第170話 触れてはならないウザワード第一位「悪魔」

「なんですかあなたは。随分高飛車な口ぶりですが、教員でも生徒には敬意を払って話すべきだと思いますよ」


 ルイードが何者か知らないディーゴは強気で言い放った。


 彼にルイードの美貌や威圧感が効かないのは、多分カーリーの弟だからだろう。幼い時から四大天使ガブリエルの転生体カーリーと過ごしていれば、嫌でも神気を受ける。そのせいでルイードの圧を強いと感じ取れなかったのだ。


「ああん? じゃあ言い直してやる―――弱っちいヒョロガキ様はどうか引っ込んでやがってくださいですしおすし」


 シルビス並の文法破壊力で言い放ったルイードは、無言で土下座を始めようとしたアルダムの首根っこを掴んで立ち上がらせる。


「いや無理! 無理っす! ほんと調子乗ってすいませんでしたぁぁぁぁぁぁ!! ビラン助けて! ガラバは!? てかこの騒動の原因になった姉御はどこ行ったぁぁぁ! いやあああ、殺されるぅぅぅぅ!」

「あー、うっせぇうっせぇ。大体てめぇの拳はどうしてそんなに劣化してんだよ! 基礎中の基礎『心臓の位置を変える』も守られてねぇじゃねぇか」

「え」


 サ・ウザー鳳凰拳は数千年来一子相伝の伝統が守られているので劣化などありえない。だが、どうしてルイードが秘伝である「心臓の位置を左右反転させて致命傷を避ける」を知っているのかアルダムには分からず混乱した。


 答えは簡単で、その拳法を人間に教えた張本人が堕天使ウザエル、つまりルイードだからなのだが、この一味はルイードが堕天使ウザエルであることを知らないままなのだ。


「ほれ、オメェは継承者なんだろ。心臓の位置を変えてみせろや」

「そんな無茶できたのは創始様だけですって! てかなんでその秘伝をルイードさんが知ってるんですか!?」


 アルダムは自分の首根っこを掴んで猫の様にぶら下げるルイードから逃れようとジタバタする。もちろんピクリともしないし、逃げられるはずもない。


「よーし、こいつに喧嘩売った連中は、あとで生徒指導室に来い。来なかったやつはどうなるかわかってんだろうな。全員顔は覚えてるぞ。それとアルダム」

「ひ、ひゃい」

「サ・ウザー鳳凰拳は素人に向けるものだったか?」

「え、い、いや、俺もほら、リンチされそうになってたし、命の危機でしたからね!?」

「オメェの状況なんぞ関係ねぇ。質問に答えろ。サ・ウザー鳳凰拳は素人に向けるものだったか?」

「理不尽! い、一応『命の取り合いの時以外は使用禁止』ってお師様は言ってましたね、アハ」

「勝手にアハ体験してんじゃねぇ。テメェは創始者から続いてるはずの教訓を守らなかった。お仕置きが必要だぜぇ」

「ちょ! なんでルイードさんがうちの教訓知ってるんですか!?」

「うっせぇ。そんなこまけぇこたぁどうでもいいんだよ。テメェは血の色が何色かに変わるまで鍛え直してやる。まずは……さっき見た所、関節の動きが硬そうだったから股割りからだな。股関節がすり減って立てなくなるまでやってもらうぜぇ。さぼったら『苦悩の梨』をケツにぶっ刺してパカーンしてやんよ」

「い゛や゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」


 大の大人が絶叫号泣である。


 青ざめを通り越して真っ白な紙みたいな顔色になったアルダムは、恐怖のあまりに泡を吹いて白目を剥いた。完全に気絶だ。


 ちなみに苦悩の梨とは帝国で昔は使われていたという伝統的な拷問器具であり、オータム男爵は自分に逆らった者にこれをぶっ刺すことでも有名だった。


「ったく、今の継承者は情けねぇなぁ」


 次の瞬間、ルイードは背後から拳を入れてきたディーゴ相手に手刀を落とした。


 間一髪でルイードの手刀を回避したディーゴだが、躱したはずなのに頬が切れて血が伝うのを感じた。


『早いなんてもんじゃない!? 手刀が作った空気圧で皮一枚切れた!』


 人間の世界を下に見ていたディーゴだったが、ここにきてその考えを改める必要に迫られた。


「なんだオメェ。教員に後ろから殴りかかってくるたぁ。もしかして第三次反抗期か?」

「あなたに雑魚扱いされたのがガマンならない。僕とも闘ってもらいますよ」


 痩身痩躯に見えるが、エルフ種は人間にカテゴライズされている人種の中では強い部類だ。持久力や分厚い筋肉はないが、総じて魔力含有率が高く魔法の扱いに長け、加えてかなり機敏で素早いのだ。


