第192話 ウザ教師ビランは最強教職員決定戦に出場する
俺の名はビラン。
試合前の緊張をほぐそうと夜中に学院から抜け出して色街の娼館に行こうとしたら、尻尾をバネのようにしてびょいーんと飛んできたシャクティさんに拘束されて引き戻された男。
『次は第八試合。私立レッドヘルム学院のビラン先生は闘技場にご入場ください』
「師匠が勝つことは確実ッ! そう! それは風呂上がりの耳の中をタオルで拭いたら想定外にタオルが汚れてビビるくらい確実ッ!」」
昨日初めて会った生徒のジョゼが観覧席から鼻息荒く応援してくれているんだが、例えるの下手か。どんだけ耳の穴汚いんだよ。そして俺はあいつの師匠になった覚えもない。
昨日―――俺が体育館裏で
「面白いっすね、このオラオラシューターって技!」
「オーラシューターな……」
お遊び感覚で難なくやってのける天賦の才を目の当たりにした俺は、正直ジョゼに嫉妬して大会出るのやめようかとも思ったくらいだ。そりゃ何年も掛けて会得したことをほんの一瞬で
「ビラン先生~、がんばって~」
イノリイ先生もゆるふわな声をかけてくれる。
彼女の声は会場内の喧騒の中でもよく通る。いや、俺の耳が彼女の声を聞くために敏感になっているかも知れない。
あぁ、俺のやさぐれた心に彼女の声がすっと入ってくる。ジョゼのせいでドブ川みたいになっていた俺の性根が、女神の泉から湧き出る聖水みたいになっていく気が―――
「誰もが振り返るくらい綺麗だよハニー♡」
「ありがとうダーリン♡ しかしこんなに沢山の人がいる中では恥ずかしいぞ」
「誰も見ちゃいないさ」
「あれ? 誰もが振り返るって言ってなかった?」
あっぶね。ありがとうガラバ&シーマ。君たちを見ると自分がバカップルの沼に落ちかけていたことに気付かされる。いや、まだカップルじゃないんだが。
そういえば「いつまでたっても四六時中イッチャイッチャしくさって目障りだから死ねばいいのに」と、多少なりともガラバ&シーマに苛ついていた俺だが、なぜか今は微笑ましく見ていられる。ということは、俺も奴らの同類になりかけているのかも知れない。気をつけねば。
観覧席を見るとイノリイ先生の周りにはレッドヘルム学院の教職員や生徒も大勢いるな。お前ら授業はどうした……。
「ビラン、相手を殺すなよー」
アルダムが余計な野次を飛ばしてくる。
殺したら負けだし、そのまま殺人罪が適用されてしまうので、やるとしても二度とまともな生活が出来ないように膝の皿を抜くくらいにしなくては。
『続きまして、私立シルバーファング学園、バイン・オリオン準男爵先生、ご入場ください』
む? 対戦相手の呼び出しは名称付きか。
準男爵は世襲称号の中では最下位だし、貴族院に議席を持たず連合国では平民扱いなので、爵位に対しては気にする必要がなさそうだ。
だが「オリオン」という家名は気にしなければならない。
オリオン家は連合国設立の立役者であるシルバーファング家の分家筋だし、冒険者や戦闘士を臨時雇用の教員として出してこないところからしても、腕に覚えがあるのだろう。
俺は闘技場の中央に作られた盤面みたいなステージに登る。
ここから落ちたら失格する伝統的な「天上一品武道会スタイル」で最強教職員決定戦は進行する。
ちなみにこういう大会では他にも「一世風靡堂武道会スタイル」や「イッチラン武道会スタイル」「幸落園スタイル」など、様々なスタイルがある。
『いよいよ本大会の本命同士の戦いとなりました!』
……どこかで聞いたような女性アナウンスの声が闘技場に響く。
司会席を見ると、ちゃっかりシルビスの姉御が座ってマイクを持っていた。大会中は割の良いバイトがあるとかなんとか言ってたが、これだったのかよ……。
『それでは! 私立レッドヘルム学院副学院長兼、連合国冒険者ギルド受付統括のシャクティ様を特別ゲストとして司会席にお招きしたいと思います! よろしくおねがいしまーす』
呼ばれると蛇女がにょろにょろとやってきて、姉御の隣でとぐろを巻いて座った。蛇の下半身では椅子に座りにくいのだろう。
『ご挨拶の前に一つ訂正がございます』
『はい、なんでしょう?』
『私は連合国冒険者ギルド受付統括が本業で副学院長は副業として務めております』
『どうでもいいですが大変失礼いたしました! はい、それでは片手間でやられている副学院長のお立場として、今回の対戦カードはどう見ておられますか?』
さすが姉御……。怖いもの知らずにも程がある。
『そうですね。バイン先生もビラン先生も近接攻撃型なので熱い戦いが期待できると思います。ところで、バイン先生の時はどうして称号をつけてご紹介されたのでしょう?』
『え、爵位はつけるべしってアナウンサーマニュアルに書いてましたけど?』
『だとしたら公平に我が校の―――』
俺は大慌てで司会席に向けて両手をバツの印にしてジャンプして見せたが、シルビスの姉御は『ビラン先生がエックスジャンプを披露していますねー』とか抜かしよる。そうじゃない!
身バレしないように、俺はガラバやアルダムにも自分がビー大公国の王子であるとは言っていない。バレたら困るというわけではないが、今更王子だとわかってあの二人が態度を変えたら居づらくなる! 黙っといてくれ!
『―――我が校のビラン先生にも称号をつけて紹介するべきでは?』
副学院長! やーめーれー!
『え、【クールなビラン】とか【ちなみにビラン】とか【ゴーレムマニア】とか【前髪びろーん】以外に呼称があるんですか?』
姉御のツッコミで会場内が爆笑の渦に包まれる。おかげで話の腰が折れたので身バレは防げたようだ。まさか姉御のウザ絡みに救われようとはな……。てか前髪びろーんって初めて聴いたぞ。
ステージに上がってしばらく待っていると、ようやく対戦相手も上がってきた。いかにも好青年風の優男で、女生徒からモテそうな教員だ。
身長体格はほとんど俺と同じだが、今どきの小顔美形で清涼飲料水的な清々しさを感じる。一日必死に働いていても顔面に油膜が浮かんでこないタイプだな。
『両者中央で握手!』
俺とバインはステージの中央に移動して握手を交わす。
「残念ですよ、ビラン先生」
「は?」
「実はね。僕は先日バンブーアンダーストリートで超有名芸能プロデューサーからスカウトされたんです。ス・カ・ウ・ト」
試合直前だと言うのにまったく興味がない話を振られてる。なんだこれ。
「それが【アイドル貴族】をやらないかっていうお誘いでした」
アイドル冒険者並に相容れない単語が合体した気がして、俺は目眩を覚えた。
「控室であなたを見た時、なかなかの美形だから爵位持ちなら仲間にお誘いしようかと思っていたんですよ。そうでなかったのは残念です、という話でした。ああ! 僕が勝てばそのアイドル貴族の裏方として雇用して差し上げるというのはどうでしょう?」
俺はめんどくさくなって握手している手を振り払い、所定の位置まで下がった。
バインも所定の位置に付き、そこで唇を「後悔しますよ」と動かしているのを読唇術で読み取った。後悔なんかするか、アホめ。
やつの武器は短めの双剣で、防具は急所にあてた軽量装甲のみ。おそらくは速さ重視のソードダンサータイプだろう。
大丈夫だ、問題ない。膝の皿、割ってやる。
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