第185話 ウザ闇のパーティータイム⑤
すっかりゴーレム少女に気に入られて腕をからめられているディーゴをよそに、ルゴシ伯爵はビランとアルダムを見た。
「時に御二方に伴侶は?」
ルゴシ伯爵のナイフのような言葉に冒険者二人は胸を抑える。
ビランとアルダムはイケメンなのに長い間特定の恋人がいない生活をしている。ガラバとシーマのイチャコラっぷりを見ていると「ああはなりたくない」と食傷気味になって、恋人や伴侶を持ちたいと思えなかったのだ。
「ふぅむ。特にビラン殿は年齢からしても子がいてもおかしくないよう思えるが」
「うぐ……。機会がなかったのですよ伯爵」
ビランはアルダムを睨んだ。自分と同じくらいの年齢なのに、童顔でしかも学院生徒の制服を着ているアルダムは「結婚適齢期過ぎとるやないかい」というルゴシ伯爵の攻撃からはしれっと逃れているのだ。
「そうだビラン殿。我が一族からであればいくらでもご紹介できるが」
「た、たしかに美女揃いですが、陽の下を歩けない妻はちょっと……」
「ははは。それについては問題なくなる予定だ」
ふふんとルゴシ伯爵は胸を張った。
「数ヶ月前、とある魔法使い殿がこの地下にやってきてね。我々の状況を見て力を貸してくれたのだよ」
伯爵曰く、その魔法使いはエルフの国が極秘開発した生体装甲を培養増産してレッドヘルム一族にもたらした。一族はさらにそれを太古のテクノロジーで改良し、近々「耐陽装甲」として配布予定なのだそうだ。
「物騒な武装は外したがね。ぶっそうなぶそう。ふふ」
ルゴシ伯爵は微妙な駄洒落を言って優雅に口元を抑えながら笑っているが、黙って話を聞いていたディーゴは気が気じゃない。
『エルフの国の最高機密兵器が
その頃エルフの国では、ルイードがセオリーをすっ飛ばして
ビランとアルダムもアイコンタクトを送り合って読唇術を始めた。
『また魔法使いだ』
『やっぱアレじゃね? アラなんとかっていう変態仮面』
スペイシー領といいウザードリィ領といい、あちこちで魔法使いが絡む事件が起き、その度にルイード一味も関わっている。つまり今回もルイード親分に匹敵する非常識の権化と言われる「アラハ・ウィ」が絡んでいるのだろうという予測がついた。
「実はその生体装甲については驚いたのだよ」
ルゴシ伯爵はワイングラスをテーブルに置いて、腕組みしながら語り始めた。
「ディーゴ王太子。これは差別や侮蔑ではなく純然たる事実なのだが、語って良いかな?」
「どうぞ」
「ありがとう。さて、我々が地上にいた頃のエルフ種やダークエルフ種は、我々と似た外見を持っているがまったく別の種族だったと言える」
三人(+ゴーレム少女)はルゴシ伯爵から歴史の授業を聞く生徒のように耳を傾けた。
「なんせ当時のエルフやダークエルフは、文字も文明も持たない猿人のような感じだったからねぇ。断っておくが相当昔の話だからね?」
「わかっています、伯爵」
ディーゴは冷静だ。
「そんなエルフが今では我々が残した空中宮殿を手に入れて、まるで万物の長のような顔をしているのだから驚きもする。当時の我々には及ばないまでも科学を有して、遺伝子操作で人造装甲生物を作り出すほどになったというのだから、なんとも微妙な心持ちだよ」
ビランとアルダムが知る限り、どんな歴史書でも「エルフは高度文明を持っていて、逆にダークエルフは文明から遠ざかった」という内容になっている。
今ルゴシ伯爵が言った「猿的なエルフ」とは、もっともっと大昔の話らしいが、だとしたらこの伯爵は一体何年生きているというのだろうか。
「伯爵が驚いているのはあれか……。今の人類で例えたら『目覚めたらグリーンモンキーのような動物が人間と同じ水準の文明を持っていた』みたいな感覚なんだろうか」
そう言いビランは興味深げに頷く。基本的にこの男は教師肌で研究家の側面を持っているので、こうした「歴史を紐解く展開」には胸が踊るのだ。