 そんなディーゴが速さでルイードに負けていることを自覚する。アルダム相手ならいい勝負が出来たかも知れないが、この教員相手に勝てる気はしない。


 だが、それでもエルフの王太子として、馬鹿にされて黙っているわけにはいかなかった。


「オメェもそのへんにいる傲慢でプライドだけ高い貴族のガキンチョたちと同じか。カーリーの弟って言うからにゃ、ちったぁマシかと思ったがとんだカスだぜ」

「おい、なんて言った。どうして姉君のことを知っている」

「そりゃオメェのおねーちゃんから頼まれてるからだよ。カスみたいな弟がカスみたいなことしてるだろうけど、カスだからどうか助けてくださいルイード様、ってな」


 カーリーはそんなことは言っていないのだが、ルイードはウザ絡みするつもり満々のようだ。


「……姉君のことを知っているのなら、僕の素性も知っているね? それでその態度かい」

「なんだぁ? オメェに手を出したら空の上からなにか来るから手を抜いて負けろとでも言うつもりかぁ? 家の後ろ盾で喧嘩するつもりか、コラ」

「そんなものに頼るつもりはない! 弱っちいヒョロガキと言ったことを侘びてもらうために一手組んでもらうよ!」

「おう、かかってこいよヒョロガキ」


 ルイードは気絶したアルダムを遠慮なく地面に落とした。気絶していても「ぐえ」と声が出たのは落とされた衝撃で肺の中の空気が出てしまったからだろう。実に雑な扱いだ。


「待ち給え! 教職員が生徒に何をするつもりだ!」


 生徒会長以下、美女軍団がルイードを囲む。


「あ?」


 髪の毛をオールバックにして顔面を全開放しているルイードが流し目で睨むと生徒会役員たちは「はふぅん♡」となって内股で座り込み、目にハートマークを浮かべて唇の端からヨダレまで垂らして抗議を終えた。


『なんだと!? もしかして魅了の邪眼か? この教員、インキュバスかなにかなのか!?』


 ディーゴは目の前にいる大男の能力に恐怖し、その正体を魔族だと勘ぐった。


 ちなみに「インキュバス」とは主に女性の精気を吸い取って糧としている男型魔族のことで、男から精気を奪う「サキュバス」という女型魔族とは同種族だ。


『いやまさか。魔族がいるなんてありえない。魔王が救国の勇者たちに討伐された後、魔族は魔界に追いやられて封印されたはずだ』


 人間社会を壊しかねないクラスの魔物たちと共に「魔界」と呼ばれる僻地に追われた魔族達は、救国の勇者たちが施した結界によって封じられた。そして、未だその結界を破った魔族はいない。


『魔族じゃないとしても、こいつはとんでもない化け物だ。エルフの国の王太子である僕が倒さないと!』


 勝手な正義感に燃え始めたディーゴを見て、ルイードは何かを悟ったのか目を細めた。


「俺様のことを魔族だ化け物だと、随分と頭の中が混乱してるみてぇだな」

「なっ!?」


 ディーゴは愕然とした。


『僕の心の中を読んだ!?』


 ちなみにルイードは「魔族じゃねぇ」とも「化け物じゃねぇ」とも言い切れないので、そこは否定していない。


 なんせルイードは人間とは異なる次元の超高等生命体「天使」だったわけで、人からすると超常の化け物だ。それに堕天使になって地獄に落とされたせいで、見張りの天使たちエグレーゴロイの子孫は魔族と呼ばれるようになった。つまりルイード自身も「魔族の祖」とも言える立場なのだ。


『ま、まさかこいつ……悪魔か!?』


 悪魔。それは神の尖兵たる天使の対極にある悪しき存在。


 悪魔神に仕える悪魔たちは、等しく天使と同じだけの神威を持ち、人間にとっては天変地異を引き起こす災害と変わらない「勝ち得ない相手」だ。


 だが、堕天使と悪魔は別物である。


 そして天使や堕天使に対して「悪魔」と言うのは、神の子らに対する最大級の侮辱と侮蔑でもあった。


 そう。


 エルフの国の王太子ディーゴは、ルイードが最も怒れるワードに触れてしまった。それが口に出さず頭の中で浮かんだ言葉であっても、ルイードには関係なかった。


「いまなんつった」

「なんにも言ってません」


 ディーゴは正しい。だが、ルイードの理不尽の前ではそんな正しさなど鼻くそのようなものだった。

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