマジックですか。相手がそうするのであれば、こちらもそうするまでです」
シャクティは瞳を金色に輝かせ、謎の力をビランに与えた。
「ふ……ふ……フォォォォォォォォ!!」
ビランは謎の雄叫びを上げて上着を脱ぎ捨てた。
観覧席からは「すごいやる気だ」という風に見えただろうが、ビランは上着どころかズボンも脱ぎ捨てたので、観覧席はすぐさまドン引きに変わった。
イノリイ先生が手で顔を覆うくらい脱いだビランは、最後に一枚だけ残していたビキニパンツをぐいっと食い込ませると、試合開始の合図と同時に大股開きでジャンプした。
□□□□□□
俺の名はビラン。
トランクスよりポジションが安定するビキニタイプを愛する男。
てか、何が起きたんだ?
俺の目の前には顔をホカホカにしたまま白目を剥き、泡を吹いて倒れたバイン準男爵がいる。
なに? 俺が勝ったの? どうして???
何が起きたのか分からず周りを見ると、観覧席の男たちは青ざめ、女達は顔を真っ赤にして俯いている。
「え……」
助けを求めるように司会席を見たが、シルビスの姉御は唖然としたまま硬直しているし、その隣にいる副学院長は眉間を抑えて俯いてこっちを見てもくれない。
「どういうこと? ハッ!?」
ここで俺は自分がパンツ一枚で突っ立っていることに気が付いた。
「なっ、なんだ!? なんで!?」
慌てて散らばった自分の服をかき集める。
『し、刺激的な勝利となりました私立レッドヘルム学院のビラン先生。シャクティ様、いまの試合のご感想をお願いします』
『か、感想!? あ、え、いや……うん』
副学院長が言葉を濁している。俺は一体なにをどうしてバイン準男爵に勝ったんだ???
わけがわからないまま服を着て控室に戻る途中、客席にいたアルダムから「なんちゅう
隠し技? なんの話だ?
控室に入っても、そこに詰めているたくさんの教職員たちは波が引くように離れていくし、本当になにがどうしてこうなったのかまったく記憶がない。
もしや俺はなにかの拍子に覚醒モードか暴走モードに入って、誰もがドン引きするような凄惨な戦いを見せつけてしまったのではなかろうか。
というわけで、控室に遊びに来てくれたガラバとアルダムに聞いてみた。
「そうだな。確変入ってたぜ」
「ああ。入ってた」
うむうむ。俺はやはりなにかのモードに入っていたらしい。
「確変? そうか、俺の知られざる新たな力が目覚めたってやつか」
「「確実に変態入ってたって意味だぜ」」
二人が声を揃えたが、俺の聞き間違いだろうか。それともガラバとアルダムが薄ら寒いギャグでも言ってるのか?
「まさかお前の股間が凶器になるとは思ってもみなかったけどよぉ」
「え?」
ガラバは何を言ってるんだ? 股間が武器?
「試合には勝ったけどレッドヘルム学院の品位を激下げしたのは間違いないぜ?」
「え?」
アルダムは何を言ってるんだ? この三人で一番品行方正な俺が学院の品位を激下げ?
「あとでシャクティさんからどういう仕打ちを受けるかわからないが覚悟しといたほうがいいぜ?」
「うん。これは巻き付かれて全身の骨を砕かれても仕方ないね」
二人とも何を言ってるんだ?
「じゃあ、残りの試合、がんばって」
「余生があればまた会おうぜ」
二人は縁起でもない言葉を残して観覧席に戻っていったが、結局俺が何をしたのか教えてくれなかった。
「ビラン先生」
背筋が凍りついてビクゥッ!となった。ゆっくり振り返ると気配もなくシャクティさんが立っていた。
「申し訳ないことをしました」
意外にもシャクティさんは頭を下げてきた。
「実は先程、あなたの理性を取り除いて戦闘的にする「
「副学園長が俺に魔法を? なぜでしょう?」
「はい。相手側がルール違反なのに古代魔法で身体強化させていたのを見まして、それに対抗するためにあなたにも強化魔法を……と思ったのです」
「はあ」
「しかし理性を取り除いたあなたが、まさかあんな戦い方をするとは想定していませんでした」
「ちょっ……俺、なにをしたんですか」
「私から言えるのは、レッドヘルム学院の品位を辱める戦い方だったということくらいですが、気にしないでください。保護者や学校関係者は私がなんとかします」
「い、いやだから、俺はどんな戦い方を……」
「あなたの本性がアレとは知らず。実に確変です」
「ええっ!?」
シャクティさんは言うだけ言ってにょろにょろと去っていった。最後に言った確変とは「確実に変態」という意味で使っていたようだが、流行ってんのか!?
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