ちなみにまったく過去には興味のないアルダムは、何か思いついたようにディーゴの肩に手を置いた。
「よおグリーンモンキー」
「ブッコロ!!」
陽キャにありがちな「のっかってはいけないイジり」を考えなしに行使したアルダムは、ディーゴの拳がその童顔にめり込んだ時に『あれ、今の失言だったかも』と気が付いたので無抵抗のまま殴られた。
他者を侮蔑するそれはイジりではなくイジメであり、人の尊厳を踏みにじる行為なのだ。
「わ、私の言い方が悪かったかもしれない。どうか気にしないでくれたまえ! 別に今のエルフ種たちに差別的な感情はないのだから」
二発目のパンチを繰り出そうとしていたディーゴは、ルゴシ伯爵に腕を取られて止められた。
『えっ!? 僕の動きが見切られた!?』
ディーゴは冷静になった。ならざるをえなかった。軽々と
これがハイエルフ、これが吸血鬼。現存種族で最強というのは誇張でもなんでもないと悟った。
「喧嘩はろしくないよディーゴ王太子」
「ご無礼をお許しください、伯爵」
「とにかくエルフの皆様は、我々のように神の怒りに触れないよう、ディーゴ王太子からくれぐれも自制するように国にお伝えください」
「もちろんです伯爵。ご忠告に感謝いたします。あとこのゴミを捨てといてください」
ディーゴは顔面にマジのエルフパンチを食らって昏倒しているサ・ウザー鳳凰拳の一子相伝継承者をつまみ上げる。ここにルイードがいたら「継承者の面汚しめ」と更にキツイ修練を課せることだろう。
「おっと。我らの当主カミラ様から一言あるようですな」
ルゴシ伯爵が言う通り、会場がしんと静まり返る。
そしてスポットライトに照らされた壇上の美女―――カミラが軽く頭を下げた。
「我らレッドヘルム一族は悲願を達成しつつある。まずは陽の光を怖れずに地上に出て、レッドヘルム学院に通い、現代の知識や常識を身につけるのだ」
「おおー!」
「副学院長、こちらに」
カミラに誘われてシャクティが壇上に上がった。
「副学院長のシャクティです」
レッドヘルム一族が謎の緊張感に包まれて全員が顔面蒼白になっているのをゲストたちは気付いていない。まさかハイエルフを滅ぼした破壊の天使がここにいるとは想像しないだろう。
「さて。皆さんが中途試験に合格すれば、学院は心より歓迎いたします。また、夜学も新設するとここに誓い、皆さんが社会復帰するための援助を惜しみません」
「おおおおおお!!」
会場内が喝采で湧いた。
「諸君、我々レッドヘルム一族は他のハイエルフたちの二の舞にならぬよう、自制しながら学院で青春を取り戻す。加えて言うが、自制しながら、だ。現代においては失われたハイエルフのオーバーテクノロジーをひけらかすべきではないし、吸血鬼と化した我々の怪異的な力を行使するべきでもない。例え今の人間たちに石を投げられたとしても、耐え忍べる者だけが私と共に地上に行けるものと知れ」
「おおおおおお!!」
「そして! 我らが目指すのは、人としての尊厳を守ることである! そう……我々は人間であると!」
「おおおおおお!!」
「立てよ国民!」
「ジーク、カミラ! ジーク、カミラ!」
謎の盛り上がりを見せる地下パーティー会場を睥睨するように浮いている仮面の魔法使いは「くっくっくっ」と漏れ出す笑いをこらえた。
「よきよき。クライアントは結果にご満足いただけたようですねぇ、えぇ」
仮面の魔法使いは大量に頂戴した「報酬」を亜空間に仕舞いながら唇の端を吊り上げるような笑みを浮かべる。
「これだけあれば、えぇ。えぇ」
まだ何か良からぬことを企んでいるらしいアラハ・ウィは、闇の中に姿を消した。
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