第180話 ウザ冒険者は王座にて

 王の間に場所を変えた現王ヒューゴは、ルイードを王座に座らせて、自分はその手前に椅子を置いて話を始めた。


「かつてこの大陸西方には、超高度文明を誇るハイエルフの国があった」


 真夜中でも昼のようにまばゆい街。


 超転送システムにより移動時間ゼロの物流。


 どんな魔物や巨獣の攻撃にも耐えうる防衛力。


 外宇宙からの侵略者を撃退する超兵器の数々。


 馬より早く国内を移動する乗り物……むしろ馬はすべてウマ女という亜人に改造され、その女たちが走るレースで大金が飛び交った。


 ハイエルフ以外の種族は隷属させられ、この国は栄華を極めていた。


 だが、ハイエルフの国はその科学技術と比例して慢性的なエネルギー不足に陥っていた。この国が大陸西部一帯にしか行動範囲を広げらていなかったのはそのせいだ。


 だから彼らは長い歳月をかけて「命子力エネルギー」を作り出した。


 生物の命をエネルギーに変換するその技術は、幾万の命を犠牲にしてハイエルフを栄えさせる―――はずだった。


 しかし命を弄ぶその所業は神の怒りに触れ、神の使徒「熾天使ウリエル」がこの国を一夜で消滅させた。


 それだけではない。


 生き残ることが出来た一部のハイエルフたちも神の呪いを受けてしまい、暗闇の中でしか生きられず血潮を糧にする呪われた「吸血鬼」になってしまった。


 ある者は悲観して自ら陽光に晒されて自ら死を選んだ。

 ある者は血潮の甘美さに酔いしれ、他の種族に狩り殺された。

 ある者は永劫の眠りを選択し、二度と開かない棺桶に入り深海に身を沈めた。


 こうして吸血鬼ハイエルフたちは徐々に数を減らしたが、唯一残ったのがレッドヘルム一族だった。


 彼らはハイエルフの傲慢さを反省し、地上の闇の中で細々と暮らすことにした。


 その善良な統治とハイエルフの知識は、当時の大陸西方諸国を豊かにするに十分で、近隣諸国もレッドヘルム一族と懇意にしてくれていた。だが、そんなレッドヘルム一族の地位と知識を妬んだシルバーファング一族によって彼らは追い払われた。


「ほーん」


 王座に座って足を組み替えながら退屈そうに話を聞いているルイードは、話に飽きている様子だ。


「そ、それと、これは余談だが……」


 現王ヒューゴは別の話題を提供して気を持たせようと試みる。


「ハイエルフ支配時代には『劣等エルフ』と呼ばれていたのが我らブライトエルフ種やダークエルフ種スヴァルトアールヴで、我々は大破壊を免れて空を彷徨っていた空中宮殿を巡り、長く闘っていたという歴史がある」


 結果、ブライトエルフが勝利して空中宮殿には現王ヒューゴの先祖が住むことになり、ダークエルフは地上で暮らすことになった。


「で?」


 偉そうに現王の話を聞いているルイードは、実に面白くなさそうにしている。なんせそれら過去の出来事は、神話の時代から悠久の時を生きているルイードにとって「最近起きた出来事」に過ぎないので、全部知っているのだ。


「せ、先刻捕らえたムサカを問い質したが、彼奴は闇に追いやられたレッドヘルム一族を見つけ出し、地上に戻そうとしておった」

「ああん? 吸血鬼ハイエルフは太陽の下で暮らせねぇのにか?」


 ルイードが反応を示してくれたので現王はホッとした。


「ムサカは彼らに生体装甲を与えるつもりだったらしい。確かにあれなら陽の光を遮ることも宇宙空間で呼吸することも可能だ」


 装着者の能力を増幅させ、完璧な自己再生能力を持ち、数々のオーバーテクノロジー武装を内蔵した「生体装甲」を、あらゆる種族を凌駕する身体能力を持つ吸血鬼ハイエルフが纏えばどうなるか―――ムサカはとんでもない化け物たちを地上に放つ予定だったようだ。


「そうなると、ご先祖様がめちゃくちゃ強くなって、ムサカとかいう雑魚の言う事、聞いてくれねぇんじゃねーの?」

「いや、我ら王族は生体装甲を自由に解除できる術を知っておる。それで脅せば彼らを手下にできると踏んでいたのだろう」

「ほー……。じゃあ、黒幕は捕まえたことだし、そのレッドヘルム一族がこれからどうしてぇのか確認しねぇとなぁ」


 ルイードはニマァと悪い口元をしながら立ち上がった。


「は?」

「復讐のために地上を蹂躙したいのか、それとも平和に過したいのか。今まで通り地下にいたいのか、光あふれる地上に出たいのか。その返答によってはウリエルのやり残した根絶やしプロジェクトを俺様がやってやんよ」


