第171話 副学院長のウザ説教は結構怖い

 ルイードは足元に落としたアルダムの頭に足を置いて、グリグリと踏みつけた。


 教職員が生徒に行うべきではない行為なのは当然として、自分が連れてきた仲間に対する仕打ちとしても酷いものだ。


 ではなぜ踏みつけにしているのか。


 それはディーゴの「あいつ悪魔じゃね?」という考えを読み取ってイラァ!としたので八つ当たりしているのだが、当然それだけのために踏んでいるのではなく、こういう態度を見せて正義感のディーゴをけしかけているのだ。


「なんて人だ。その足をどけろ」

「どかしてみろよォォォォン」


 ルイードはシブオジイケメン顔で舌を出してベロベロと動かした。顔立ちと態度がまったく釣り合っていないことに当人は気がついていないらしい。だから舌の動きを見ただけで女生徒たちが「はふぅん♡」になっている。


「どうやらあなたは存在するだけで害のようだ。成敗する!」


 そう言いつつもディーゴは「こいつは僕より早いし強い」と分かっているので、無謀に襲いかかったりしない。


「職装!」


 ディーゴは懐に隠していたヘキサゴン型の「何か」のボタンに触れた。


 これは王族専用に作られた究極の生体装甲で、装着者の能力を数十倍に引き上げるという代物だが、見た目はどう見ても化け物の悪者だ。


「ヒッ」


 生徒会女子たちが変貌したディーゴを見て青ざめる。だが―――


「うらぁ!」


 問答無用でルイードはディーゴの額に拳を叩きつけた。それだけで生体装甲はきゅぱ!と展開してしまい、六角形の「何か」に戻ってしまった。


 生体装甲は人造生物であり、その生物が装着者を捕食しないように抑制しているのが額にある制御装置コントロールメタルだ。それがないと生体装甲が装着者を食ってしまう。そうならないために制御装置が破損すると自動的に解体される仕様になっている。


 他に生体装甲を解除する方法は「王族だけが知る解除魔法だけ」であり、生体装甲唯一の弱点とも言える。だからこの特性を知るのは装着しているエルフの国の騎士たちや生体装甲開発者、そして王族だけのはずだ。


「な、なぜ……」

「そんな気持ち悪ぃモンに頼ってないで生身で掛かってこんかい」

「こいつ!」


 ディーゴはブレスレットに手を伸ばし、エルフの国で待機している王族専用ゴーレムを空間転移させた。


 禁視の魔法モザイクが掛けられているので全貌ははっきりしないが、それは黄金色で威厳と品格を体現したような美しいゴーレムだった。


 校庭に突如現れた全長十八メートルの黄金ゴーレムは、ディーゴと対峙しているルイードを見て即座に「敵」と判断して超超高熱のビームを放った。


「っだコラァ!!」


 ルイードはその熱線を素手で弾き返し、その手で空間を叩き割る。ゴーレムは何も出来ないままその空間に飲み込まれて消滅した。


「なっ……」


 エルフの国最強兵器が登場時間一秒足らずで消されてしまった。ちなみにその王族専用ゴーレムの製造費用は【帝国】【王国】【連合国】の年間国家予算を合算しても足りないほど高価だ。


 それが秒で失われてしまったことでディーゴは顔面蒼白になった。


「だーかーらー、生身で来いっつってんだろうが、ああ?」

「無理です。負けました。すいません」


 ディーゴは呆気なく降参した。全身から冷や汗が吹き出して、体の芯から震えて止まらない。


 オーバーテクノロジーで地上世界をすぐさま制圧できるはずのエルフの国の兵器が、どれもこれも一瞬で無力化された。そんな超越者相手に何ができるというのか。殺されないように謝罪する他ないとすぐさま判断できたのはディーゴがある程度賢いからだ。


