第194話 ウザ教師ビランは気にしないことにする
俺の名はビラン。
俺が喋ってる途中なのに、かぶせて話を始めるやつが大嫌いな男。特に筋がぜんぜん違う別の話を始めるやつは死ねと思っている男。
一回戦で勝利を手にした(らしい)俺だが、どうやって勝利したのかは考えないことにした。天賦の才を持つジョゼですら「師匠、ヤベェ技もってますね。アレは俺ごときでは真似できないっす」と言っていたし……。
そんな中でも最強教職員決定戦は続いており、二回戦が始まった。
『次の
姉御が拡声魔法で原稿を読み上げる。仰天の技って……。
いや、考えるな俺。気にするな俺。ステージに上がったのに観覧席が静まりかえっていたとしても、なにも感じるな俺!
『二回戦からは先生たちの個人情報もピックアップしたいと思います。えー、ビラン先生に書いていただいた試合前のアンケートによりますと、お昼寝が大好きとのこと。ふーん? 寝る時は服を着ているのか気になるところですね!』
コロシアムが爆笑の渦に包まれた。
前の試合で俺がほぼ全裸になっていたことを揶揄して笑いをもぎ取っていったのは理解している。だが、俺は全然笑えないネタだ。人をいじって得る笑いはよくないと思うぞ。
『さあ! 対するは、ヨヨマ州立ストーンウォール女学園から、アンノ=ウン先生~!』
ステージに上ってきたのは大角鹿に似せた被り物で顔を覆い、始めから上半身裸で筋肉質な肉体美を見せつけてくる長身の男だった。
この被り物……。噂だけならこいつを知っている。
冒険者界隈なら誰もが知っている戦闘系冒険者で必ず名前が上がる男。それが「アンノ=ウン」だ。
見ての通り顔を被り物で隠しているので、素性も経歴も一切合切が不明で、
だが戦闘依頼の成功率はソロで百パーセントという驚異的な実績を持ち、噂によると百人規模の野盗も一人で殲滅したとか。
手にした長いナタのような剣の使い込まれた感じとか、無機質にこちらを見る大角鹿の無機質な目が不気味とか、絶対に本業の教職員ではありえない実践的な筋肉の付き方とか、ちゃんとした目を持つ者が見れば、こいつが教職員じゃないことくらい一発でわかるだろうに……。
しかし当人もこの大会のためだけに臨時雇用された教職員であることを隠す気はゼロのようだ。
「アンノせんせー♡ がんばってー!!」
観覧席から相手側の女学生たちが黄色い歓声を送っている。
こいつ、まさかこんな被り物をしたままで連合国有数のお嬢様学校の中をうろついていて、しかもそれが認められていて人気があるというのか?
『ではアンノ=ウン先生の個人情報も。体育の授業はとてもストイックで、授業が終わるギリギリまで追い込んで体を鍛えることから、最近ストーンウォール女学園の生徒は随分シェイプアップされたそうです。生徒からのニックネームはミスターダイエットとのこと』
「まさかあんた、生徒に戦闘訓練させてるのか?」
反応はない。その無機質さが怖い。
『両者中央で握手!』
俺はアナウンス通り前に出て手を差し出したが、アンノ=ウンは前には来たが手を出しては来ない。
ちっ、さすが熟練冒険者だな。利き腕は差し出さないらしい。
『両者所定の位置に戻ってください。よろしいですか? それでは試合―――はじめ!』
シルビス姉御が宣言すると、アンノ=ウンは長いナタのような剣をステージで引きずるようにして俺との距離を詰めてきた
相手がプロなら俺も
□□□□□
「なぁガラバ」
「なんだいハニー♡」
観覧席でシーマを自分の膝に座らせてイチャイチャしていたガラバは、彼女の褐色の頬を撫でながら頷いた。
「どうしてビランは武器も防具も着けていないんだ? 圧倒的に不利だろ?」
「ああ。あいつはなにも身に着けていない時のほうが強いんだ」
「……どうして?」
「さあ?」
「だからさっきは全裸に」
「う、うーん? あそこまで脱いだのは俺も見たことがないが、とにかくあいつの技が関係してるらしいぜ」
ガラバはビランが使っている
一緒にオータム男爵のところから逃げた後、冒険者として生計を立てる中で「どうしてビランは武器も防具も持ってないんだ」と尋ねたことはあった。
その時のビランは「自分の魔力を自分の体にまとわせて自分自身を強化する秘技を使っている」ということだったが理解は出来なかった。その時アルダムの方は「つまり
「ところでガラバ。貴賓席の方が騒がしいようだが」
シーマは目をコロシアムの高い位置にある一箇所を指差した。
「んー。あそこには連合国の重鎮とか校長クラスが座ってるらしいが……………どうしてあいつが!?」
シーマを膝の上に乗せているのにガラバは立ち上がった。
「!!」
ガラバの膝から落ちて尻餅をついたシーマは憮然としたが、それよりも見たことがないくらいガラバが緊張した表情をしていたので何も文句を言えなかった。
