第183話 ウザ闇のパーティータイム③

「いかがなさいましたか、リュウガ様。お疲れであればソファでお休みになられては?」


 アミラが上目遣いでリュウガを凝視する。


『美しい。そして私の疲れを察する洞察力もさるものながら、頭もキレるし話術も巧みだ。さらに言えば王朝でもこれほど私を立ててくれながら女は他にいない』


 リュウガが知る王朝の女貴族達は「旦那さまの仰せのままに」「私が好きなものは旦那様の好きなものです」と自我を消して従順を示す。しかしアミラと話をしていると、自分が求めるのは隷属する女ではなく、苦楽を共にしてお互いを高めあえる「パートナー」だったのだと気付く。


 ―――しばらく後の話。


 リュウガはレッドヘルム一族の公爵位であるアミラ公女と結婚した。


 家名もなくフリーター的なマナー講師をして食いつないでいたリュウガは、アミラと結婚したことで逆玉の輿に乗れたわけで、金に困ることはなくなった。だが、男としてのプライドがあるので「食い扶持は自分で稼ぐ」と、学院のマナー講師を続けている。


 決して悪い稼ぎではないが、安定した職業とは言い難い。シャクティの一言で契約は打ち切られてしまうのだから。


「あなたには文才があると思いますわ」


 ある日、国元に宛てた手紙の誤字脱字を確認してもらっていると、アミラからそう言われた。


「マナー講師もご立派ですが、あなたの文才ならもっと輝けると思いますの」

 ↓

「ああ、人生を賭して挑むあなたはかっこいいですわ」

 ↓

「大丈夫です。ボツですがいい文章が書けていますわ。ここのつながりをもっと情緒深く書かれると、さらに良くなる気がしますわ」

 ↓

「ああ、素晴らしい。これはボツですが、あなたの文才に嫉妬してしまいますわ」

 ↓

「ボツですが安心して書き続けてください。おっぱい揉みます?」


 という流れで死ぬほど原稿を書き直しさせらたが、リュウガは絞りカスみたいになりながらもなんとか【女王蜂と蜜蜂の愛ある生活】というエッセイを出版する運びになった。


 その際、出版社の選定や発行部数や印税交渉はもちろん、プロモーション戦略に至るまで、アミラから「こうしてみてはいかがかしら」と助言され、その内容ですべてうまくいった。まさに妻の手の上でコロコロされて成功を掴んだのだ。


 ベストセラー作家になったリュウガは「今の勢いを落としてはもったいないと思いますわ」と、アミラから更に発破をかけられて、寝食を忘れて執筆に集中して様々なエッセイを書き上げた。


 後に「ミツバチリューガ」と呼ばれるそのシリーズは空前のヒットを記録し、そのおかげで連合国では「うまく旦那の尊厳を維持しつつ転がす方法」や「転がされてやる男の器量の大きさ」が浸透し、他国より結婚率が上がり離婚率が下がるという現象を巻き起こした。


「リュウガ先生、次のエッセイの構想はどんな感じでしょう?」

「うちの原稿の締切は昨日ですよ!」

「先生! シリーズ全巻重版出来しゅったいです!」


 様々な出版社の担当編集が押しかけてくる中、リュウガはレッドヘルム一族から寄贈された機械式打鍵文字印刷機タイプライターをカタカタカタカタカタターン!と強めに叩いた。


「アミラ、外にいるあいつらを追い返してくれないか」

「あら、インクがお手に。うふふ」


 アミラは肯定も否定もせず、赤子を抱いたままリュウガの手を取った。


 ヒュム種と吸血鬼ハイエルフのハーフとなったその赤子は、母親の性質を強く受け継いでいるおかげで見目麗しい。


「子がいるだけでこんなに変わるとは自分でも思わなかった」


 妻と子のいる家庭のために粉骨砕身することが今のリュウガの歓びであり、コロコロされる人生になんの違和感も嫌悪もない。


「君と結婚してよかったよ、アミラ」

「私はなにも。すべてあなたの才能のおかげですわ」

「その才能を見出して支えてくれたのは君だ」

「お褒めいただいて嬉しいですわ。ところでエッセイストとしてセミナーをというお声を頂いております。あなたの落ち着いた品のある話術ならきっと素晴らしいセミナーになると思いますの。ちなみに全三十回公演で、一回につき大金貨三枚300万連合通貨というお話でしたが、足代やポスターなどの肖像権上乗せを交渉致しておりますわ」


 それはつまり「もうやることは決まっている」という話なのだが、リュウガはうんうんと頷いた。

 

「ところであなた。屋敷の南に少し大きめの別館を建てて通いのメイド達を住ませたいと思いますが、いかがでしょうか。費用は大金貨二十五枚ほどになりますが、本年の収支からすると財政的にはそこに使ってもまだ余りあります。来年の予測収益から鑑みても問題はないかと」


 家の財布は完全にアミラが握っているので、リュウガはうんうんと頷く。


「ついでではございますが、社交界に行くドレスを新調させていただければ。いつまでもあなたの妻として美しく有りたいので。予算は大金貨一枚でございます」

「そんなに安くていいのか? レッドヘルムのドレスのほうが品がいいのでは?」

「さすがに数百年前の古いデザインですので」

「そうか。それはそうだな。何着か新しく買うといい」


 そう言ってリュウガはうんうんと頷く。


 高い金額を出してから安い金額を提示しているのでリュウガの感覚は完全に麻痺している。一着大金貨一枚ということは日本円で百万円相当のドレスということで、この世界の常識的ではとんでもなく高価なドレスなのである。


