第186話 締めはギョウザパーティーで
「お疲れさまでした」
地下パーティーから数日後、シャクティは副学院長室に現れたルイードに微笑んだ。
「おうよ」
ルイードはもう教員服は着ていない。いつもどおり、
これはルイードから「もう学院の仕事は終わった」と強くアピールされているものだとシャクティは認識した。だから「お疲れさまでした」と言ったのだ。
「それにしてもよぉ。オメェの依頼ってのは本当にハイエルフ救済が目的だったのか?」
「学院の問題全ての解決です……と、言えば問題が尽きることなどありえませんので、恒久的にあなたがここにいてくださるかと思いまして」
「ないわー」
「ないわー、ではありませんよ学院長。あなたは本来ここにいるべきなのですから」
シャクティは冒険者ギルド受付統括が本業であり、副学院長をやっているのは副業である。それもこれも、ここの学院長が職務放棄しているから仕方なく尻拭いしているのであり、学院長はルイードなのだ。
「学院の経営、ギルドの運営、全部私が仕方無く預かっておりますが、誰が学院長で誰がギルドマスターなのか、今一度思い出してください」
「お、おう」
レッドヘルム学院の学院長にして、連合国の冒険者ギルドマスターでもあるルイードは、やってやりっぱなしですべてを彼女にぶん投げて諸国漫遊を決め込んでいるので頭が上がらない。それでなくてもルイードは「熾天使たちに退治されて地獄に落とされた堕天使」なので、熾天使ウリエルの転生体であるシャクティより偉そうにするべきではないのだ。
それでも偉そうなのは「オメェより俺の方が天使の先輩だから」という薄~い上下関係のおかげである。
「そして自分の立場を思い出したら、私に褒美のキスやえちち体験くらいは与えてもいいかと存じますが」
「てか、なんで
「あら? あなたが保護観察中の監視対象であることも思い出してください」
「チッ。……てか、今回の立役者はどう見ても俺じゃなくて
シャクティはピクリと顔を引きつらせて「あれが本気で世のため人のために動いていたとでも?」と、嫌悪感満載の口調で吐き捨てるように言った。
「うわ、すげぇイヤそう」
「もちろん大嫌いです。なんせあれは貴方様を堕天させた張本人ですから。あれさえいなければ貴方様はそそのかされることもなく、今も輝ける熾天使長として君臨して天を照らしておられたことでしょう。それを思うと……それを思うと……」
ルイードは狂信的なシャクティの視線から逃れるために、ボサボサの髪を掻きむしった。
「わかったわかった。じゃあ俺は王国に戻るぜ」
「おまちください」
シャクティは蛇の眼を左右に振らしながらなにか話題を探し、ルイードを引き留めようとしている。
「あっ……あれはレッドヘルム一族から【トリオンナイト】を大量にせしめたようです」
「は? トリオンナイト?」
うまくルイードをつなぎとめることが出来たシャクティは、安堵したように会話を続ける。
「トリオンナイトとは、ハイエルフたちが航宙戦艦で使用していた時空間ワームホールに使う資源です。ハイエルフの時代に採掘されすぎて、今は存在しない鉱石です」
「あぁ、空間に穴を空けるアレか? つぅか、そんなもんがなくてもあいつは空間移動できるだろ」
「そうなのです。ですが、自分以外を空間移動させようとするのなら……」
シャクティの何かを含んだ口ぶりに、ルイードは目を細めた。
「……さて。ほんとに帰るとするぜ。じゃあなシャクティ。あとは任せた」
「ま、まだ終わっていません。吸血鬼の一般社会進出のためにも学院で教鞭をとっていただかないと!」
「あ? それは俺の仕事じゃねぇよ。人間になにか教えると、また『人間に余計な知恵をつけさせた』とか言って罰せられるんだろ? おおん?」
「神の悪口はおやめください。そもそも貴方様がこの学院を設立した理由は、地下に追い払われたレッドヘルム一族が人間たちに蹂躙されないよう、この敷地ごと保護するのが目的でしたよね? ふふ、お優しいこと」
「うっせぇ」
「うふふ。堕天されてからというもの素直ではなくなってしまいましたが、そのツンデレ具合がたまらないといいますか……」
「めんどくせぇやつだな。とにかく帰―――」
「ああそうでした」
シャクティはルイードの言葉を遮ってポンと手を叩いた。意地でも引き留めようとしているようだ。
「めんどくさいと言えば、エルフの国のスパイだったあの女教師や、エルフの国で反乱を起こした者たちはどうなったのでしょうか?」
「あ? 知らねぇよ」
「ムサカ、でしたか? 彼は木っ端とは言え王族ですから、投獄されても抜け穴を知っているかも知れませんね。ちょうど腕のいい女スパイもそばにいるようですし」
