第172話 いつもどおりウザいシルビスは地下室への階段を見つけた
「ふーふふっふー、ふふふ、ふ~♪ ふ~ふふふ、ふ~ふ~ふ~♪」
シルビスは高等部本校舎の
公開処刑かなにかで生徒と教師が校庭に出払っている今こそ、先日見つけた「怪しい地下室への入り口」に挑もうという魂胆だ。
正直、本当に地下室に通じている入り口なのかは、開けていないからわからない。だが、シルビスとしては「あの扉は怪しすぎるのできっとレッドヘルム一族が残した超兵器(笑)が隠されているはず!」という確信を持っていた。
それにつきあわされている用務員役のガラバは完全に白けていた。
「ほんとにいいのか姉御」
「えー、なにが?」
「勝手に地下室に入ろうってことさ。レッドヘルム一族の超兵器(笑)ってのもアルダムのアホが適当に言ったことだぞ」
「いいじゃない。私は冒険者なんだし、ちょっとくらい冒険しなきゃ! というわけで鍵持ってきた?」
「まぁ、一応、な」
用務員のアルダムは学院内の全施設の鍵を管理している。しかしその鍵束は高等部本校舎だけでもかなりの数になり、どれが地下室の鍵なのかはわからない。
「ほら、ここ」
「こりゃあ……確かに怪しい扉だ」
本校舎のハズレにある階段の下には、換気口かと思えるほど小さな、人ひとり横になって入れるかどうかという扉があった。
それは鋼で出来ており、草と人と天使が描かれたレリーフの作り込みからしても、かなり特別な雰囲気がある。
だがガラバは眉をひそめている。
階段下にこんなものがあるのも不自然だが、シルビスが空いてもいないこの扉を見て「地下室への入り口」などと言っているのが疑問なのだ。
「姉御はこの扉が開いてるのを見たのか?」
「見てないわよ。だけど物置のドアにしては豪華すぎない? 怪しい=地下室の入り口よ」
「決めつけが過ぎる……。だが、たしかに不自然だよな」
この小さな扉は高価な材質と精緻なレリーフが特別感を醸し出しているので、用具入れの類には見えない。
ガラバは鍵束の中から合いそうな鍵を探そうとしたが、そもそも鍵穴がないことに気がついた。
「これ、穴がないのにどうやって鍵入れるんだよ」
「あれ、ほんとだ」
「頼むぜ姉御ぉ。俺だって暇じゃないんだ。てか本当に超兵器(笑)が学院内にあるとしても、用務員が簡単に触れる鍵束に鍵をつけないと思うぜ」
「……そりゃそうよね」
「お? やけに素直に聞くじゃないか。てぇか、あんたは義賊なんだから、自分で鍵開けしたらどうなんだ?」
「!」
シルビスは目から鱗が落ちたような顔をした。自分の職能を忘れていたらしい。
「ふ、ふふん♪ 自分の職能も忘れていたこの私がピッキングツールを持ち歩いてるとでも思ってんの!?」
「思ってねーよ。とにかく開かないから諦めて戻ろうぜ」
「うーん……。ガラバ、これ蹴り壊して?」
「アホかよ。無理だっつうの」
「あんたルイードさんの部下でしょうが! やってやれないことはない! ルイードさんに指導を受けた稀人たちは原子も砕くって言うじゃない!」
「俺は稀人じゃねぇし、原子?ってのを砕くっていうのは教えられてもいねぇし、そもそもあんただってルイードさんの部下だよ! 自分にできないことを人にやらせるな!」
「自分の短所を補う仲間がいて助かるわー」
「できねーつってんだろ」
ガラバが本気で苛ついてきたようなので、シルビスはウザ絡みをやめて名残惜しそうに扉のレリーフを指先でなぞりはじめた。
シルビスは冒険者ギルドで義賊の仕事を受けることが少なく、いつも「草むしり」「素材集め」「掃除」といった簡単な仕事で実績を積んでいる。あとはイケメン三人衆やシーマたちにくっついて依頼を受けることで、総合的な結果で三等級までのし上がったタイプだ。
つまり、等級に見合った能力を持っているわけではないので、義賊の解錠技術も素人に毛が生えた程度だ。
そんなシルビスが見てもこの扉は簡単に開くようなものではないとわかる。
装飾は複雑でしかも可動するようになっている。おそらくこのレリーフに特定の動作をさせることで鍵穴が現れるのだろう。もちろんその可動方法がわからなければ、扉を開けることはできない。ピッキングツールを持参していたとしてもどうにもできなかっただろう。
「痛っ」
不用意にレリーフをなぞっていたせいで、どこかの鋭利な先端で指先を引っ掻いてしまった。
少し血の球が浮かぶ程度の傷だが、シルビスは大袈裟に指を咥え、涙目でガラバの足を蹴った。
「八つ当たりが酷い―――あれ?」
なにがきっかけだったのか、扉表面のレリーフがヌルヌル動いて、ガコッという音と共に扉が開いた。
「……ウソだろ」
ありえねぇという顔をするガラバに対して、シルビスは「どうよ!」と史上最大のドヤ顔をしてみせる。
「扉は開いたけど姉御、本当に入るつもりかい?」
「私が負傷してまで開けた扉よ。行かない選択肢はないでしょ」