「なに。私が腱鞘炎になればいいだけの話だ。君の要求は当然だとも」

「ありがとうございます、あなた」


 アミラは吸血鬼の力を抑えて軽~く「きゅぅ」っと抱きついた。それだけでリュウガは幸せで満たされる。


 このように夫を立てながらこき使う「プロ主婦」がアミラだとすれば、その正反対の人生を歩んだのがリュウガの前妻で稀人のアイラだった。


 リュウガと離婚した後、エリューデン家の女頭首となったアイラは、せがまれて王朝の有名貴族たちと見合いさせられた。だが、再婚については「あーし、めんどくさい付き合いとか嫌なんで」と断り続け、アモスフィットネスジムの王朝国内展開の手伝いばかりやっていた。


 彼女は「男を転がす女」ではなく「男に頼らず自活する女」だった。


 しばらくするとそんなアイラを食い物にするのではなく「サポートしたい」と心底考えてくれる庶民の男と出会い、再婚。エリューデン公爵家は子々孫々続くこととなった。


 こうしてリュウガの身辺は丸く収まる。


 ―――では、ユーリアンはどうなったのか。


「ユーリアン様、商域についてご見解を」

「世間を知らない私達に値付けの見識もお伺いしたいわ」

「そんな色気のない話ばかりではなくとの将来についても、是非」


 美女三人に迫られるユーリアンは、根っこの部分がリュウガのように真面目ではないが、それでも「家のため、エチルのため」という思いは強い。


「商売の話の前に……。今日会ったばかりの御婦人にする話ではないと思いますが、俺の悩みを聞いて欲しいのです」


 ユーリアンはリュウガにも相談しなかった家のこと、妻のことを吸血貴婦人たちに話した。


「俺は傾いた家のため、浪費癖のある妻のため、稼がないといけないのです」


 三人の吸血貴婦人たちは話を聞き終えてもユーリアンを嘲笑することもなく、真剣な表情のままだ。


「そもそもユーリアン様の家はどうして家長に責務を押し付けているのでしょう。他の者たちは家のためになにかされているのですか?」

「その奥方様を戒めても聞き入れられないとなければ、十分に離縁理由になるかと思いますが。地上の社会では駄目ですの?」

「それでユーリアン様は幸せなのでしょうか?」


 最後の言葉は辛かった。確かにエチルと結婚してから幸せを感じたことはないし、これからも幸せになれる絵が見えない。


「「「自由に羽ばたくときは今です」」」


 声を揃えて説得されたユーリアンは、本国の爵位とエチル元王女を捨てる決断をした。


 そして数カ月後。


 キトラ公爵家からは外道扱いされたが、ユーリアンは正式に家督を捨て、エチルと離婚し、連合国で三人の吸血妻を娶った。


 彼は元々傾奇者として「人の予想しないことで成果を上げる」ことが得意だったようで、三人の妻たちの助言もあってか、商売はすべて大成功。


「稀人が異世界から持ち込んでいない品で、且つ世の中に大きな影響を与えないが便利で実用的で他所が真似しにくい商品」をレッドヘルム一族の膨大な知識から探し出し、いくつものヒット商品を生み出したユーリアンは、やっと幸せを掴んだ。


 さらに数年後。


 連合国では知らぬ者のない「スリーシスターズ商会」(結婚した三人の吸血貴婦人は姉妹だった)の頭首となったユーリアンは、別れたエチル元王女やキトラ公爵家がどうなったのか耳に入れる機会があった。


 まずキトラ公爵家はエチルの浪費癖を止めることもなく、恥も外聞もなくエチルの実家がある王国からも援助を受けながら、蝶よ花よと甘やかし続けた。


 その結果、完全に財政破綻。キトラ領地の民は飢えて荒廃してしまった。


 皇王アモスと皇女レティーナは何度となく注意したが、キトラ公爵家もエチルも領民そっちのけの暮らしを続け、遂には領地は没収され、公爵位は取り上げられた。


 そこで気がつけば良いものを、その後もエチルは贅沢する暮らしを捨てられず、多額の借金を抱え込んで自己破産。路頭に迷っているらしい。


「……流石に自分だけ幸せになってシカトってのは夢見が悪い」


 ユーリアンは三人の妻たちに頭を下げ、元妻に手を差し伸べる許可をもらった。もちろん金銭的な援助ではなく、ちゃんと自立するための手を差し伸べるという条件付きだ。


 ユーリアンが久しぶりに会ったエチルは変わっていた。


 水を飲むためのコップ一つ手元にない生活を強いられた時、エチルは初めて自分の行いが正気の沙汰ではなかったと気が付いたらしく、これまでの自分を恥じ入っていた。


 ユーリアンはエチルを連合国に呼び、三人の吸血婦人たちにみっちり商売の教育を受けさせた。


 その結果……


「サマリーを見る限りアサインされることはアグリーですが、こちらのエビデンスのないジャストアイディアにはコミットできませんの。残念ながらデフォのスケジュールもタイトでプライオリティのセッティングも甘いようですし、リソースの見通しが甘いようですわ。これらのイシューがフィックスされたスキームでもう一度シンクアバウトしましょう」


 エチルは意識が高くなり、レッドヘルム一族が繁栄していた頃に使っていたビジネス用語を使いこなし、散々遊び回ってきた経験を生かしていくつかのベンチャー企業を立ち上げてスリーシスターズ商会の一翼を担う進化を遂げた。


 ユーリアンの第四婦人として返り咲く道もあったはずだがエチルは「ユーリアン様は恩師ですから」と固辞し、別の大手商会の会長と再婚して、スリーシスターズ商会に合併吸収させるという離れ業もやってのけたのだった。

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