第182話 ウザ闇のパーティータイム②

 地下大宴会。


 ジョージは吸血鬼ハイエルフたちからあからさまに持ち上げられて気分を良くしているようだが、同じテーブルにはそうではない者たちもいた。


 中途試験に落ち、やさぐれて馬鹿な真似をしたせいでシャクティが牢獄に入れた【ただの稀人】【神竜代行】【田舎者】の三人だ。


「吸血鬼って魔物だろ」


 現代地球のファンタジー知識を持つ【ただの稀人】からすると周囲は魔物だらけという認識なので、出された食事には一切手を付けていない。


「俺のいた世界のホラー映画のパターンだと、このパーティーの主菜は俺たちで、一斉に襲いかかってきて血を吸われるんだ……」

「モグモグ……お前が何を言ってるのかわからないし、かあさんは連絡取れないけど、モグモグ……美味い!」


 そう言いながらモグモグと口を動かしているのは【神竜代行】だ。彼は吸血鬼たちが用意した料理に舌鼓をうち、ローストビーフの絶妙な焼き加減とソースに感動して目をキラキラさせている。


 彼を育てたホワイトドラゴンはこの世に蔓延る人間の浅ましさと愚かさを嘆き、息子として育てながらも人間である彼に人間を滅ぼすかどうかの選択を与えた。が、亜空間越しにルイードからぶん殴られて今は遠い何処かに引きこもって治療中らしい。


 ホワイトドラゴンをぶちのめしたルイード曰く「ちっとばかし知恵をつけたドラゴン風情に、人を滅ぼす権利なんぞあるもんか」ということで、母竜としての威光は消え失せてしまったようだ。


 さらに、そのホワイトドラゴンから受けていた加護の恩恵も消えているため、【神竜代行】はこの世界にいる一般人と変わらないごく普通の能力しかない。


「モグモグ……どうせ吸血鬼に襲われるなら、モグモグ……食べないと損」


 ホワイトドラゴンに育てられたせいか、彼は三馬鹿の中で一番豪胆な性格をしているらしい。


「ねえ、あれ見てよ」


 過去にこの世界に喚ばれた勇者や魔族の血を引いた【田舎者】は、テーブルの間をせわしなく動いて給仕している女を指差した。


 それは一緒に試験を受けて不合格になった【ゴーレム少女】だった。


 彼女は吸血鬼ハイエルフがまだ文明の榮華に酔いしれている頃に作られた戦術兵器だが、ルイードに魔石動力炉を破壊されて大破した。それをここにいる地下の住民たちが修復し、給仕係として使っているのだ。


「ワインのおかわりはいかがデス?」

「こちらの空いた食器はお下げするデス」


 本来の主の元で働けるのは【ゴーレム少女】にとって歓びなのか、嬉々として動いているように見える。


「てか、どうにかしてここから逃げられないか」


【ただの稀人】は会場を見回しているが、ここには玄関も窓もなく、どうやってここに来たのか定かではない。


「貴方たち、ちょっとよろしいですか」


 三人の元に現れた蛇女―――シャクティを見てビクッとする。この蛇女に勝てないことは実証済みなので、なにかされるわけではないとしても、自動的に緊張が走る。


「次回の中途入学試験は来月です。それまでに心の持ちようを改め、真摯に勉学に励みたいというのであれば、どうぞ試験を受けに来てください」


 三人は顔を見合わせる。


「受けていいのか」


 代表して【ただの稀人】が尋ねると、シャクティは慈母のような微笑みを向けて「良い子であるなら、ですが」と言い置いて、別のテーブルへと去っていった。


 これは余談だが、たったこれだけのやり取りで善人であろうと心を入れ替えた三人は、翌月行われた試験に合格してレッドヘルム学院に入学した。


 それからの学院生活で【ただの稀人】は順調にステータスを上げ、【神竜代行】も人間を滅ぼすなんて言う考えはなくし、【田舎者】も常識を身に着けた。


 平民の生徒や貴族の生徒とすったもんだはあったが、美少女生徒会役員達とも仲良くなり、友情を育み、卒業を迎える頃には人として大きく成長して立派な青年になった。


 その数年後。三人は連合国を守護する英雄として銅像が立つくらい活躍することになる。


 ちなみに、同じテーブルで「顔だろ」「おっぱいだ」「いいやお尻だね」「足首の細さってナガーノ博士は言ってた」と、女性の好きな部位について吸血鬼の若者たちと激論を交わしているジョージは、学院を卒業してからも彼らとの友情を続け、レッドヘルム一族と真の和平を結び、吸血鬼ハイエルフを「人間」の一種族だと世界に認めさせて歴史書にも名を残すことになる。


