第179話 ウザ冒険者、あっという間に黒幕を無力化する
エルフの国の王家は、口伝でのみ伝えられる「エルフ種の隠された真実について」の物語を聞かされて育つ。
現王「ヒューゴ・エルフ・バルニバービ・レミュエル」はもちろん、王太子のディーゴも知っているその物語には、エルフにとって大事な教訓が含まれている。それを知っているのと知らないのとでは、統治の方針に大きな違いが出るだろう。
『だが分家はこの話を知らない。だからムサカのような愚行を犯す者が出てくるのだ……』
現王ヒューゴは謎の病で苦しむ胸を抑えながら、忌々しい分家筆頭の顔を思い浮かべて苦渋に満ちた顔をした。
振動する王座は平衡も保たれなくなり、空中宮殿が徐々に傾きながら落下しているのを感じる。
―――現在、空中宮殿は争乱の最中だ。
分家筆頭のムサカが自身のシンパである保守的なエルフ騎士たちを率いて、王家に反乱を起こしたのだ。
「反乱軍は騎士を中心とした三百八十四名と確認!」
「敵は生体装甲を使用! 我らの防衛隊にも貸与しますか!?」
「バカを言うな! 生体装甲同士で戦えば空中宮殿が吹き飛ぶぞ!」
「現王様は生体装甲の解呪呪文をご存知だから案ずるな!」
管制室オペレーターたちの怒号が飛び合う光景を、玉座の間から中継で見る現王ヒューゴは、自分の胸の鼓動を手に感じながら、徐々に膨大していく痛みに苦しんでいた。
どんな医術でも原因が判明しないこの痛みは、早々に「呪い」だと判明している。だが、エルフたちの高い魔法技術を持ってしても解呪できなかった。
『くっ……、これはムサカ程度の者ができる呪いではない。これほど強力な呪いを私に与えるとは何者だ……』
「命子力エネルギー低下! 徐々に落下中!」
「空中宮殿の骨格に亀裂発生! このままでは基礎が折れます!」
『それにしてもムサカめ。空中宮殿を落下させるとは、まったく理解できぬことを……』
現王は胸を抑えながら項垂れる。
分家筆頭でありながらコソコソと裏で動きまわるドブネズミのような男に、ここまでの狼藉を許してしまったことは、王であるヒューゴの落ち度だ。彼はムサカが反乱の兆志を持っていることをとっくに察知していたが「その程度」と捨て置いたのだ。
しかも予想外だったのは、ムサカの目的は「この城と兵器の支配」で、それを以て「地上を制圧する」のだとばかり思っていた。まさかすべてを破壊することだったとは想像していなかった事態だ。
『どうしてこういう考えに至ったのかはわからん……。わからんが、このまま捨て置けるものではない。この生命を賭してでも止めねばなるまい』
ヒューゴは胸を抑えながら青い顔で立ち上がった。
空中宮殿が墜落すればこの中にいるエルフたちは勿論、地上世界にも多大な影響が及ぶ。おそらく大陸が消し飛ぶどころか惑星の軸がずれるほどの爆発が起きて、地上世界は消滅するだろう。
「近衛騎士はついて参れ。決してムサカの手によってこの城を落とさせてはならぬ!」
□□□□□
「やーめーろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
ムサカは号泣しながらルイードの足にしがみついている。
彼は空中宮殿を落とそうなんて欠片も考えていないのに、ここを破壊し尽くそうとしているのは、突然現れた野蛮な男―――ルイードだった。
「やめろ、マジでやめろ! それはこの宮殿を空に浮かべるために必要なフローティングデバイスなんだぞ! というか太陽にぶち込んでも壊れないそれをどうして蹴りだけで壊せるんだ!!」
「うっせぇ。男がまとわりつくなよ気持ち悪い」
そう言いながらも軸足にしがみつくムサカを無視し、超高硬度装甲で作られたフローティングシステムを蹴り壊していくルイード。
その周りにはねじ切られたり折り曲げられたりして、とても人様に見せられない悲惨な姿になりながらも、生体装甲の特殊能力「自己再生」でビクンビクンと体を震わせて元の姿に戻ろうとしている騎士たちが転がっている。少し離れたところには、ルイードを潰すために出撃してきた巨大なゴーレム達が大破放置されているが、これもルイードの仕業だ。
これらの被害を元に戻すのならは、いかに長寿なエルフでも何世代か重ねる年月を必要とするだろう。
「やめれええええ!! こわれるぅぅぅぅぅぅ! 城が落ちちゃう!!」
ムサカは半泣きでルイードの足に掴まる。
彼らエルフ種が得意な魔法は全て無効化され、スピードでも腕力でも勝てなかったので足にしがみつくしかないのだ。
「うっせぇうっせぇうっせぇわ~♪ってかぁ?」
ルイードは場末の居酒屋で鼻歌交じりに安酒を飲むおっさんみたいな態度で、空中宮殿の心臓部みたいな機械を蹴り壊していく。
「だいたい
ルイードは本気で空中宮殿を破壊しようとしているようだ。
