第190話 ウザ教師ビランに春の予感
俺の名はビラン。
片側だけ前髪を伸ばしているのはキャラ付けさせるためだと思われている男。
「知ってる天井だ」
目を開けたとき視界に入ってきたそれは、授業合間の仮眠場所として忍び込んでいた保健室の天井だった。
頭を傾けるのもツライ。なぜか体中が硬直しているので視線だけ横に向けると、カーテンで四方を仕切られていることがわかった。霊安室で死後硬直しているわけではなさそうだ。
ううむ……副学院長とバトるところから記憶がない。おそらく瞬殺されたんだろうが、どういう負け方をしたのかくらいは覚えておきたかった。
「それにしてもさすが副学院長ですわ。白魔法最高位の死者蘇生呪文を唱えられるなんて、私、本当に驚きました」
彼女の名はイノリイ。
ノーム種特有の母性あふれる豊満な胸元とゆるふわオーラに包まれた彼女は、男子からの人気がメチャクチャ高い。
俺も何度かここで話し相手になってもらったが、とても話し上手な女性というイメージを持っている。
ちなみに同じノームだがどこかの姉御みたいに強欲でウザくてツノで人を弾き飛ばすようなことはない。まさに保健室の可憐な花だ。
「いえ、壊すのは得意ですが治癒は得意ではないのです。彼が灰になったときは少し焦りました」
副学院長の声も聞こえる。
鼻孔をくすぐる匂いからして、二人はカーテンの向こうでコーヒーでも飲みながら歓談しているようだ。……てか、灰になったって俺のことか?
「あらあら。副学院長ならどうにかしてしまいそうですわ」
「さすがの私でもこの世の
「そうですか? 確か魔法実習で生徒が死んだときも……」
「気のせいです」
「あらあら。ふふふ」
とんでもない会話をしているので、俺は何も聞かなかったことにして寝たふりを継続する。
「気が付いたようですね」
シャクティさんの手でカーテンがシャッと開けられる。どうしてわかったんだよ!
「ど、どうも副学院長……と、イノリイ先生」
イノリイ先生はにこやかに手を振ってくれたが、副学院長は蛇の目で俺を凝視してくる。体が動くのなら今すぐ飛び起きて逃げ出したい。
「ビラン先生、最強教職員決定戦の件、よろしくおねがいしますね?」
「……はい」
やっと声が出せるくらいには動くようになった。
「相手は他校の教職員ですから殺さない程度に潰して大丈夫です。それと、適当にやったらルイード様に言いつけますからね?」
そもそもシャクティさんは親分とどういう関係なんだろうか。
俺たちルイード一味には「親分のことを詮索しない」という暗黙のルールがあるので、今まであえて親分の女性関係を聞いてこなかったが、あの人はあちこちで結構な立場の美人と繋がり持ってるからな。
王国のカーリーさんと連合国のシャクティさんが親分を巡ってバトる日も近いと思うと、心の中でニヤニヤしてしまう。国を超えた冒険者ギルド受付統括同士のバトルなんて、そうそう見れるものではないからな。
「……なにか悪巧みでも?」
「まさかそんな」
怖い。蛇の目が何もかも見透かしているようで、ほんとに怖い。
「そういえば先程まではジョスター先生とダイゴーイン先生があなたにつきっきりだったのです。後ほど御礼を言うように」
「……ちなみにジョスター先生とダイゴーイン先生がどうして俺につきっきりで?」
保健の先生がいるのにわざわざつきっきりになる意味がわからなかったので質問すると、イノリイ先生は「本当にちなみにって言うんですね」と顔を背けて笑ってる。いや、誰でも使う単語だろ。
「お二人ともビラン先生に強い興味があるのでは?」
シャクティさんはスンとした無表情で言う。
筋肉お坊ちゃんのジョスター先生(男)と、マユゲボーンの
「それともう一つお伝えしておきますが、アンメデン先生が辞表を出してきたので突き返しておきました」
「は、はあ」
「彼女はアイドル冒険者グッズを買い漁って借金まみれになっていたそうですが、当面の賞与を前借りという形で提供しましたので、全額返済できたかと思います」
生徒から「歩く
「アンメデン先生の身長は百六十センチでスリーサイズは
「はい?」
意外にナイスバディ……いやいや、なぜ突然そんな個人情報をぶっこんできたんだ?
