第178話 ウザ冒険者、よくある物語をズバっと端折る

 この学院施設は姿を消したレッドヘルム一族の邸宅を接収したもので、階段下の仕掛け扉はその頃の名残だとシャクティは言う。


「開け方にはコツが必要です。まず表面のレリーフに少し血を吸わせると仕掛けが動いて扉が開く……。これはレッドヘルム一族が研究していた命子力エネルギーの転用ですね」

「命子力……?」


 ディーゴは自分の知らない単語に眉を寄せた。


「生き物の生命をエネルギーに変えるという危険な技術です。原子力、光子力、命子力、魂子力の順に危険が増すのですよ」

「え、す、すいません。光子力から先は初耳なんですが……」


 世界最高の先端科学を誇るエルフの国でも聞かされた覚えがない単語に、ディーゴは本気で驚いているようだ。


「禁断の技術ですから。そのようなものを使えば当然神の怒りに触れて呪われることでしょう」


 シャクティの声色は何一つ変わっていないというのに、なぜかひんやりとした怒りを感じたディーゴはそれ以上話を深堀りするのはやめた。王族たるもの、話の追いどころについてはどこまでいけるのか線引できて当然だ。


「さて。扉が開いても中に入ってはいけません。そこはただの落とし穴で、落ちた先は一本道の通路と大広間があるだけですからね。地下牢に行くのであれば、小部屋の壁にあるスイッチを入れるのです。そうすれば地下に続く階段が出てきます。予め言っておきますが、そこは当時から使われていた座敷牢跡があるだけで、他には何も―――」

「ちょっと待った。どうしてそれを俺たちに教えるのさ」


 アルダムのご尤もな質問にシャクティは微笑んだ。


「これからみんなで調べに行くからですよ」


 アルダムに反論させないその微笑みは、全然目元が笑っていない。


 こうしてシャクティに促されるまま仕掛け扉を解除した一行は、ぞろぞろと地下に行く。


 シャクティとシーマが光の魔法を使って足元を照らしてくれているが、それがなければ真の闇だと分かる。


『僕でも見通せないなんて』


 ディーゴのようなエルフ種の眼には「ナイトビジョン」と呼ばれる能力があり、どんな暗闇でも見通せると言われている。これは夜の僅かな星明かりでも増幅して捉えることができる種族特性なのだが、ここには地下なのでその「僅かな光」が存在しない。


「そもそも学院内に牢獄があるってのが」


 アルダムはシャクティをジト目で見る。


 彼は今回の失踪事件について、いまだに彼女が怪しいと睨んでいるので棘のある態度を変えない。


 誰もがその童顔にごまかされるが、イケメン三人衆の中で最も性格がひねくれているのがアルダムなのだ。


「ここに入れられる生徒は刃傷沙汰を起こした『退学寸前』の者に限られます。この闇の中で自分と向き合い、それでも反省できないのであれば退学です。勿論一時間に一度のトイレ休憩や三度の食事、衛生的なシャワーなどは人権に配慮して与えていますが……まさか、牢脱けをする生徒が出ようとは」


 シャクティは一行を案内した牢獄の前で、床に落ちている南京錠を指差した。


「ここにはシルバーファング家に連なるジョージ・ベラトリクスと、今回の中途試験で狼藉を働いた三人を入れていました」

「あー、試験中にルイードさんが鉄拳制裁したとかなんとかってのがいたって聞いたけど、それだけでこんな所に閉じ込めますかね、ふつー」


 いちいち突っかかるアルダムに対して、シャクティは冷静だ。


「その三人は、鍛えられてもいない【ただの稀人】と、ホワイトドラゴンの加護を得て調子に乗った【神竜代行】、そして稀人や魔族の血を引いた【田舎者】です。この三人はそのまま放校すると碌な大人にならないと確信しましたので、生徒ではありませんが矯正するために入れていました」

「越権行為すぎない? ここの学生でもないやつらを監禁する権限があんたにあるんすか?」

「あると言ったら」


 シャクティの黒目部分が蛇のように縦になっていく。そしてアルダムばかりかここにいる全員が、殺気ではないなにかの圧を感じて緊張した。


「そ、それにしてもここは本当に牢獄だけしかないんだな」


 ビランが気を利かせて話題を変える。


 このままアルダムが絡むことでシャクティが謎の圧を発し続けたら頭がどうにかなってしまいそうだと思ったのだ。


「そうです。ここの四方は壁。上にあったような隠し扉もなく、熱源も感知できません」


 蛇人種ナーガは尻尾の先で熱を感知することができると言われている―――のだが、それよりなによりシャクティは四大天使の一人なので、この世の理を無視する天使の力を用いれば、消えた者たちが何処にいるのか造作もなく知ることができるはずだ。


 あえてそうしないのは「この世の法則に則って存在するべし」という神の不文律があるからだが、その約束にも例外がある。堕天使や悪魔など、この世の理を無視した存在と相対する時は、わざわざ世界に合わせることなく神の力を行使するのだ。


