第173話 アルダム、ウザ動きます

 完全なる闇の中に小さな蝋燭の灯火が生まれると、それが存外眩しく感じてジョージは目を細めた。


 燈台を持っているのは、目元を仮面で隠したローブ姿の男で、その後ろに複数の気配はあるが暗すぎてジョージの視力では姿を見ることができなかった。


「あなたも悪いことをしてここに連れてこられたんでしょう? 副学院長は相変わらずですねぇ。えぇ」

「あ、あんたは誰だ! 僕はシルバーファングに連なるベラトリクス家の貴族だぞ! 下手な真似をすると……」

「ここでその名前はあまり口にしないほうがよろしいかと」


 仮面の男の後ろにある気配がざわめいている。


 姿は見えないし声もしないのだが、気配が動いているのだけは肌で感じ取れた。


「しかしあなたは運がよろしい」

「は?」

「ここに監禁されている間、良い夢を見れるのですからねぇ」

「ど、どういうことだ」

「副学院長も言っていたように、一時間に一度はトイレ休憩があり、それなりに食べられる食事も三回出てきます。夜はシャワーも浴びられて清潔を保てる監禁です。ただし、その他の時間は一切の光のない闇の中に居続けるだけで、娯楽は一つもありません。寝床もその石畳の上です」

「う、うぅ」

「ですがぁ~、幸せそうに眠っている先住の御三人を御覧なさい。―――きれいな顔をしているでしょう?」

「そ、そのパターン!? まさか、死んでるのか?」

「生きてますよ。眠ってると言ったじゃありませんか」


 仮面の男は呆れたように言うと、檻の入り口に手をかけた。たったそれだけの所作で重い南京錠が外れて石畳に落ちる。これが義賊の解錠技能だとしたらとんでもない熟練者だろうが、この仮面の男は義賊ではないとジョージはわかった。


「いまのは黒魔法第二位階にある『解錠の呪文』か? 詠唱破棄しても正確に発動するなんて、あなたは高位の魔法使いなのか」


 ジョージは伊達に名門貴族の端くれではない。庶民よりは格段に魔法知識に長けているのだ。


「私の名は仮面の魔法使いアラハ・ウィ。お見知りおきを」


 仮面の男は恭しく一礼した。


「そして私の後ろにおられる皆々様をご紹介いたしましょう」


 闇の中から赤光放ついくつもの眼球がジョージを見た。


「ひっ」

「あなたのご先祖に何もかもを奪われて、この闇の中に追いやられたレッドヘルム一族の皆さんです」

「レットヘルム!? こ、こんなにたくさん……」

「どうしてレッドヘルム一族が大陸西方の広大な土地を統治できたのかご存知ですか? それはね、彼らが単純に強かったからです」


 アラハ・ウィは牢屋の扉を開くと、その長身をかがめて中に入ってきた。


「彼らの体はどんな傷も瞬時に癒やし、どんな種族より力強く、どんな魔法使いよりも魔力の扱いに長け、どんな王侯貴族よりも格式の高い伝統文化を持っていました。ですが、とある生活習慣の違いから人間として認められず、裏切られ、国を奪われ、こうしているのです」


 闇の中からシクシクとすすり泣く声が聞こえてくる。


「せ、生活習慣の違い……?」

「えぇ。一つは日光に弱いということですな。その弱さのレベルが日焼け程度ではなく、日に当たると灰になって消滅する勢いなのがねぇ……」


 アラハ・ウィは残念そうに言う。


「まぁ、その弱点はの生体装甲のおかげで克服できたわけですが。もう一つ大きな違いがありましてねぇ。ああ、これ重要なのでちゃんと聞いてくださいね」


 出来の悪い生徒を前に教鞭をとる教師のような口調になっているアラハ・ウィは、座り込んでいるジョージに顔を近づけた。


「彼らは血を吸って生きる種族でしてね。あろうことかシルバーファングの者たちは彼らのことを『吸血鬼』などと呼び、魔物扱いしたのですとも、えぇ」

「!」

「ちなみに彼らに血を吸われた者は、とっても甘美で淫猥な夢心地になって、二度三度と吸われたくなるそうですよ」


 ジョージはギョッとして寝ている三人の方を見た。幸せそうに寝ている。


「まままま、まさかあなたは僕の血を吸うつもりか!?」

「私が血を? まさか」


 アラハ・ウィが手招きすると、闇の中からスゥっと女が現れた。色白の肌に赤いドレスがよく似合う、どんな社交場でも見たことがない絶世の美女だ。


「あ、どうぞ」


 ジョージはすぐさま上着を脱いで、ワクワク顔で血を吸われようとした。


「切り替えが早いですね」


 アラハ・ウィ……かつての魔王、かつての堕天使をも呆れさせるジョージの行動は、ここにルイードがいたら拍手と共に褒め称えられていただろう。


「この人が僕の血を吸うんですね! どうぞどうぞ!」


 美女はアラハ・ウィをちらっと見て片眉を上げた。


「なにか勘違いがあったようですなぁ」


 アラハ・ウィが唇の端を吊り上げるようにして笑うと、ジョージは自分が予想していた未来は来ないことを悟った。




 □□□□□




 レッドヘルム学院の中高等部生徒会室。


 室内の端に置かれた豪華なソファに腰掛けるディーゴは、あまりの憂鬱さにうつむいていた。


 先日起きた公開処刑騒ぎで、自分の言動を振り返ると後悔しかない。


 どうしてエルフの国の最高機密兵器を軽率に出現させたのか。更にそれを一瞬でパァにされるという大失態は、エルフの国の王太子という立場を剥奪されてもおかしくない愚行だった。