「
「ふふ。空中宮殿から逃げ出したその小悪党は何処に行くと思いますか? 自分が落ちぶれてしまった原因であるここに来るかも知れませんね。これはたいへん由々しき事態です。名のある冒険者に依頼しなくてはなりませんが、おおっとここに素晴らしい冒険者が」
「わざとらしい! 俺にはやることがある。なんだったら子分たちをおいていくから、そっちに言ってくれ」
ルイードは自分の子分を生贄にしてこの場から離れようとする。
「あれの悪事を止めに行くのですか?」
「なんのこった」
「ふふ。当校ではこれからイベントが目白押しです。他校との対抗試合とか、連合国内の魔物討伐実習とか、人間どもの学校生活でよくある『お約束の展開』を用意しております。あなたのやることが終わったら、ぜひともご参加を」
□□□□□
「なにやってんですかルイードさん! ギョウザ焼くの手伝ってくださいよ!」
シルビスがルイードの太い腕をとってもピクリとも動かないから産毛を引っ張る。
「痛っ! 毛! 腕毛をひっぱんな! てかなんでオメェらは学院の中庭でギョウザ焼いてんだよ!」
ギョウザは「人に知識を与えた天使ウザエルが伝えた」と言われている庶民に人気の料理だ。
「わぁ、なんですかこの腕毛! なんでこんなにキラキラして綺麗なんですか、もう!」
「知らねぇよ! てか抜くな!」
「さあさあ、そんなことよりギョウザですよギョウザ! 人類誕生の頃から存在する伝統ある食べ物です! ラガービールとこれがあうんですよね!!」
シルビスはすでに何杯か飲んでいるらしく、程よく頬が赤い。
ビランとアルダムはギョウザを焼きながら「ゴーレムは鉄」「ゴーレムは美少女」と言い合っている。
バカップルの方を見ると、ガラバが後ろからシーマを抱きしめて、二人でろくろを回すようにして、ギョウザの具をぬっちゃぬっちゃ混ぜ合わせている。
今日もルイード一味は平和のようだが、全員冒険者の服装に戻っている。ルイードと共に帰るつもりのようだ。
そんな一味の元に伝書鳥がやってきた。
鳥はシルビスの頭のツノに止まり、足に括りつけられている手紙を外せとばかりにシルビスの頭を突いた。
「痛っ、痛っ! わかったから、もー!」
シルビスは鳥を手にとって手紙を取り外す。
「ふーん。王国王妃からの機密文書だってさ」
そして何も考えずに機密の内容を読み上げる。
「王国南海に大規模な海賊が出現。スペイシー領他に多大な被害を出した後、一党は西の連合国側に移動。王国海軍が追うも彼奴らが使役している『深きものども』によって多大な被害を受けて追跡できなくなった。そのため、近郊にいる冒険者諸氏の活躍に期待するものである。と……」
そこまで聞いたガラバはシーマを背後から抱きしめながら、ふーむと考える。
「こりゃ出すしかねぇなシーマ艦隊を」
「ない。私はそんな艦隊を持っちゃいないよ!」
「口調がそれっぽくなってきた」
「それっぽくってなんだい!」
そんなバカップルを尻目にシルビスは機密文書の続きを読む。
「えーと、追伸。帝国で幽閉され種馬扱いされていた稀人のオータム男爵が……脱走? それとエルフの国で反乱を起こした王族のムサカも脱走? どちらも自由都市である連合国首都に向かっている。貴殿らには善処されたし―――だってさ!」
シルビスは何故か嬉しそうだが、オータム男爵の名前が出た段階でイケメン三人衆は萎縮している。
「はぁー? あんたらさ、オータム男爵とかルイードさんが善意でやっつけてくれたけど、自分たちではなにもやり返してないじゃん! これは報復チャンスでしょ!」
シルビスはイケメン三人衆に発破をかけると、続けてキラキラした眼差しでルイードを見た。
「ルイードさん! バカンスですよ! 海です! 水着回です!」
「前にも行っただろうが。俺はしばらく別件でここを離れる。後はよろしくな」
「えー」
「えー、じゃない。というわけで、その機密文書を読んだからにはオメェらがやるんだぜ」
ルイードは不満そうにしているシルビスの頭をくしゃくしゃになでながら微笑を浮かべた。それはまるで父親が娘にする慈しみのようであるが、ルイードからすると、万物生きとし生けるもの全てが愛おしいのかも知れない。
ボサボサ髪の下にある凛々しく美しいシブオジイケメンフェイスを目の当たりにして、大きな胸をトゥンクさせたシルビスは「やっぱりルイードさんは私のことが好きなのね」と、一人で頬を赤くしたのだった。
(第九章・完)
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