第181話 ウザ闇のパーティータイム①
「ワインを血の代わりに飲むなど、ありえませんよマドモアゼル」
「そうそう。私達が生きるのに必要な血液は、人工血液剤を毎日一錠だけ水に溶かして飲めば事足ります。ですが、味覚は潤いませんからね。ワインは別腹ですよ」
「直接吸血? いやそんな野蛮な……」
「雑菌処理していない血液を口にすると、なにか感染したら怖いじゃないですか」
「あははははは。吸血鬼なのにそれうけるー!」
良い感じに酔っ払っているシルビスは、ラッパ飲みしているワインボトルを片手に大笑いしている。そんな彼女の周りには青白いが眉目秀麗な美男子達が集まり、楽しそうに歓談している。
見回せばどこの国の王族でもこれほど豪華絢爛な社交場は持たないとわかる地下のパーティー会場。
高い天井からはシャンデリアがいくつも下げられ、それらには蝋燭ではなく暖色の照明が灯されて、仄かな輝きが視界を満たしている。
ビュッフェには古今東西の様々な料理や酒が並び、広い会場内に設置されたいくつもの丸テーブルには、汚すのが怖くなるくらい精緻なレースで象られたテーブルクロスが敷かれ、それぞれのグループが話に花を咲かせている。
「さあ、皆のもの。地上からのゲストに敬意を表して、改めて乾杯!」
「乾杯!」
ゲストとは―――
牢に取らわれていたジョージと中途試験落第者【ただの稀人】【神竜代行】【田舎者】の三人。
落とし穴の罠に引っかかり、カミラという美女に救われたシルビスとガラバ。
仮面の魔法使いアラハ・ウィに誘い出されたリュウガ・エリューデンとユーリアン・キトラ。
その失踪者たちを探すため、牢獄の壁に仕掛けられた「目に見えない呪紋」を見つけたアルダムとエルフのディーゴ、ビランとシーマ。そして副学院長シャクティ。
つまり、ルイードを除く全員が地下に作られた豪華絢爛なパーティー会場で、レッドヘルム一族……吸血鬼たちのもてなしを受けている。
「地上人と話をするなんていつぶりか。皆楽しんでいるな」
そういう美女はカミラ。シルビスとガラバを通路の罠から救ってくれた彼女は、レッドヘルム一族の「当主」だったらしく、今も吸血鬼たちが何人も挨拶に来ては頭を下げていく。
「この地下ってどんだけ広いんだ?」
ガラバは芳醇で旨すぎる赤ワインをお代わりしながら尋ねた。
「実際は数百メートルの空洞だが、圧縮空間技術で広げているから……多分八百キロ四方はあると思うが」
「はっぴゃく!?」
「これほどゲストがたくさん来ることはなかったから、全域に広がっている一族が数百年ぶりに集まった。例を言うよ、ありがとう」
「礼を言われることなんて」
ガラバが柄になく照れると、カミラは妖艶に微笑んだ。
「そーい!!」
ガラバの脇腹にシーマの手刀がめり込み、思わずワインを吐き出しそうになった。
「浮気か! 浮気なのかガラバ!」
「ちょ、違う。違うでしょうがハニー! もてなしてくれているレッドヘルムのご当主様と話をしてるんだ!」
「おやおや」
カミラはスカートを少し持ち上げて
「ダークエルフは我らハイエルフの親戚筋とも言える。どうぞよしなに」
「ご、ご当主様!? これは失礼を」
シーマは慌てて頭を下げた。
「そうかしこまる必要はない。我々レッドヘルム一族は亡霊のような存在だ。どこの国にも属していないし貴方達とは領主領民の関係でもない。対等の関係だよ」
「それは気が引ける……」
シーマがこれほどビクつくのは珍しい。
エルフとダークエルフはハイエルフの劣等種と言われていた時代もあったが、劣化もなにもまったくの別種である。その違いは「ミツバチとスズメバチ」で例えればいいだろうか。同じ蜂でもまるで違う存在なのだ。
その頃、レッドヘルムを追いやった一族の末裔であるジョージ・ベラトリクスは、自分より高貴な服を着て所作も美しい貴族勢に萎縮していた。
「ベラトリクスと言えばシルバーファングの孫だったか?」
「シルバーファングの息子がウィードで、その娘であったろう」
「ああ、おっとりしたあの娘子か」
どう見ても自分と変わらないか少し上くらいの若い貴族たちが懐かしむように言う。彼ら吸血鬼は老いることなくそんな前世代から生きているのかと、ジョージは更に小さくなる。
「どうしたねジョージ君。安心したまえよ。貴公らを襲ったりはしないのだから」
「そうだとも。人を襲うためにわざわざこんなパーティーなど開かないさ」
「ツインズパスの子孫に乾杯!」
「乾杯!」
連合国首都は大昔「
なのに、追われて今の今まで地下生活を強いられてきたレッドヘルム一族からは、恨み言の一つも出てこない。
「怨み? 別にそんなものは。なぁ?」
「ないね。陽の下で生きていけない僕たちは、いずれ地上から地下に引きこもらなければならなかったんだよ」
「栄枯盛衰ってやつにいちいち腹を立ててもね」
自分とは生きている段位が違うなとジョージは凹んだ。彼らの精神はかなり高貴で、怨みだの復讐だのという俗な考えはないのだ。
「それに我々は神に呪われるようなことをした
「そうそう。怖かったよね熾天使ウリエルの全方位攻撃」
「あんなの相手にモータ◯ヘッドもモビルス◯ツも勝てるわけがない」
「バスターランチャー弾き返してたよね? この世の物理法則を無視する存在に何したって勝てるわけがないよ」
吸血鬼たちはハハハと笑っているが、ジョージは「この世界にはそんな化け物がいるのか」と血の気が引く思いをしていた。
『僕はこの世界の中で高貴な存在だと思っていたけど、どれほど矮小でゴミのような存在だったのか思い知らされた気分だ……』
「楽しんでいますか」
くねくねと蛇の尻尾を踊らせるようにしてシャクティがジョージの元にやってきた。
「彼を楽しませてくださいね?」
シャクティの瞳が金色に輝いた時、ジョージと同じテーブルを囲んでいた吸血鬼たちは、シャクティが何者なのか理解したようで全員が青白い顔を屍蝋のように白くした。
「それでは失礼」
シャクティがくねくねと他のテーブルに行くのを見届けた吸血鬼たちは、出来の悪いカラクリ人形のように「ぎぎぎ」と音がしそうなくらいこわばった体でお互いの顔を見合わせた。
「い、いまのは」
「まて。言うな。言わないでくれ」
「は、はは……はははは……さあジョージくん! 大いに楽しもうじゃありませんか!」
「そそそそそそうですよジョージくん! さあ、お酒をもっと!」
副学院長の一言で、優しかった吸血鬼たちが更に優しくなった。
『副学院長の威光はここにも轟くのか』
ジョージの勘違いは「副学院長の」ではなく「熾天使ウリエルの」なのだが、そんな事実は知る由もなくパーティーは続けられた。
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