 それもこれも世界の常識をガン無視する化け物ルイードがいたせいなのだが、ディーゴは逆恨みすることなく「僕は井の中の蛙だった」と恥じ入る。


 彼は基本的に真面目で善良な性格なのだが、空中宮殿から下界を眺めていると世界は愚かで幼稚で未発達に思えた。そんな感覚が彼を付け上がらせていたのは間違いない。


 しかしそんな長く伸びた鼻っ柱を一介の教員が叩き折った。


 教員ですらアレなのだから、地上の軍隊にはもっと強いのがいるのだろうとディーゴは推察する。もしあんなのルイードが何十何百と存在するのなら、どんな兵器を用いてもエルフの国に勝ち目はない。


『地上の民など一瞬で滅ぼせると思っていたけど、考えが甘かった。無知は罪だって姉君が常々言っていたけど、本当にそうだった。僕はこの国の下賤な貴族たちと同じ様に傲慢だったと自覚したよ』


 のぼせ上がった自分の考えを反省しているディーゴと同じように、生徒会室でのあちこちで生徒会役員の美女たちもうつむいている。


 副学院長から「無能」と叱られた彼女たちの元には、生徒会卒業生から手紙が届いている。


 ディーゴを巡る色恋沙汰で盲目になり、あの程度の騒動を収められなかったという事実は、確かに無能と言われても仕方ない。そして、伝統あるレッドヘルム学院生徒会役員がその体たらくだったというのは、卒業していった生徒会経験者からすると決して許されない事だ。


 どこから卒業生たちに話が伝わったのかはわからないが、とにかくどの手紙もお叱りの内容ばかりだ。


 ちなみにこの学院の生徒会卒業生は、全員が連合国の要職についている。そんな彼らから叱責を受けるということは、彼女たちの将来は閉ざされたも同然だ。就職先に連合国要職がなくなったのは間違いないし、こうなると婚約破棄もありえる。家名に泥を塗った彼女たちは廃嫡や監禁幽閉という未来まで想像しているので、うつむいて震えるしかないのだ。


「ちゃーす」


 そんな暗く沈んだ生徒会室に、先日公開処刑の渦中にいたアルダムがヘラヘラした顔でやってきた。


 全員ギョッとしたがアルダムは平然と生徒会室に入り、「どーもどーも」と言いながら座ることを許可されなくても豪華なソファに腰を下ろした。


 この辺りの礼儀のなさが貴族たちから『庶民め』と侮蔑される所以なのだが、元々粗暴な冒険者稼業のアルダムは気にしない。


「あのさ、生徒会あんたらに頼みがあって来たんだけど」

「これはアルダム君。ごきげんよう」


 エマイオニー会長は制服スカートでお辞儀カーテシーしたが、すぐに表情を固くした。


「庶民の君には伝わっていないのかもしれないが、我々生徒会はは便利屋ではないし、一般生徒の立ち入りはご遠慮願っている」

「生徒が生徒に公開処刑される学び舎って、すごいよね」


 アルダムは突如話題を切り替えた。それだけで会長の心臓が締め付けられる。


「しかも生徒の規範となる生徒会が、公開処刑されるのに抵抗していたこの俺と戦おうとしてたよなぁ?」


 アルダムはソファの対面に座るディーゴを見ながら言う。


「あれは戦おうとしていたのではなく、君を止めようとしたんだよ」


 ディーゴは言いながらも「証明が難しい」と思った。


 状況的には暴れ無双のアルダムを止めるようにと、会長に促されるようにディーゴが前に出た。そこでルイードが現れたので結果的になにもしていないが、確かに端的に言えば「ディーゴは悪いやつに促されてアルダムと対峙した」と言えるのだ。


「生徒会役員がそんな言い訳するのかよー」

「残念ながら僕は役員じゃないんだ。彼女たちに言われてご意見番として……」

「はぁ? じゃあ、あんたが一般生徒の立ち入りはご遠慮願っているって言ってるこの部屋にいるのはなんでだよ。ここでくつろいでる時点で、あんたはあきらかに生徒会役員たちと太く深くつながっているし、それを容認されてるじゃないか」

「♡」


 エマイオニー会長は「太く深くつながっている」のくだりで顔を赤らめてモジモジし始めたが、アルダムは無視することにした。常日頃シルビスによって話の腰を折られまくっているので耐性がついているのだ。


「あんたが良かれ悪かれなにを考えていたのかなんて、俺の知ったこっちゃないね。集団リンチされそうになっている方の俺を止めようとしていたからには、敵だと認識されて当然だろ」

「その通りだ」


 モジモジしていた会長はディーゴの隣に腰掛けてアルダムと向かい合った。


 数日前なら太ももが当たるくらいべったり座っていたが、今はわざとディーゴと距離をとっている。よっぽど各方面から叱られたのが堪えたようだ。


「改めて謝罪させて欲しい。君の誤解を招く軽率な行為だった。我々は君を止めるより、君に危害を加えたり君の被害に合いそうな者たちを先に解散させるべきだった」

「そりゃどーも」


 アルダムは面白くなさそうに言った。


「って、チゲぇんだよ。俺は謝罪が欲しくて来たんじゃない。頼み事があるっつってるでしょーがー」

「……聞くだけ聞こう」


 会長がやっと身を乗り出したのでアルダムは本題に入った。

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