シルビスは這いつくばって扉の中に身を入れようとしてピタリと止まった。
ここに自分が先に入れば、後ろからくるガラバにスカートの中を見られかねないと思ったのだ。
「あんた、先に入ってよ」
「人身御供が過ぎる」
「ちがうって! あんたが後ろから来たら私のスカートの中を見ちゃうでしょうが!」
「ははは。ハニー以外のスカートの中には興味ねぇし、そもそも姉御の見たところでwwww」
シルビスは自慢の角でハリケーンミキサーして廊下に叩きつけると、悠々と四つん這いになって扉の中に入った。
狭くて暗い空間は、完全に階段下のデッドスペースに作られた物置で、地下室に続く階段はない。
「こんな扉をつけといて思わせぶりすぎじゃない!?」
「どしたー」
ガラバも四つん這いで階段下に入ってくる。
「なんもねぇじゃん」
その時、何かが外れる音がして床が開き、二人は叫ぶ暇もなく暗闇の中へと落ちていった。
□□□□□
シルビスとガラバを飲み込んだ扉は自然に閉じ、レリーフは元の形に戻っている。
そこに副学院長のシャクティがジョージを連行して現れた。
用心深く廊下や階段の上などを警戒しつつ、シャクティは小さな扉の表面に手を這わせ、少しばかりの血を吸わせる。するとシルビスがやったようにレリーフが動き出し、ガコッという音と共に扉が開く。
だがシャクティはその中に入らない。
開いた階段下のスペースに手を突っ込むと、壁に設置された隠しスイッチに触れる。すると階段下が大きく開かれて「地下に続く階段」が露出した。シルビスとガラバは二段構えのセキュリティに引っかかったのだ。
「ふ、副学院長! なんですかこれは! 僕をどこに連れていくつもりですか!」
シャクティの尻尾に巻き取られているジョージが狼狽える。
「この下には学院でも大っぴらにできない部屋があります」
「な、なんですか、それは」
「質素な拷問部屋ですよ」
「なっ……ご、拷問!?」
「あなたは家で聞いたことがあるのでは? 『和平の証として作られた学院』というのは後付けの設定で、この学院の敷地や建物は、すべてレッドヘルム一族が所有していた本邸だったという話しですが」
「し、知らない」
「連合国が接収して学院として使っているだけなので、本当なら今もここはレッドヘルム一族の所有物です。そしてそのレッドヘルム一族が地下に作っていた拷問部屋……。あなたのご先祖様も捉えられてここで拷問されていたかも知れませんね」
ジョージはシャクティの尻尾に囚われたまま、暗すぎて上下感覚すらわからなくなる階段を降りさせられた。
しばらく闇の中を降りていくと、尻尾に巻き付かれたままで抵抗できないジョージは、石畳のどこかに落とされた。
暗すぎてよくわからないが錆びついた蝶番の音と共に鉄製の檻を閉じる音がした。シャクティが言った通り、ここが「拷問部屋」なのだろう。
「な、なんだここ……何も見えない」
「では御覧なさい」
檻の外にいるシャクティは、指を一本立ててその先端に魔法の光を灯す。すると、拷問部屋の中には先客とも言うべき三人の男たちが寝転んでいるのがわかった。
「ひっ」
気配がしなかったので死体だと思ったジョージは焦る。
そこで寝ている男たちは、異世界から来た【ただの稀人】、人間の生殺与奪権を持っていると吹聴していた【神竜代行】、そして隠れ里のど田舎からやってきた勇者一族の末裔である【田舎者】の三人だ。
中途入試で問題を起こした彼らは、シャクティに捕まってここに幽閉されていたのだが、三人とも幸せそうな顔で「すぴー」と寝ている。
「なんですかこの人たちは!? こんな暗い所に監禁されているのにすごく幸せそうな寝顔なんですけど!!」
「この者たちは学院で暴れた無法者達で、一週間ほど闇の中で反省してもらっているのです。三食提供されますし、毎時トイレ休憩があります。夜はシャワー休憩もありますからね。闇の中でみっちり反省してください」
「こいつら反省してるような寝顔じゃないんですけど!!」
シャクティはジョージの叫び声を無視し、魔法の光を消してにょろにょろと去ってしまった。
「ひぃぃ」
ジョージは真の暗闇の中でガタガタ震えるしかなかった。
―――おやおや
何者かの気配と声を察知し、ジョージは押し黙った。
檻の外になにかいる。だが暗すぎて何も見えない。
―――また哀れな子羊がここに入れられたようですねぇ、えぇ。
人を小馬鹿にしたような声が闇の中から聞こえてきた。
―――おお、しかもこの新参者はシルバーファングの孫娘の血筋のようですよ皆さん。
闇の中に大勢の息吹が聞こえ、ジョージは一度濡らして乾いてきた股間をもう一度濡らした。
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作者:注
冒頭の鼻歌は(分かる人は少ないと思いますけど)
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