第176話 地下を求めてウザーチする者たち
レッドヘルム学院高等部本校舎の地下。
果てが見えない長い通路の壁には燈台が定点設置され、ガラバとシルビスの歩調を合わせるように灯るようになっているらしい。つまり、通路のもっと先まで灯るわけではないので何処まで続いているのか見当がつかない。
「姉御、注意して進もう」
ガラバはシルビスと違ってちゃんと実力で三等級冒険者になった男だけあって、注意深く周りを見ている。戦闘系冒険者なので探索系の技能こそないが、他の冒険者から聞いた話を思い出しながら罠がないか確認しているようだ。
「この石畳すごく均等に加工されてるわね。あ、そこの模様がなんかルイードさんのしかめっ面に似てない?wwww ねえねえガラバ。ここの石壁って継ぎ目に隙間が全然ないけど、どうやって積んであるんだろうね? あ、そこの壁がルイードさんの腹筋みたいな形しててウケるわぁwwww あ、ほら、この天井! 梁もないのにどうやって作ってあるの!? そういえばギルドマスターの部屋のベッドの天蓋も継ぎ目がなくて……。あ、そういえばあのベッドにルイードさんの獣ベストが干してなかった?」
「うん、姉御うっさい、うっさい姉御」
ガラバはシルビスを睨みつけた。
「えー、けど気にならない? 気になるよね!」
「その話、今必要なことじゃないだろ。探索しながら進んでる横でそんなに喋られると、わりとガチでウザい」
シルビスは
だが二人は気がついていないが、すでに通路の罠は二人を蝕んでいるのだ。
それは毒ではない。
それは致死の罠ではない。
それは探索系冒険者でも気付かない。
この通路に仕掛けられた罠―――それは、この通路自体だ。
人間の感覚では天井、両壁、床の四辺が均等な真四角の通路に見えるだろう。
だが実は微妙に寸法がずれている。その僅かなずれの中を歩いていくと平衡感覚が狂わされ、目眩や嘔吐などの身体異常を催すことになる。それが罠だ。
たかが目眩や嘔吐と思うなかれ。
その不快感の中で平常通りに戦うことなど不可能だし、人によっては立っていられないほどの異常状態に陥る。そして本来の実力を発揮できなくなった侵入者は、この通路の先にある大広間で待ち構えているレッドヘルム一族のしもべ、
正統なルートで入って来なかった者は「侵入者」と見做されて攻撃されるのは当然だろう。なぜならここは、嘗て大陸西方を統治していたレッドヘルム一族の隠れ家なのだから。
「壁のこれ、紋章みたいだけど見たことある?」
「大陸中に貴族は星の数ほどいるんだぜ? いちいち家紋を覚えてられっかよ」
「ふーん? じゃあ有名どころの家紋じゃないってこと?」
「少なくとも俺は知らないな。てかなんだその家紋。アイアンベアか?」
「大きな熊みたいな模様だよねー」
残念ながらこの二人にはそれがレッドヘルム一族の家紋だとは分からなかったようだ。
「!? ちょっとまった姉御」
ガラバはシルビスの前に立って足を止めた。彼の耳は何者かの足音を捉えたのだ。
『ゆっくりした歩調、擦るような足運び、ヒールが石畳を打つようなこの音……貴族の女か? 足音は一人分だな』
いつもの癖で背中に手を伸ばして両手剣の柄を探したが、当然持ってきていない。だが、ガラバに武器があろうがなかろうが、先の見えない通路の先からは足音が近づいてくる。
「誰かいるのか!」
ガラバは意を決して声を張る。
普通、こんなところで声をかけられたら驚くだろう。しかし近寄る足音は歩調を乱すことなく止まりもしなかった。
『俺達がいることを知って近寄ってるってことか。素手で勝てる相手ならいいが』
相手が女だとしても油断はできない。この世界では性差で強さは決まらない。力では男が優るとしても速さでは女が優ることがあるし、事実、ガラバは恋人のシーマと戦えば勝てると思っていない。
力ではガラバが勝っても、
ガラバは一瞬体を緊張させたがすぐに力を抜いて臨戦態勢を整えた。筋肉が緊張していると初動が遅れるので、わざと力を抜くのは戦いの基本なのだが、普通の人間ではこんな状況下で「わざと力を抜く」という芸当は難しい。
「なに、なにがくるのよ」
「シッ」
ビビるシルビスを黙らせるガラバ。
「何か来るのか?」
「だから、シッ!」
「何も来ぬようだが?」
「シッって言ってるだろ! こんな状況でウザるのはやめ―――」
ガラバはサアッと顔から血の気が引いていくのを感じた。今の声はシルビスのものではなく、しかも背後から聞こえてきたのだ。