「はいはい、そこまでにしなさい」


 副学院長のシャクティが長い蛇の下半身をゆるゆると左右に揺らしながらやってきた。


「ルイード先生、ご苦労さまです」

「おう」

「ディーゴさん」

「は、はい」

「なにやらここにあってはならない物騒なものをチラ見したような気がしますが、私は見なかったことにしましょう」

「は、はい」

「あまり羽目を外すとに報告することになりますのでご留意くださいね?」

「は、はい」

「ルイード先生は没収したを後で返却してくださいね。失われたままだと大問題になりそうなので」

「おう……どこに飛んだかな。タイカ宇宙あたりだろうか。拾ってくるの、めんどくせぇな」

「お 願 い し ま す よ」

「お、おう……」


 ルイードに強く言い直したシャクティは、「はふぅん♡」となったままの生徒会役員達を睨みつけた。


「エマイオニー会長、しっかりなさい」

「……はっ、私は一体」

「その程度の騒動も納められないとは、今期の生徒会は無能揃いですか」

「ふ、副学院長、それはあまりにもお厳しい言葉かと」

「ましてや生徒会役員でもない留学生を特別扱いし、彼を囃し立てて争わせるように仕向けるとは、それが生徒会のやることですか」

「そ、それは」

「ディーゴさんから陳情をもらっているわけではありませんが、最近の生徒会はあまりにも目に余るので忠告しますよ」

「は、はい」


 生徒会役員の女子たちはしゅんと小さくなる。


「さて」


 シャクティは蛇の下半身を持ち上げて上体を高い位置に移動させると、妖美な眼差しで生徒諸君を睥睨した。


 鎌首を持ち上げて獲物に飛びかからんとする蛇のような姿勢で、高さ数メートルの位置から見下ろすその美貌と威圧感で、生徒たちは文字通り蛇に睨まれた蛙のように動けない。


「公開処刑だなどと校内放送をして授業中に集団リンチを試みたのは誰ですか?」


 シャクティは瞳を縦にして割れた舌先をチロリと出す。


 生徒たちの視線がジョージに集まると、シャクティは問答無用で尻尾を動かしてこの小悪党を叩き潰して肉塊に―――しようと思ったら、ルイードがしゃしゃり出てきた。


「そうだそうだ。こいつをこんなふうにした下手人は誰だー(棒)」


 ルイードは自分が気絶させた上に踏みつけていたアルダムの首根っこを掴んで前に出てくる。まるでシャクティがジョージを叩き潰そうとするのを邪魔する位置だ。


 完全に「ちーん」となって白目を剥いているアルダムは確かに集団リンチされたように見えるが、ここにいた生徒全員が「あんたがやったんだよ」と心の中で突っ込んだ。


 しかし、そのルイードの行動のおかげで、ジョージは無残に叩き潰されずに済んだことはわからないようだ。


「見れば何人も生徒が倒れていますが、彼が?」


 シャクティが言う彼とはアルダムのことだ。


「そうだな。素人のガキンチョ相手に大人気おとなげねぇこったぜ」


 大人げないという言葉には「お前もな」という意図が強く含まれている。シャクティがジョージを叩き潰して殺そうとしたことを責めているのだ。


「……その割に手加減してくれていたようですね。彼の暴行については正当防衛とみなして不問にしましょう。しかしこの騒動を引き起こした者には相応の罰が必要です」


 シャクティは尻尾の先をジョージに巻き付けた。


「ひゃあああ!」

「あなたは中途入学試験で悪さした連中と一緒に罰を受けていただきましょう。もちろんお家にも連絡を入れますからね」

「ぼ、僕はシルバーファング家の―――」

「家名を言えば私が引き下がると思っているのなら考えを改めてくださいね。それとルイード先生」

「んあ?」

「その髪型やめていただけませんか」

「なんだよ、せっかく学院の先生っぽくしてんのに」

「あなたを見ただけで生徒も教員も欲情して話になりませんからやめてください。それとも私を欲情させようと」

「そんなつもりはねぇよ。てか、結構気に入ってるんだがなぁ」

『私の神気だけではあなたの神を隠し切れないからやめろと言っているのですよ、ウザエル』

『あー、わかったわかった。頭の中に直接話しかけてくんなよウリエル』


 神話の時代「見張りの天使たちエグレーゴロイ」によって人間たちは知恵をつけ、淫蕩に耽ってしまった。さらに天使たちと人間たちの間には身の丈3000キュビト(1350メートル)にもなる巨人ネフィレムが生まれ、地上の作物はおろか鳥や獣、人間を食い、最後には巨人同士での共食いまで始めた。


 そんな地上の状態を嘆いた神に命じられたウリエルは、すべての生き物の「つがい」だけを方舟に載せ、大洪水によって地上のすべてのものを滅ぼした。


 ウリエルという名前には「神の光」「神の炎」という意味があり、四大天使の中で一番の破壊力を持つ熾天使だ。人間などひと睨みで塩の柱にできるほどの神気を持つウリエルは、ルイードをジト目で睨みつける。


『確かに学院の問題を解決するように依頼しましたが、やりすぎて人の世のことわりを乱さぬようにお願いします。堕天したあなたはなのですから』

『わかったわかった』

『それと今夜食事でもどうでしょう。学院の近くに美味しい肉料理を出すお店があるのです』


 シャクティはくねくねと下半身を揺らしながら妖美な美貌を少しだけ赤らめている。


 四大天使たちにとっては、堕天したと言え先代の熾天使であるウザエルルイードアザゼルアラハ・ウィは、いつまでも尊敬や敬愛の対象でもあるのだ。


 ルイードは自分たちを地獄に落とした天敵とも言うべき四大天使の一人に食事に誘われたことが面倒くさかったのか、オールバックにした髪を掻きむしりボサボサにして顔を隠した。

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