「オータム男爵がいる!」
過酷だったアイドル冒険者時代が走馬灯のように蘇る。
毎月大金貨一枚払わされてレッスンし、なんの宣伝もしてくれないので大きな仕事はなく、ドサ回りで個人商店前で踊って歌う日々。道端アイドルと蔑まれながらも頑張って働き続けたが、報酬の殆どオータム男爵が持っていくので、自分たちの手元に残るのは雀の涙。
しまいには「お前らは売れてないから体で稼いでこい」と男娼扱いされそうになって逃げ出したが、オータム男爵は執拗に追手を送り出し、何度となく命の危険にさらされた。
ルイードのおかげでオータム男爵は成敗され、帝国のどこかに幽閉され、次世代の稀人を生み出す「子種搾り機」のような扱いを受けているはずが、どうして連合国にいるのか。
「アルダム、いるか?」
「あいあい。いまっせ」
「どうする?」
「どうもしねぇ。近寄りたくもないね。ただ―――あっちがちょっかい掛けてくるのなら話は変わるだろうよ。そん時はとことんやってやろうじゃねーのさ」
「わかった。あとでビランにも伝えておこうぜ」
「その前にガラバさんよ」
「ん?」
「突き落として尻餅ついてるお前の恋人に謝罪したほうがよくね?」
「!」
ガラバはやっと自分の足元に座り込んでいるシーマの存在に気付き、慌てて土下座した。
□□□□□
オータム元男爵は憮然とした表情でエルフのムサカを見ている。
前の戦いはムサカがバイン・オリオン準男爵に「古の魔法」とやらを与えて強化したはずだが、ビランの予想外すぎる攻撃ですぐさま撃沈してしまった。
『このエルフ、プライドは高いが使い物にならないタイプか? 使えないから国からは重用されず、それを逆恨みして叛逆したが、結局下剋上も失敗して逃げて来たというところだろうな』
こういうタイプのサラリーマンを腐るほど見てきた。
自分は有能だと思っているアクティブな無能ほど害悪なものはない。オータムはそういう奴らのことを「シロアリ」と呼んでいた。
シロアリは組織の下の方にいても十分に害悪だが、要職につくと組織が傾く災厄になる可能性が高い。
もちろんシロアリを経営陣が排除すれば済む話だが、シロアリは耳障りのいい言葉と態度で経営陣に擦り寄り、基本的にイエスマンとして働くので気に入られる傾向にある。オータム自身もシロアリのせいで辛酸を嘗めたことがあり、気が付いた時には会社の屋台骨が無茶苦茶にされていたというこもあった。
ムサカはそのシロアリのように見えるのだ。
『エルフの国から捨てられたこいつの価値はエルフの知識くらいのものか。その知識もどこまで具体的なものか怪しいもんだ。だが、ディーノ・シルバーファング将軍とのコネを持っている以上、突き放すわけにも行かないな』
そう考えるオータム元男爵と同じ様に、ムサカもオータム男爵を観察していた。「深淵を覗く時、深淵もこちらを見ている」というやつだ。
『あの豚男爵、いや元男爵は「アイドル冒険者」という奇っ怪な商売を生み出し、それで大成功を収めた。稀人だから異世界の知識を持っているのは当然としても、それを行動に移して成功させた手腕と商才は見事。手駒としては十分な価値がある』
ムサカが王であるなら、この
問題はどうにもオータム元男爵の腹の底が見えないので、信用ができないということだけだ。
そんな二人の食客を鋭い眼差しで見るディーノ・シルバーファング将軍もまた、計略を持っていた。
『帝国の恥とエルフの国の恥。こいつらを囲っていることを知った両国は、必ず連合国に返還要求をしてくるだろう。その時に我が国は条件を出せる。資源か知識かなにかしらの好条件を引き出すための餌の役にはなるだろう』
ディーノ将軍がオータムとムサカと縁を結んだのは随分と前のことで、なにかのパーティーで「もしなにかあれば是非我が連合国へ」と伝えていたのも、ただの社交辞令だった。
まさかその二人が母国から逃げ出して、本当に頼ってくるとは思わなかったが、食客としたのは「そうすることで得がある」と判断したからだ。
『問題はこの二人が立場を忘れて我が連合国に害を与えた場合だが……』
その時は彼らを呼び込んだディーノ将軍が槍玉に挙げられ、政局で不利になるだろうが、なんとでも言い訳は思いつく。
『手駒を増やしておく手もあるな』
ステージ上で今まさに戦おうとしているビランとアンノ=ウンを見る。特にビランはオータム元男爵との確執もあるようだし、前回はムサカの魔法支援を凌駕する力を見せた。ディーノ将軍から見て実に興味深い男だった。
『この試合を楽しませてもらおうか』
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