「ビラン先生とアンメデン先生は職場結婚する、というのはどうでしょうか」
しないが。
どうにもこの副学院長は、王国の冒険者ギルドでいつもお世話になっている受付統括のカーリーさんと似たものを感じる。突拍子もなく俗世離れしていて、何を言ってくるのか読めないところだ。
「えーと副学院長。女性のスリーサイズだけで結婚を決めるバカな男性はそういないと思いますよー」
少し毒が含まれているが、イノリイ先生がゆるふわな助け舟を出してくれた。ありがたい。
「ではアプローチを変えることにしましょう。というわけでビラン先生」
「はい?」
「イノリイ先生のスリーサイズは―――」
「結構です」
「あらあら。私に興味ないんですねー」
俺が聞くことを拒否すると、イノリイ先生はわざとらしく悲しそうな顔をした。
「というかですね……。どうして俺を結婚させようとしてるんですか? 何か目的があるんですか副学院長」
「あなたが私をどこかの誰かと戦わせようとか考えていたような気がしたので報復です」
なにこの人メチャクチャ怖い。まさか俺が心の中でニヤニヤしていたのを見抜いていたのか!?
「それにあなたが結婚してこの国に留まってくれたら、ルイード様も本拠地を王国からこちらに移してくれる可能性があるので、その布石です」
「……親分がどう動くかなんて予想できないし、そのために俺の生涯を捨て駒にしないでください」
「では自然の摂理に任せるとしますか」
シャクティさんは俺を凝視していた眼差しを一瞬だけイノリイ先生に向けたが、すぐにまた俺を見直した。なんなんだよ。
「私は退室しますが、最強教職員決定戦は明日開催です。コロシアムには朝八時に到着するようにしてください。いいですね?」
そう言い残してシャクティさんはにょろにょろと保健室から出ていった。
「あらあら。副学院長に期待されていますのね、ビラン先生」
そう言って微笑むイノリイ先生は、すごく落ち着いているし悩み一つなさそうな幸せな女性に見えるだろう。だが、以前彼女から聞いた話では、全然そんなことはない。
彼女の実家は帝国の公爵貴族で、一度は大金持ちの貴族と婚約する話が進んでいたらしい。だが運悪くその相手が悪事を働いていた事が公になり逮捕されたので婚約は結べなかったそうだ。
悪人の婚約者にならずに済んでよかったね―――というのは庶民の考えだ。俺は元貴族だからわかるが、それは不幸の始まりなのだ。
婚約話が出ていいところまで話が進んだのに婚約を結べなかったとか、婚約を結んだのに途中で破棄されたとか、結婚しても離縁させられたとか、そうなった女性貴族の肩身はとても狭い。まったく女性側に落ち度がなくてもだ。
とくに男尊女卑と選民思想が激しい帝国の貴族男たちには、クソみたいな処女信仰が根付いており、他の男の「お手つき」と思われた女性は、最初の結婚相手として毛嫌いされるのだ。
だからこんなに美人でおっぱいも大きいのに、イノリイ先生には次の嫁ぎ先が見つからなかったらしい。正式な婚約もしていなかったのに理不尽過ぎる話だ。
彼女はいたたまれず家を出て、帝国から連合国に住まいを移し、今も女手一つで暮らしている。
公爵貴族のご令嬢なのに苦労人……だというのに、その苦労を微塵も感じさせずに微笑む姿はとても好感が持てる。いや、敬意を表したいと言うべきだろう。
「どうしましたビラン先生?」
「いえ」
思わずイノリイ先生の顔を見入ってしまった。
うん? 元アイドル冒険者でクールなビランと呼ばれているこの俺が、まさか保健の先生に……ほ、惚れたというのか?
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