『ば、ばかな! 足音は前から聞こえて―――もう聞こえていない! まさか俺に気付かれずに近寄って背面に回ったのか!?』
ゆっくり振り返る。
すると顔面蒼白で固まっているシルビスの横で、シルビスと同じ姿勢でこちらを見ている女がいた。
「シーマ?」
違う。肌色はエルフ種より青白く、シーマのような褐色ではないので真逆だ。どことなく顔立ちは似ているが別人だ。
「シーマ? 誰のことか貴女は知っているか?」
女は傍らで硬直しているシルビスに問いかけたが、返答は歯をカチカチと噛み合わせる震音だけだった。
『な、なんなんだこの女―――』
人間の生命が胸の内にある炎だと例えるなら、この女を見ているだけでその炎が小さくなっていくのを感じる。
「あ、あんたは、何者だ」
「私か? 私の名はカミラ。そなたらが無謀にも『不惑の迷路』を進んでいるので迎えに来たところだ」
「ふわく?」
「うむ。この通路は我が家の侵入者防止の罠でな。進めば確実に死ぬことになるぞ」
「な……」
「シルバーファングの手の者を撃退するために作ったものだが、今もたまに無関係な者が落ちてくるのでな。私はそういう間抜けを助けてやっているのだよ」
「そ、そりゃ助かる」
「我が家で無益な殺生は勘弁だからな。だが、助けるからには多少の対価を求めたい」
「そりゃ払える範囲のものなら」
「それはありがたい。では、そなたらの血を少々吸わせて頂きたい」
青白い顔の美女―――カミラは整いすぎて怖いくらいの美貌に笑みを浮かべた。すると唇の端から鋭利な犬歯が覗いた。
□□□□□
ガラバとシルビスが地下牢で吸血美女カミラと出会った頃、アルダムとディーゴはその二人を探して校内を歩いていた。
「地下室ねぇ」
シルビスが探すと言っていた地下室への秘密の入り口。秘密というだけあって二人で探し回ってもそれらしいものは見つからない。
「ずっと一階を探してるけど、実は二階とか三階に地下室への入口があったりしないかな」
エルフ種のディーゴが整った顔でアホなことを言い出したのでアルダムは呆れた。
「あのな。地下だよ地下。どうして二階とか三階に入口があるんだよ」
「空間歪曲させる術式を組んであれば、どこからでも地下に行けるから、バカ正直に一階だけを探す必要はないかな、と」
「そんな失われた太古の魔法があるのは、古都か遺跡くらいのもんだろ。一階から探すのが当然で常識だろ!」
「常識なく拳法で無双していた人に言われたくないなぁ……」
そう言いつつ、ディーゴは内心で苦笑していた。
『僕の国では現役の魔法なんだけどな』
もちろんそれを口に出すことはない。彼はエルフの国の王太子である身分を隠して留学しているので、余計なことを言ってアルダムに身分を悟られたくないのだ。
「魔法とは言いましたけど、二階から
「あーのーねー。
とある古塔に巣食う魔物の討伐を依頼されたとき、アルダムたちイケメン三人衆は地上三階から
「そもそも秘密兵器(笑)っていうのが―――ん?」
アルダムは押し黙って耳を澄ませた。
この時間、生徒は寮に戻っているので校舎にいるのは教職員か用務員、もしくは見回りの衛兵だと断定できる。
だが先刻教職員室に行ったところ施錠されていた。おそらく全員が職務を終えて宿舎に戻っている。そして用務員のガラバは行方不明。あとは衛兵だが彼らは校舎内まで見回らない。
なのに、アルダムの耳には誰かの会話が聞こえてきたのだ。それも結構な人数が同時に同じくらいの声量で話している声だった。
今は聞こえないが、その声は明らかに足元から聞こえてきた。
「聞こえたか、耳長」
「ええ。伊達に耳が長くはないので」
ディーゴは足元を指差した。
「やっぱりなにか地下にいるな。だけど、どうやって地下に行く?」
「結局そこなんですよね」
「今、一瞬声が聞こえてきたのはどうしてだろう。まるでドアを開けた時に声が漏れてきたけど、また閉じたから聞こえてこなくなった、みたいな感じだったよな」
「いっそ、床を破壊してみましょうか」
「おいおい。学院内の校舎には魔法阻害と物理防御の紋様が……」
「僕にはそんな常識をぶっ飛ばすアイテムがありますので」
ディーゴはヘキサゴン型の「何か」を取り出そうとした。
例によって
だが、ルイードにそれの
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