「この宮殿の圧縮空間には一億人以上のエルフがいるんだぞ! 貴様はエルフ種を滅ぼすつもりか!!」
「ふん。テメェらは一度全部失って森の狩猟生活から始め直せ」
「待て、冷静に聞いてくれ! ここが地上に落下したら確実に爆発する! 命子力エネルギーが爆散したら大陸が吹き飛ぶだけでは済まない! この惑星が死滅するんだぞ!! 頼むからやめてくれ!」
ムサカはルイードの足元に土下座し、何度も床に額をこすりつけた。
「二度と地上支配など考えないし、今後もエルフ種でこんなことがないようにする! 私の魂を賭けて誓う!! だから頼む!!」
「ほーん?」
「もちろん王位簒奪とかも考えない! 王太子暗殺もしない!」
「ほほーん?」
「吸血鬼になったエンシェントエルフたちも地下に押し留めるから!」
「ほほほーん……? てかそれが聞きたかったんだけどよぉ」
ルイードは蹴るのをやめて土下座低頭するムサカの前にしゃがみこんだ。
「エンシェントエルフなんて種族は聞いたことねぇが、もしかして絶滅したハイエルフのことか?」
「そ、そうだ」
「そうだ? 口の聞き方が分かってねぇなぁ? おおん?」
ムサカは頭を下げてルイードには見えないように「ぐぎぎぎ」と歯ぎしりするが、どうあがいてもこの小汚い男に勝てる見込みはないのでおとなしく敬語を使う。
「も、申し訳ございません。エンシェントエルフとは絶滅したハイエルフのことでございまして、すべてのエルフの先祖でございます」
「ほほほほーん」
ルイードはその答えに納得したようで、葉巻から吸い込んだ紫煙を吐きながら、やっとフローティングシステムから離れた。
「……」
ムサカは腰が抜けたようにその場にへたり込む。あと一枚装甲を蹴破れば、空中宮殿は浮力を失って墜落するというギリギリのタイミングだったのだ。
「んで? 吸血鬼になったエンシェントエルフたちってのはどういうこった?」
「それは私から説明しよう」
痛む胸を抑えながら、現王ヒューゴ・エルフ・バルニバービ・レミュエルが近衛騎士を引き連れて現れると、ルイードは「また偉そうな野郎が現れた」と拳を鳴らした。
「ま、待て。私は敵ではない。というより、我らの最強装備をこうもメタメタにする者を相手にしようとか思わぬ」
現王ヒューゴが両手を上げると、近衛騎士たちも王に倣って両手を上げる。振り返った元王は呆れたように「貴殿らは反乱分子を全員拘束せよ。ムサカもだ」と命じる。
「ささ、旅の御方はどうぞこちらに」
近衛騎士に指示を出したヒューゴは、胸を抑えながらルイードに簡素な備え付けの椅子を勧めた。
「旅の御方って(笑) テメェ、俺様を見忘れたのかヒューゴ」
「は?」
現王はルイードを凝視したが記憶にある人間ではない。
「ほれ」
ルイードが前髪をかきあげると、ドブ川が清流に変わるかのように辺りの空気が一変し、ヒューゴは目を剥き出すように驚いた。
「あ、あなたは!! 我が娘カーリーにストーキングされておられたルイード様か!?」
驚きのあまりに胸の痛みも忘れるヒューゴだったが、実はルイードの素顔を見た瞬間に、どこかの仮面の魔法使いがかけた「乳房がどんどん大きくなって死に至る呪い」は解けていた。今まで胸を抑えていたのはDカップに迫る勢いで成長している胸を隠すためだったのだ。
大陸西方の地下で仮面の男が「おや?」と首を傾げているのも露知らず、ルイードは面倒くさそうに頭を掻いている。
元王の呪いが消えたことを(元王の胸元の膨らみを見て)察知したムサカは、近衛騎士達に連行されながら「顔見せただけで呪いを解くなんて!! あいつは何者なんだああああ!」と叫んでいたが、ヒューゴもルイードも無視している。
「この場にいる皆も聞くがよい。この御仁は我らエルフの救世主であらせられる」
すっかり胸の成長痛もなくなった現王は清々しい顔でルイードを紹介する。
「かつて『エルフの災厄』と呼ばれ手がつけられなかった我が娘カーリーをこの宮殿から連れ出し、人並みに落ち着かせてくださった御仁だ。まさか老いることなくまだ生きており、こうして我らの危機を再び救って頂けようとは」
「……勇者様ということでしょうか?」
近衛騎士の一人が直言すると、現王ヒューゴは「うーむ?」と少し困った顔をした。
「魔王を倒した救国の勇者たちを育成された『アークマスター』でもあられると言えば納得するか?」
「!」
その場に残っていた騎士たちは一斉を膝を折り、ルイードに頭を下げた。
「そんなんじゃねーよ」
ルイードはぽりぽりと頭をかきむしりって照れ隠ししたが、エルフ騎士たちからの尊敬の眼差しは終わりなく続いた。
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作者:注
豊胸の呪いは
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