 そんな少年たちがいるテーブルの隣には、リュウガ・エリューデンとユーリアン・キトラがいる。


 二人のいるテーブルには吸血鬼の女性が大勢集まっていた。


「東の王朝? ああ! 私達の世代では大和大国と言われていましたわ」

「あら。私が地上にいた頃は神国と」

「支配者が変わる度に国名が変わっていましたものね」


 優雅な貴婦人たちは王朝数千年の歴史の、更に前の話をしているので、リュウガもユーリアンもそのスケールのデカさについていけないでいる。


 すると吸血美女の一人がスッとリュウガの隣に立って、恭しく一礼した。


 絹のような青白い肌。

 輝くようなプラチナブロンド。

 細い腰と柔らかそうにたゆんたゆんしている胸元。

 広がったスカートの上からでも想像できる大きな尻。

 そして細く折れそうな手首や足首。

 さらにちょっとタレ目で穏やかそうな顔つきがまたリュウガの好みだった。


「わたくし、アミラと申します。お見知りおきを」


 稀人アイラと似た名前の響きにリュウガは凛々しい眉をピクリと動かしたが、それでもエリューデン公爵家の嫡男として育ってきただけあって優雅に一礼を返す。


 アミラという名前のせいで最初は警戒していたリュウガだが、話をしてみると彼女は彼が好むタイプの女性だった。


「女は内助の功で夫を助けるのが当たり前ですわ」

「夫が好む女で有り続け、庇護されるのが女の生き方ですから」

「何人妾がいても、その頂点にわたくしがいるのであれば、なにを咎めることが有りましょうか? お家のために世継ぎはたくさん必要ですから」

「贅沢をさせていただけるのは夫から愛されるように自らを磨き上げた結果。ですから贅沢させてもらえないのは自分のせいだと思いますわね」


 どうやらアミラは「男を立てる生き方」を当たり前だと思っているようだ。


 馬鹿な男は「俺がいなければ何も出来ない従順な女だ」と勘違いするだろうが、言い方を変えれば働く男に依存して生かされている風を演じながらも、しっかり男をコントロールして餌を運ばせている「女王蜂」のような女性だ。


「ところでリュウガ様、ご結婚は?」

「うっ」


 アミラとの楽しい時間は終わったなとリュウガは観念した。


「……恥ずかしながら、最近離縁させられた身です」

「あら、ご正直ですこと。黙っていればこんな遠方の地ではわかりませんのに」

「ご婦人に嘘を付くのは王朝貴族の名折れですから」

「なんと高潔な。ですが、うふふ。原因はリュウガ様の浮気でしょうか?」

「なぜ私の浮気だと?」

「リュウガ様はとても精悍であられますから、きっとたくさんのご婦人たちが蜜を求める蝶のようにやってきたことかと」

「……いや、私が結婚した相手は稀人でして。生まれ育ちの違いによる不一致によるものです」

「あら? 奥方……失礼。元奥方様はリュウガ様に合わせなかったのですか? ありえませんわー。わたくしならすべて旦那様の言う通りですし、旦那様が好まれる女として生きてまいりますのに」


『怖っ』


 横で二人の話を聞いているユーリアンは、自分の妻である元王女エチルがそういう「男に依存している風に見えて全部搾取しているタイプ」だったので身震いした。残念ながらエチルの場合は、女王蜂どころか自分の巣も食い尽くしてしまうエイリアンだったわけだが。


 だがリュウガはそれに気付かず、どんどんアミラにのめり込んでいく。


 これは吸血鬼ハイエルフが得意とする魅了魔法チャームではない。純粋にアミラが女狩人ラブハンターとして男を射止める技術によるものだ。


「さすがは合コン女王のアミラ様ですわ」

「狙った男は逃しませんわね」

「それは貴女。アミラ様は一族で一番のグラマラスボディとマーベラスなテクニックをお持ちですから。どんな殿方もヒョイパクですわ」


 リュウガには聞こえていないようだが、同じテーブルにいるご婦人たちのひそひそ話はユーリアンには届いていた。


「おいリュウガ」

「なんだユーリアン」

「初めてお会いしたご婦人にのめり込み過ぎじゃないか?」


 流石に助け船を出したが、リュウガは「邪魔をするな」とユーリアンを追い払った。


『しーらね』


 そう思ったユーリアンの元にご婦人たちが集まってくる。


「私達の話が聞こえていらっしゃったのですわね?」

「それでご親友を助け出そうとなされた」

「しかし断られてから見捨てるまでの切り替えも早くていらっしゃいました」


 突然自分の心情を察知され、ユーリアンは「捕食されてたまるか」と身構える。


「こういう殿方は商売上手だとレッドヘルム一族では教えられておりますわ」

「わたしたち一族が持つ技術や道具を地上で売って大儲けして頂けそうですし」

「私はそういう殿方と結ばれたいわ」


 商売話になったのでユーリアンはぐらついたが、それでも「本国に妻がおりまして」と釘を刺すことは忘れない。


「はて? お国や奥方はそれほど大事でして?」


 見透かされてる!とユーリアンは警戒を強めた。


 だが、十数分後にはご婦人方の話術で「あれ、どうして俺はあんな女のために金を稼ごうとしているんだ」と疑問を持つようになってしまった。

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