 もちろん今はその時ではないから天使の力は行使していないのだが、ルイードがここにいれば「ほんっとにオメェは昔から融通効かねぇなぁ」と小馬鹿するだろう。


「とにかく調べよう」


 シーマに促されて全員が牢屋の壁や床を調べることになったが、一辺の壁に仕掛けられた「目に見えない呪紋」が見つかるまでにかなりの時間が必要だろう。


 その後、彼らは禁断のエネルギー開発を行ったせいで神に呪われた「レッドヘルム一族」と出会い、彼らに捉えられた生徒たちと共に一族の野望について聞かされることになる。そしてこの哀れな一族を暗に操り、混乱に乗じてディーゴを暗殺しようとしていた黒幕がエルフの国にいるとわかり、「空中宮殿」まで旅をして四苦八苦しながら乗り込んで成敗する―――というのが叙事詩のセオリーだろう。


 だが、そんなものをガン無視して動き回る男がいた。




 □□□□□




 ディーゴ王太子暗殺計画。


 それは現王から王位を簒奪し、地上に留学しているエルフの王太子「ディーゴ・エルフ・バルニバービ・レミュエル」を亡き者にすることで、分家筆頭である「ムサカ・エルフ・バルニバービ・レミュエル」がエルフの国を掌握することを第一段階とし、次いで空中宮殿の超兵器や騎士団を地上に投入して世界を統一支配するという壮大な計画である。


「地上の人間はすべて我らの祖であるエンシェントエルフの劣化コピーである! だが我々は違う。皆も知っての通り我々はエンシェントエルフの血を引く世界の継承者であり、選ばれた民族である!」


 空中宮殿の一角でムサカは一斉蜂起を前に集まった数百の騎士を前に熱く語る。


「腰抜けの現王らは地上に現れた『魔王』などという他愛もない存在を怖れて空中宮殿に引きこもった。その結果は諸君も知る通り、地上はヒュム種を筆頭とした無能で浅ましい種族に支配されてしまった。見たまえ! 人とは言えぬ亜人どもが大手を振って歩き回るこの地上の姿を!!」


 ムサカが手をかざすと空中に映像が映し出される。プロジェクションマッピングの立体版とも言える映像技術だ。


「これら地上の民草どもは、古の世からエンシェントエルフの奴隷であり、それは未来永劫変わることない定めである!!」


 居並ぶ数百名ものエルフたちは、まったく同じタイミングで力強く頷く。


「圧縮空間と化した空中宮殿に住まう一億五千万のエルフたちは、現王の無為な政策のせいで地上を失ったと知らぬ。だか私は、いや、私達は! その間違いを正さねばならない! 無敵と呼ばれる現王とその息子ディーゴが死ねば、この国は我らのものとなる!」

「そもそもあの王が死ぬのか?」


 誰かの一言をムサカの長い耳は聞き逃さなかった。


「案ずるな同志よ! 無敵にして不老不死の現王ではあるが、とある魔法使いの呪いによって病床に臥せっている。その生命、長くはない! そして、その魔法使いの手によって地上には争いの種が蒔かれ、息子のディーゴも死にゆく運命にあると断言する!」

「全然具体的な作戦じゃないな。もっとKWSKくわしく


 また誰かがぼそりとつぶやいた。


「……信じられぬことに誰ぞ不満があるようだな。だが、ここで全貌を明かすは愚行。私を信じてついてこれる者だけが、未来を手にできると知るがいい!」

「ついてこれない者は?」

「滅びの時が来るだけのことだ! って、さっきから何者だ! 前に出ろ!」


 ムサカが声を張ると、居並ぶエルフたちとは別の場所……巨大な大理石の影から何者かが姿を見せた。


「なにぃ……」


 ムサカは驚く。


 出てきたのはエルフではない。


 背丈はエルフ並に高いが、がっしりとしたその体型は鬼人種と見間違うような筋肉質で、顔はボサボサの髪で覆われている。動物の毛皮で作ったベストや革鎧も、彼らから擦ると野蛮人バーバリアンにしか見えない格好だ。


 しかもその傍らには瞳を「はふぅん♡」とさせた女教師が腰を抱かれて力なく立っている。その女はムサカが地上に派遣したスパイだ。


「スウィフト!? どうして貴様がここにいる! まさかその野蛮人を地上から連れてきたというのか!?」


 ムサカの指示で動いていた女教師スウィフトは、学院内で幻視の術で隠していた長い耳を野蛮人―――ルイードに引っ張られ、フウッと息を吐きかけられた。


「はふぅぅぅぅぅぅぅん♡♡♡♡」


 吐息一つで女教師は昇天絶頂し、力なくその場に崩れ落ちる。


「な、なんだあいつは!? 皆のもの! あの狼藉者を捕らえよ! 生体装甲を使用しても構わん! こやつの血を捧げ、蜂起の旗とせよ!」


 ムサカの指示を受けたエルフ達は次々に「生きた鎧」を身にまとう。


 レッドヘルム一族に関するドタバタや空中宮殿に来るまでの経緯などをガン無視し、いきなり敵陣ど真ん中に乗り込んだルイードは、辺り一面で響き渡る「きゅばっ!」という装着音の中、ニヤニヤ笑っている。


「ショータイムだ、こんちくしょうどもめ」

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