第175話 どんどん収穫されていくウザい人たち
リュウガとユーリアンの非常勤マナー講師二人組は、今日も聞き分けのない幼等部と初等部の
十代にも満たない子どもたちの溢れんばかりの生命力を前に授業することがどれほど大変か。授業が終わる頃には子どもたちに生命力を吸い取られたかのように疲弊しており、自席に戻ってきても年寄りのようにぐったりしている。
「平民も貴族も子供は子供だな。どっちもたちが悪い!」
「あぁ、リュウガ。俺もそう思うぜ。授業中に席を離れて遊びだすやつもいる」
「私の担当クラスはもっと酷いぞ。平気で菓子を食い始める。全寮制の学院なのに、どこで入手してくるんだ、まったく」
「だけど、最近は随分マシになったと思うぜ」
「ああ、確かに、な」
二人は「子どもたちのマナーが良くなっている」と多くの教職員から褒められている。それについては疲労に見合ったやりがいを感じているらしく、口では愚痴を言いながらも辞めるという選択はないらしい。
だが、今のように授業の空き時間ができると「どうしてこうなってしまったんだろうか」と振り返る事が多くなった。
『アイラのノリについていけなかった私の落ち度か……』
『エチル元王女の浪費癖を見抜けなかった俺の落ち度か……』
まだ若い公爵子息たちは、老人のように人生に疲れたため息を吐き出す。
「リュウガ。そういえば今日は給料支給日じゃないか?」
「おお、確かに!」
「たまには贅沢しないと潤いがないと思わないか」
ユーリアンはくいっと酒を飲む仕草をする。
「付き合おう」
と言っても二人は学院を出て飲みに行くわけではない。学院内に住んでいる教職員用の
ユーリアンは実家への仕送りのために給料の大半が消えていくし、リュウガも離縁したアイラから理不尽に「慰謝料」と言われているので律儀に支払いをしている。
つまり二人して金欠であり、学院外で散財する余裕がないのが現実なのだ。
だが、それでも息抜きできることは嬉しい。
終業後、二人は安酒と酒の肴を買い求め、リュウガの宿舎で酒盛りするべく、薄暗くなった学院内を歩いた。こころなしか足取りが軽いのは久しぶりの贅沢ができるからだろう。
公爵家の贅沢な暮らしを当然と思っていた頃には思いもしなかった「僅かな贅沢」とその喜びに、二人は「これが庶民の喜びか」と感慨深くなる。そして、それは案外悪くないと思えた。
「もしかすると私は貴族であるより庶民であったほうが幸せを享受できるような気がする」
貴族社会はどこの国も殺伐としている。決して庶民の上にふんぞり返っているだけではない。むしろいつ蹴落とされて身分を失うのか戦々恐々としながら生きる日々で、心休まる時はなかった。
「一長一短ってとこだな。俺の場合は」
ユーリアンはまだ公爵家の人間である。だが、公爵という高い身分にありながら金欠財政で苦しむというのはこの上なく恥ずかしいことであり、金食い虫を嫁に迎えてしまった自分の落ち度にほとほと呆れてしまう。
夏の夕日が二人の落とす影を長く伸ばす。どちらの影も肩が落ちて侘びしそうだ。
「浮かない顔してるな」
「お前だって」
二人とも酒は好きだ。だが、先行き不安な中で飲む酒は美味しいものではないことも分かっている。
「おやおや、これは顔色がよろしくないですなぁ」
そんな二人の前に突然現れたのは、目元を仮面で隠したローブ姿の男だった。
リュウガとユーリアンは顔を見合わせる。学院内で見たことがない者だが、どこかで見たような気がしたからだ。
まさかそれが「王国を揺るがした大罪人」「ウザードリィ領のダンジョンマスター」として配られていた人相書きの人物だとは思いもしなかったようだ。
「もしや御二方は王朝では知らぬ者はないリュウガ・エリューデン公爵御令息とユーリアン・キトラ公爵様では?」
「……いかにも」
リュウガが訝しげに応じると、仮面の男は「おお!」と大袈裟に驚きながら、深々と頭を下げた。
「この様なところでお会いできるとは、我が身の幸運に震えが止まりませぬ」
「世辞はいい。何者か」
「これはご無礼を。わたくしめはとある名のある御一族に雇われたしがない魔法使いでございます」
「「名のある一族?」」
同時に言った二人は顔を見合わせた。
リュウガは再婚相手を見つけられるかもしれないという期待、ユーリアンは金蔓にできるのではないかという期待。それぞれ邪な考えで自然とにやけていた。