 現王ヒューゴはルイードなら本当に根絶やしにできると思って慌てる。


「ち、ちょっとまって欲しい。レッドヘルム一族は吸血鬼とは言え、失われた我らが祖であり善良な者たちだ。シルバーファング一族に追い立てられて闇に逃れたが、彼らはそれまでのハイエルフたちの悪しき考えを捨て、すべての種族と仲良く手を取り合いながら差別なく暮らして―――」

「今もそうだといいな」

「うっ……。せ、せめて彼らと交渉する時間を頂戴したい! ムサカの自供でレッドヘルム一族が連合国の地下にいることが判明しておるし、丁度我が息子が連合国に留学しておるので……」

「交渉? 無駄な時間だ。俺がちゃっちゃと片付けてやんよ」

「お待ち下さい」


 ルイードによるパワハラ会談の真っ只中、王の間に女の声が割って入った。


「そ、その声は」


 現王ヒューゴが振り返るとそこには美しくも表情が冷たいエルフの女性がいた。王国の冒険者ギルド受付統括……鉄面皮のカーリーだ。


「お、おお? カーリーちゃん!? 里帰りなどであろうか!」

「ルイード様。種の根絶や取捨は貴方様の役割ではございません。どうか控えるようにと


 父親をガン無視してルイードに話しかけるカーリーに対して、現王は「仰せ? 誰が?」とカーリーとルイードを交互に見るが、どちらからも返答はない。


「……」


 ルイードはなにやら不機嫌になったようだが、今までのように現王ヒューゴを怯えさせるほどの気迫は感じられない。これはカーリーがルイードの圧を抑え込む神気を放って中和しているからなのだが、目に見えるものではないのでヒューゴにはわからない。


『それはいいとして、いくらなんでもヒューゴはオメェのパパさんなんだから、ちゃんと見てやれよ』

『私の父は神のみですが、ルイード様がそうおっしゃるなら』


 念波でやりとりしたカーリーはコホンと軽く咳払いすると、王座の隣りにある亡き王妃の席に腰掛けて足を組んだ。まるでルイードが王、カーリーが王妃のような佇まいで、眼下の椅子に座る現王ヒューゴは臣下のような扱いだ。


「さて、父君」

「う、うん? どうしてそこに座るのかなカーリーちゃん?」

「煩い。浮遊停止バルス

「ちょっと! いまのなしワロス!」


 現王ヒューゴは慌てて立ち上がって打ち消しの呪文を唱えた。


「なにをするんだカーリーちゃん! 今のはフローティングシステムを止める呪文だぞ!」

「このようなものがあるから争いの種が尽きないのです」

「さっきも同じようなことをルイード殿からも言われたが、解決したことだからね!?」

「……ルイード様が良しと言うのなら、それで結構」

「え、なに、カーリーちゃんに見下されてるこの感じ……」

「見下しているのです父よ」


 カーリーは冷たい言葉を続ける。


「木っ端王族のムサカごとき小物にいいように動乱を起こされるとは、王として怠慢が過ぎます」

「そ、それはそうかも知れないが、娘がそんなことを親に言う?」

「そもそも、このようなことでルイード様のお手を煩わすなど言語道断。同じエルフであり、あなたの娘であるというだけで、私はルイード様に対して恥をかいてしまいました。これは万死に値することです父君」

「ちょっとカーリーちゃん!? 長いこと地上にいたせいで礼儀とか忘れてるのかなー? いろいろヤバイこと言ってるってわかってる? パパは王様だよ? どこから目線なのそれ」

「黙れ」


 カーリーの瞳が黄金色に輝き、人の身では耐えられないほどの神気が溢れ出す。その神気が翼を象って羽ばたき出そうとした時、ルイードが「おーちーつーけー」とカーリーの頭を軽く叩いた。


「……」


 なぜかポッと顔を赤くしたカーリーから神気が抜けると、現王ヒューゴは「いまのはカーリーちゃんの気合いのせいで見た幻覚かなー」と現実逃避を始めていた。


「とにかく俺は連合国に戻るぜぇ」

「ルイード様。そんな些事はシャクティに任せておけばよいかと」

「あいつ融通効かねーじゃんか。下手すると地上の生き物全部を水没させて根絶やしにすんぞ」

「それはそうですね。危険なのでシャクティは殺して天に還しましょう」


 鉄面皮のカーリーも納得する融通の効かなさ。それがシャクティウリエルであった。


「物騒だなおい。曲がりなりにもあいつは連合国の冒険者ギルド受付統括だし、レッドヘルム学院の副学院長なんだぞ。てか、オメェの仲間だろうが。殺すとかやめろ」

「体が死んでも魂は死にませんから」


 その二人の会話を聞いて現王ヒューゴは「うちの娘、やばくない?」と、あわあわするしかなかった。








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 作者:注


 おうざ。

 タイトルにウザって入ってればいけると思ってる。

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