「近々その御一族がこの学院に現れる予定でして、今宵はそのレセプションパーティーが開催されます。ところで唐突ではございますが、今宵のご予定は?」
「「ない」」
二人の明快な返答を得て、仮面の男は唇の端を吊り上げるような笑みを浮かべた。
□□□□□
「どうしました副学院長」
長い尾をしたん!したん!と廊下に叩きつけながら職員室に駆け込んできたシャクティは、その妖美な顔を真っ青にしていた。
「ルイード先生はどこですか!」
教職員は全員が顔に「?」という文字を浮かべている。髪を下ろしたことにより魅惑の顔面パワーが薄れたルイードは、誰の注目も浴びることもなくなったおかげで、平然とサボりまっているようだ。
「見つけたらすぐに私のところへ」
そう言い残すと、またしたん!したん!と廊下に尾を叩きつけるようにして素早く去っていく。
シャクティが焦っているのには理由がある。
地下室で暗闇の刑に処していた生徒のジョージ、そして中途受験にきた三人の姿が牢獄の中から消えたのだ。
一時間に一度のトイレ休憩をさせるために昼食を持って地下に降りたシャクティが見たのは、空っぽの牢獄と落ちた南京錠だけ。
すぐさま天の力である神気を使って生徒たちの行方を探そうとしたが、何者かによる認識阻害が強烈で何一つ探ることが出来なかった。
シャクティはすぐさま神気を阻害しているのがアザゼル―――アラハ・ウィだと悟った。
彼女は熾天使の力で
「おのれアザゼル、次はダドエルの穴くらいでは済ませない! ルイード! ルイードはどこ!? 贖罪を果たす時だというのに!」
□□□□□
「痛てて……。おい、姉御! どこにいる!?」
視界ゼロの暗闇の中、ガラバは手探りでシルビスを探す。だが、自分の触れる範囲にノーム娘の姿はない。
床を触ると石畳だと分かる。ひんやりとした空気と落ちてきた感覚から、これは魔法の罠による転移ではなく、普通に本校舎の地下に落下してきたことは間違いなさそうだ。
「ったく、あんな単純な落とし穴に引っかかる義賊ってどうなんだよ。おーい、姉御ー!」
「う……」
シルビスの小さなうめき声が聞こえた。案外近くにいるようだが、正確な位置はわからない。
ガラバが探索系冒険者なら五感をフル活用してシルビスの位置を把握できたかもしれないが、彼は純粋な戦闘系冒険者なのでさっぱりわからない。
「うぅ、腰打ったぁ! 痛たたた」
はっきりとシルビスの声が聞こえたので、注意深く手を広げながら闇の中を這うように移動する。
「姉御、どこだ。声を出してくれ。なんにも見えねぇ」
「声……、ど、どうしよ。なにか歌えばいい?」
「普通に喋ってりゃいいんだよ」
「な、何喋ろうか? え、えーと。ガラバは煙草吸うんだったら火打ち石とか着火の魔道具とか持ってないの?」
「あ」
思い出したようにポケットを探ると、稀人の誰かが開発して販売して大ヒット商品になっている『マッチ』があった。
この世界ではそれまで圧気発火器が主流だったが、一般家庭に広く普及していたわけではない。それは貴族の家庭で使われるか懐に余裕がある商家、もしくは必要に迫られた冒険者が持つくらいのものだった。
だが、稀人が考案した摩擦マッチが普及したことで、火付けは格段に楽になった。稀人たちのいた世界ではもっと使いやすい火付け道具があるらしいが、これでも十分だ。
「マッチ持ってたわー」
「馬鹿なの? 早くつけてよ、もう!」
ガラバは使い慣れたマッチを手さぐりで擦り、火を灯した。
すると目の前にジト目をしているシルビスの顔が浮かんで、思わず「ひっ!」と小さな悲鳴を上げてしまった。
「なにか燃えるものに火を移さないと、すぐに燃え尽きちまう」
「ガラバの服、燃やそ?」
「姉御がくれたやつだぞ、これ」
伝説の淫行用務員キサークが愛用していたジャージらしいが、シルビス曰く「背に腹!」なのだそうで、渋々火を付ける。だが、油で浸しているわけでもないので燃え尽きるのは時間の問題だ。
「早く出口を探さないとヤベェぜ姉御」
「あれ?」
頭上に光が灯った。
どうやらここは一直線の石廊下のようで、その壁に均等間隔で付けられている燈台が勝手に燃え始めたのだ。
次々に燈台が仄かな光を灯していき、石廊下の先へと続いていくのを見て、ガラバは「上着、燃やし損じゃねぇか」と恨めしく言った。
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